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街は全体的に廃れたような雰囲気で、人も少なかった。そして更に車を走らせると、徐々に人気は無くなり、見渡す限り倉庫や廃工場が集まる場所に出た。僕たちは、目当ての廃工場を見つけると、車を少し離れた人目につかない場所に止め、外に出た。
幸い、倉庫周りには見張りらしい人は見当たらず、僕たちは倉庫の裏から扉のある正面に慎重に回り込み、中の気配を伺った。
扉は完全に閉まっていて、中の様子はあまりわからなかったが、微かに中から物音や、何人かの話し声が聞こえてきた。
「今日は、このアジトにメンバーが集まってるって情報だったが、間違いなさそうだな」
「はい。でも、ここからだと中の様子がよくわかりません」
「そうだな。じゃあ、あの窓から少し覗いてみるか」
そう言ってアランさんが指差したのは倉庫の上の方にある小窓だった。確かにあの小窓からなら中の様子が見れるかもしれない。
「じゃっ、俺が肩車すっから、レイ君に見てきてもらおうかな」
「えっ、ぼ、僕ですか?」
「アーサー君よりはレイ君の方が軽そうだからね」
「で、でも、僕上手くできる自信ありません」
いきなりの提案に僕が混乱していると、アーサー君は僕を思いっきり睨みつけてきた。
「つべこべ言わずに早くやれ。中にいる奴らがいつ出てきてもおかしくねぇんだぞ。もたついてる時間が勿体ねぇんだよ」
あ、そうだ。僕たちは今、犯罪組織を捕まえにきたんだ。これは遊びじゃない。気を引き締めてやらなくちゃ。
「ごめんなさい。やります」
「ああ、じゃあ俺がしゃがむから、その上に乗ってくれ」
そうして僕はアランさんに肩車をしてもらい、小窓から倉庫の中を覗いた。
倉庫の中にはやはり十五人の人がいた。中央に集まり、ドラム缶や小コンテナを椅子にして、何やら話し込んでいる。
僕は気配を消しながら注意深く人々を観察した。小窓自体が曇りや汚れが酷く、視界が悪かったが、なんとか目を凝らした。そうして僕は一通り観察し終わった後、アランさんの肩を軽く叩いて合図して、おろしてもらった。
僕はその場で二人に情報を共有した。
「倉庫には十五名の構成員がいました。依頼書で見た人相と全員一致したので、構成員全員がここにいると思います」
「おっ、あんな小窓からよくわかったな。視界悪かっただろ」
「あ、目だけはいいので…」
「そうか。あと、あの依頼書に書いてあった構成員の顔、全員覚えてたのか?」
「はい」
現場で僕ができることなんて限られてるから、せめて事前に目を通せるものは、きちんと覚えておこうと、車の中にいる間に読んだ資料は隅々まで暗記した。
「構成員たちは全員倉庫の中央に集まっていました。何やら話し合いをしてるみたいです。武器のようなものは所持している様子はありませんでしたが、衣服の中に忍ばせている可能性はあります」
「そうか。レイ君、ありがとう」
アランさんにそう言われて僕はホッと息を吐いた。こんな僕でも少しでも役に立てているなら嬉しい。
「じゃあ、早速突入するんで」
「え?おい、アーサー君、待て」
アランさんはアーサー君を止めようとしたが、アーサー君は大きく眉を寄せた。
「倉庫の様子がわかったんだから、もう突入していいですよね?俺は一刻も早くこいつと離れたいんで、もうやりますよ」
そう言ってアーサー君は、腰に刺していた魔法剣を取り出して、魔力を込めた。すると徐々に剣端から剣先まで緑色の模様が浮かび上がっていった。
「ちょ、おい、まずは作戦を立ててからだなあ…」
アランさんの呆れたような声にも耳を貸さず、アーサー君は閉ざされた扉の前に剣を思いっきり振り下ろした。
「爆炎」
その途端、激しい炎が放出し、派手に扉を破壊した。
その破裂音に気づいて、中央にいた人々が一瞬、驚いた様子でこちらを見た。
アーサー君はその一瞬の隙を見逃さず、素早く中に入り、魔法剣を振り始めた。
「大爆流炎」
その途端、アーサー君の剣からは先ほどの比ではない炎が放射され、何人かが遥か遠くに吹っ飛んだ。
「魔法騎士だ!みんな武器で応戦しろ!」
一人の男の言葉に、みな、慌てて武器を出そうとするが、その間にもアーサー君は素早く剣から強力な炎の魔法を放出し、次々と構成員を倒していった。やっぱりアーサー君はすごい…
しかし半分ほど倒したところで、相手側も体勢を立て直し、魔法銃や魔法剣でアーサー君を集中的に攻撃し始めた。
まずい。アーサー君が囲まれてしまった。四方八方からくる攻撃にアーサー君は徐々に劣勢になっていくのがわかる。…どうしよう。僕がなんとかしないと…アーサー君の援護をするんだ
そう思って僕は魔法銃を取り出した。
ヴィンスさんと共に解決した強盗事件以来初めて使うことになる魔法銃を見て僕は少しだけ怖くなったが、首を横に振って銃を強く握り直した。そして魔力を注入し、扉の影から慎重に銃を構えた。
「氷の弾丸」
僕の放った氷の弾丸は、アーサー君を後ろから魔法銃で狙っていた人の肩に命中した。
「い、いてぇぇぇ‼︎」
そう言って倒れる構成員をよそに僕は続けて六発氷の弾丸を打ち込んだ。
六発とも構成員の肩に命中し、次々と倒れていった。
そしてアーサー君が最後の一人に向けて魔法剣を振るった。
「爆炎」
火を纏った剣から放射された激しい炎の攻撃をまともに受けた構成員は、倉庫の端にあるコンテナまで派手に吹っ飛ばされ、気を失った。
全員を倒した後、僕たちは倉庫の中に入り、構成員を全員拘束し、本部に連絡して移送してもらった。
一連の流れが終わった後、僕は倉庫の隅でほっと一息ついた。アーサー君も先程の戦闘で疲れたようで、僕からは少し離れた壁に寄りかかり、息を整えていた。
やっと終わった。もう、死ぬかと思った。一気に疲れがやってくるのがわかった。
「いやあ、君たちはすごいな」
僕が疲れているのをよそに、アランさんは感心した様子で僕たちを見た。
「エミールさんが言ってた通りだ。君たち二人はとても優秀だね」
え?優秀?それはアーサー君だけじゃないかな?
「アーサー君はとにかく魔法剣の扱いが上手いね。Bランクを使っているだけあって炎の威力もすごいし、剣捌きは早くて正確だ。その上体術も秀でていて体の機転が効くから、近距離戦ならとても強いね」
「…それはどうも」
アーサー君は爽やかにそう述べるアランさんに無愛想にそう言った。
「逆に遠距離型のレイ君は、アーサー君のサポートを完璧にこなしていた。君たち、意外と相性いいな」
「あ、ありがとうございます」
僕のことを褒めてくれるなんてアランさんはとても優しい人だ。少し感激していると、アーサー君は、僕を睨みつけ、不愉快そうに眉を寄せた。
あ、調子に乗りすぎてしまった…きっとアランさんもお世辞で言ってくれただけなのに、少し嬉しそうな顔をしたから、アーサー君の気分を損ねてしまったんだ。そうだ。これはお世辞だ。舞いあがっちゃダメだ。僕は無能で役立たずなんだから、あんまり調子に乗らないようにしないと。
「じゃあ次の依頼に行こうか!」
「え?次?」
もう随分と疲労していた僕は驚いてアランさんを見た。
「うん。エミールさんからもらった俺たちの分、今日全部こなさなきゃならないからね。もう二件こなして、休憩挟んで更にもう三件行こう!」
「…あ、なるほど」
僕はあと五件こんなハードな依頼をこなさなければならないのかと肩を落とした。すると横から鋭い声が飛んできた。
「はっ、窓際部署で穀潰ししてたお前にはさぞかし忙しいんだろうな。休みたいならとっとと帰れ」
そうだ。僕が市民相談室でぬくぬくと働いている間にも他の騎士たちはハードな仕事をこなしていたのだ。僕は市民相談室の仕事に誇りを持っているが、それでも仕事内容は簡単なものが多いし、ホワイトな部署であるとも自覚している。
だから一週間だけとはいえ、特別課の一員になったのだから、きちんとしないとダメだ。そう気合を入れ直した。
そうして僕たちはアランさんの車に乗り込み、次の依頼先へと向かった。




