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それからフィルは、満足の行くまで団長と王子の愚痴を盛大にこぼした。そして一通り話し終えると、今度は俺に興味の視線を向けた。
「僕の方はこんな感じだけど、アランさんの方はどうなの?レイ君と同じチームで仕事してるってチャットで言ってたよね?」
「ああ、それがだな、意外というか…普通に驚いたよ」
俺がそう言うとフィルはなぜか得意げに笑った。
「ふふーん。そうでしょ。レイ君はすごいんだから」
「ああ、実はチームを組んだ時にエミールさんに、任務はできるだけレイ君とアーサー君に任せてくれって言われたんだ。俺は基本的に二人が本当に危険な時しか手出しはしないつもりだったんだが…普通に俺の出る幕がなかった」
俺はエミールさんから依頼書を受け取る際にこっそりと、今回の任務は俺は殆ど手助けをせずに二人にやらせてみてくれと言われた。当初は二人の性格的な相性やレイ君のブランクを考えて、本当に大丈夫なのか疑問だったが、それは杞憂に終わった。
最初の任務で、アーサー君とレイ君の実力の高さがわかったからだ。
「アーサー君は接近戦がとても強い。魔法剣の扱いもそうだが、その上身体能力も高いし、視野も広い。十人以上に囲まれても冷静に対処していて感心したよ」
「まあ、アーサーが優秀なのは僕も知ってるよ。性格はちょっとアレだけど、あいつは普通に努力家だからね」
「うん。でもそれ以上に驚いたのがレイ君だ。まず彼の魔法銃はBランクだった。俺はてっきりCだと思ってたからちょっと驚いた。だって新人は殆どがCだろ?まあ、お前は例外だけどな」
フィルは天才なので例外だが、だいたい新人が支給される魔法具はCランクだ。Bランクは騎士全体を見れば三割ほどいるが、新人に限定すると、最初からBランクというのはとても珍しい。きっと騎士学校の成績がとても良かったんだろう。
「それに、彼の視野と射撃技術は目を見張るものがあるな。最初の任務でアーサー君が囲まれた時、レイ君は瞬時に銃を構えて、アーサー君の死角にいた七人の肩を正確に撃ち抜いた。レイ君に撃たれた人たちは寸分の狂いもなく同じ場所…つまり出血を最小限に抑えられる位置に氷の弾丸が命中していたそうだ。あり得ないだろ。普通、あんなに激しく敵が動き回る中、瞬時に全員の肩、それも七人全く同じ位置に狙いを定めるなんて不可能だぜ。でもレイ君はやった。ゆっくり狙いを定めたわけでもなく咄嗟にだ。正直、氷の弾丸自体はそんなに難しい魔法じゃないが、Bランクともなれば結構な威力が出る。それに加えてあの射撃センスがあれば遠隔戦では最強だな」
フィルはなぜか嬉しそうに何度も頷いた。
「でしょでしょ!レイ君はすごいんだから」
「ああ、それに記憶力も結構いいな。車の中で依頼書を軽く見ただけで、十五人の構成員の顔を普通に記憶してたぞ。レイ君って実は頭も切れるだろ」
「そうそう!レイ君って普段は天然っていうか抜けてるけど、勉強とかはすごくできたんだよね」
フィルはにこにこしながらそう言った。
「道理で最初の部署が治安維持室だったわけだな。新人であの花形部署に行けるのは相当優秀なやつだけだから」
「そうなんだよ。レイ君は騎士学校でもすっごく優秀だったの!確か卒業の時は僕が主席でアーサーが次席、その後にレイ君だった気がする」
やっぱりな…あの実力ならそれくらいの成績は普通に取れるだろう。むしろそれでも低いくらいだ。センスだけで言うとアーサー君より上でフィルより若干下って感じか?
「でも、なんて言うか、本人にその自覚が全く無いのがなあ…」
レイ君は自分の実力をあまりに過小評価しすぎている気がする。あれほどの実力を持ちながらも、自分は役立たずだと本気で思ってる節があるし…
「まあ、それはレイ君が騎士学校でちょっと孤立してたからかな…それに、子供の頃のこともあって自己肯定感が異常に低いんだよね」
「孤立してたのか?あんなにいい子が?それに子供の頃のことってなんだ?」
「うん。レイ君ってさ、高等部からの編入組なんだよね」
騎士学校は16歳から入る二年制の騎士養成学校のことなのだが、実際には付属校のような学校が幼児舎から存在している。そもそも魔力の有無や、魔力量の多さは遺伝的な要素が強い。故に名門と呼ばれる、代々優秀な魔法騎士を送り出している家系がヴァローネ王国にはいくつか存在し、そうした名家の子供達に早くから魔法教育を受けさせるために作られたのが付属校だ。しかし、そういった家系以外からも強い魔力を持って生まれる子は一定数存在しており、そうした子を拾い上げるのが高等部の編入試験だ。
そのため、付属校から持ち上がり組と受験で合格した編入組とで構成されているのがローレンス騎士学校だ。割合としては編入組がはるかに多いのだが、クラス分けには偏りが存在する。やはり幼少時から魔法の英才教育を受けてきた付属校組の方が圧倒的に優秀なものが多く、上位のクラスは殆どが付属校組で占められる。
「でも、レイ君って入った時から編入組としては異常に魔力量も多いし、頭も良かったの。だから付属校組ばっかりのクラスになっちゃってさあ。もう既にレイ君以外の人間関係ができあがっちゃってたんだよね」
「それで孤立してしまったのか」
「うん。それに、ほら、レイ君って結構内気で人見知りなところあるでしょ。社交的な子だったら、そんな中にもグイグイ行けたんだろうけどレイ君は殻に篭っちゃうタイプだからね」
確かに…レイ君はいい子だが、あまり自分からグイグイ行くタイプではない。そんな中で自分以外の人間関係が出来上がった状態のクラスに入ったら孤立してしまうのも無理はない。
「…でもフィルがいたんだろ?仲間に入れてやらなかったのか?」
俺がそう言うと、フィルは困ったように眉を下げた。
「うーん。まあ、なんて言うか、さっきも言ったけどレイ君って異常に自己肯定感が低いから、僕が他の友達の輪の中に入れようとしても、迷惑になるからって遠慮されちゃってさ…僕も友達になるの結構大変だったんだよ?自分なんかと友達になっても迷惑かけるだけだって言われて最初の方断られてたし…」
「なるほどな。でも、だったら、なんで団長とはあんなに仲良いんだろうな?それこそ遠慮しそうだけどな」
「それは、あのサイコパスがレイ君を洗脳したに決まってる!!」
団長のこととなるとフィルは頭に血が昇ったようで目尻を釣り上げてしまった。うん。…あんまり団長の話題を出すのやめよう。そしてとりあえず話を逸らそうと言う。
「あと、なんでレイ君はそんなに自己肯定感が低いんだろうな?」
「…これは予想なんだけどさ、レイ君、子供の頃から友達が一切できなかったらしいんだよね。それが原因だと思う」
「え?あんなにいい子が?やっぱり内気だからか?」
いくら内気とは言え、あんなに素直で温厚でおまけに顔立ちも整った子が一人も友達ができないなんてことあり得るのか?…確かにレイ君はあまり社交的なタイプではないが、団長みたいに人間性に重大な問題があるような子でもないし、時間をかければ友達の一人や二人、普通にできそうだけどな…
「いや、レイ君は最初、割と活発な子らしかったんだ。でも、レイ君が話しかけるとみんな逃げたり、拒否されたりしたらしくて…誰もレイ君と友達になってくれなかったんだって。それでどんどん自信を失っていったらしいよ」
ますます不思議だ。幼い頃は活発だったのに、同世代の子から逃げられたり拒否されたりって…そんなに怖がられたり嫌われたりするような子じゃ無いだろ、レイ君は。
「…よくわからないな。なんであんないい子が拒否されるんだ?」
「これも僕の予想だけど、たぶんレイ君が強い魔力を持ってたからじゃないかな?普通、一般家庭から生まれた魔力持ちの子って、魔力があるってわかった時点で魔力持ちの子専用の学校に行くらしいんだ。やっぱり魔力がある子と無い子が一緒に学ぶと面倒なことが多いらしいからね。でもレイ君は騎士学校に入るまでは魔力が無い子たちが通う幼稚園とか学校とか行ってたらしいんだよね。…それで、魔力を持たない子の中にレイ君みたいな強い魔力を持った子がいたら、やっぱり怖がられたんじゃないかな?」
なるほど。そういうことか。
「確かに…成人になれば魔力の有無はそこまで気にならないらしいが、子供はそうじゃないからな。魔力が無い子供は魔力持ちの子供に対して本能的な恐怖を覚えるっていうデータもある。特にレイ君は魔力量がとても多かったからその影響が顕著に出たんだろう」
「そう。それにレイ君は15歳まで自分が魔力持ちだってこと知らなかったらしいしね」
「そうか。だから、友達ができないのは自分に問題があるからだって思い込んでしまったんだな。それで自己肯定感が異常に下がってしまったのか」
フィルは大きく頷いた。
「たぶんね。でも、レイ君って騎士学校でも隠れファンは多かったんだよ」
確かに…あれほど実力があって素直で、容姿も整っているレイ君ならファンがいてもおかしくはない。
「レイ君ってさあ、なんか守ってあげたくなるって言うか、傷つけちゃいけないって感じの雰囲気あるじゃん。やっぱり、男はそういうの好きだから」
「いや、それはお前にも当てはまると思うぞ」
フィルだって黙ってれば超絶可愛い美少年だからな。
「まあ、僕はキャラがキャラだしさ、気軽に話しかけられるタイプだけど、レイ君は、なんか、もうね、汚しちゃいけないっていうかなんというかね…。事実、レイ君のファンはみんな隠れファンって感じで、レイ君とは一言も喋ったことないやつばっかだよ」
「そうなのか。それはそれで、なんかな…」
レイ君の知らないところでひっそりと信仰が出来上がってるのか…それはそれで怖いけどな。
「それでいっつも、同期の仲良い連中と会うと、必ずレイ君の話になるんだよ。それで、僕が二人で遊んだりご飯食べたりしたって言うと、みんな羨ましいって羨望の眼差しを向けてくるんだ」
「そこまでか。でもちょっとわかるかもしれん。あの子はフィルとは違った魅力があるからな」
フィルが美しい薔薇だとしたら、レイ君はすみれのような感じだ。派手さはないがとても綺麗で儚い、そんな印象を受ける。
「でも、そんなレイ君はアーサー君とだけは相性悪いよな?俺も同じチームで苦労しててさあ」
レイ君とアーサー君は戦闘となると近距離型と遠距離型で相性抜群なのだが、性格的にはひどく相性が悪い。まあ、悪いと言ってもアーサー君がレイ君に突っ掛かり、レイ君が怯えるってだけなんだが…。でもそのお陰でいつも雰囲気は最高に悪い。これは一体どうしたものか…
「まあ、アーサーは普通にガキだからね。あいつ、隙あらばレイ君をいじめるんだから困ったもんだよ」
「…少し疑問なんだが、なんでアーサー君はレイ君をあんなに毛嫌いしてるんだ?俺から見てもレイ君はいい子だしアーサー君から嫌われる要素が見当たらないんだが」
フィルは少し沈黙し、やがて口を開いた。
「これも、あくまで僕の予想なんだけどね」
「ああ」
「アーサーはレイ君の態度が気に入らないんだと思う」
「態度?」
「うん。アーサーってああ見えて意外と苦労してるからね。だからこそレイ君を見て色々と思うことがあるんだと思うよ。僕はあいつとは3歳の頃からの付き合いだからさ、色々知ってるんだよ」
大変?俺から見るとアーサー君はすごく自信家で、挫折なんて知らなそうな感じだけどな…
「それはどう大変だったんだ?」
「アーサーってさ、ものすごく優秀なお兄ちゃんがいるんだよ」
「優秀?でもアーサー君だって、フィルに着いで次席で騎士団卒業して治安維持室配属なら十分優秀だと思うが…」
「いや、正直アーサーとは比べ物にならないね。だってアーサーのお兄ちゃんは騎士団よりも更に上の人だから」
「上?」
「うん。王族の護衛騎士だよ」
護衛騎士…なるほど。それならものすごく優秀なわけだ。
騎士学校を卒業すると基本的に騎士団に入ることになるのだが、成績次第では護衛騎士の道が開ける。騎士学校の中でも護衛騎士になれるのは数年に一人現れるか現れないかのレベルであり、実力的には騎士団の特別課よりも少し上に位置付けられていた。
「…まあ、僕はもちろんスカウトされたけどね」
「まじか!やっぱお前すげぇわ」
思わずそう言うと、フィルは得意げな顔になった。
「ふふーん。でも、僕としては王族に四六時中張り付いて警護なんて絶対つまんないと思って断ったけど」
「お前、もったいないことしたな。それで特別課なんて地獄に来る羽目になっちまってさ…」
「そういうこと真顔で言わないでよ!」
「ああ、ごめんごめん」
俺が軽く謝ると、フィルは軽く咳払いをして続けた。
「確か、アーサーのお兄ちゃんは団長と同期だったと思うよ。団長が主席でアーサーのお兄ちゃんが次席。で、あの年が唯一、同じ学年で護衛騎士に二人スカウトされるという快挙を成し遂げたらしいよ」
「ってことは団長もスカウトされてたのか!」
「うん。王直々に口説いてたらしい。でも当の団長は「なんで王族なんて守らなきゃいけないの?嫌なんだけど」って言って断ったらしいけどね」
「いや、それ、よく不敬罪にならなかったな」
あの人、やっぱりサイコパスだよな。王族にまでその失礼な態度を貫くなんて…
「それで団長は騎士団に、アーサーのお兄ちゃんは護衛騎士になったんだよ」
「へぇ、なるほどな。それで、そのお兄ちゃんがいるのとレイ君とどう繋がるんだ?」
「あ、そうだったね。それでアーサーは幼い頃から家族内でお兄ちゃんと比べられてきたんだよね。それでアーサーのお兄ちゃんは成功作、アーサーは失敗作とまで言われるくらいになっちゃってさあ。両親はアーサーのお兄ちゃんにしか興味なくなって、アーサーは殆ど放置されて育ったんだ」
放置?それは酷い話だ。子供に優劣をつけて平等に愛情を注げないのなら親失格じゃないか
「それで、どうなったんだ?」
「アーサーは血の滲む努力をしてたよ。アーサーって元々、本当に才能無かったんだけど、頑張って努力した結果、なんとか秀才になったんだ。それで騎士学校に入る頃には同世代だと僕の次に強くなってたね」
「そうか。それは十分すごいじゃないか。お前という天才の次に強くなったんだろ?」
「うん。でも、そこに突然レイ君が現れたんだ。レイ君は入学時点では次席だったし、そこからは卒業試験まで全部ニ位だった。アーサーがやっと次席を取り戻せたのは実は卒業試験だけなんだ。それまでは万年三位。全部レイ君に負けてたんだ。あいつのことだ。すごく屈辱的だったと思うよ」
確かに…やっと求める地位に行けたというのに突然その地位を奪われるのはとても悔しかっただろう。
「それで家からも色々言われたらしいよ。僕に負けるならまだしも編入組に試験で負けるなんて家の恥だってね」
「そうか…それで…」
「いや、それもあったかもしれないけど一番はレイ君のあの感じがアーサーの勘に触ったんだと思う」
「あの感じ?」
「うん。僕なんてってやつかな。レイ君ってよく僕なんてって言うでしょ?僕的にはそういう謙虚なところも可愛いんだけど、アーサー的にはムカついたんじゃないかな?」
「なんでだ?」
「レイ君は磨けば光る天才型じゃん。でも本人に向上心は無いし、いつも僕なんてって言って逃げてるように見えたんじゃないかな?でもアーサーは才能は無くても、それでも諦めずに一番目指して頑張るタイプじゃん。アーサー的には、自分が死ぬほど欲しかった才能を持ってるのに、僕なんかって言い訳して努力しないレイ君を見て強烈な嫉妬と嫌悪を覚えたんじゃないかな」
強烈な嫉妬と嫌悪か…
「まあ、レイ君も努力してないわけじゃないんだけどね…でも正直、アーサーほど熱心にやってるかと言われたら、やってなかったね。でも、それはレイ君が不真面目だったわけじゃなくて、そもそもレイ君は一番になりたいとか、そういうことを目的にしてなかったから、それは当然のことなんだ」
「…そうだよな。レイ君はどちらかと言うと、足手纏いにならないようにっていつも下を気にしてるタイプで、アーサー君は上を向いて頑張るタイプだからな。そこは分かり合えないだろうな」
「そうそう。で、それを態度に出してるのがあいつの悪いところ。ガキなところだね」
「なるほどな。でも一つ疑問なんだが、レイ君は自分が二位だったこととか三位で卒業したこととか当然知ってたわけだよな?だったら自分が実は優秀だってことに気づきそうだけどな」
「いや、レイ君は成績には無頓着だったから、自分が次席だったことは全く知らないと思うよ。いっつも試験のたびに張り出される順位表を見に行こうって言ったら、そういうは怖いから見たくないって言って一度も見てなかったから」
「まじか…」
「うん。僕も何回かレイ君が次席だったって伝えたことあるんだけど、いつもあり得ないって言って信じてくれなかったし…」
「まじか…」
なるほど。二人の関係性が少しわかった。でもわかったからと言ってどうすることもできないしな…。とりあえず、俺は見守るしかないか。
そうして俺はフィルと飲み明かしたのだった。




