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レイの弾丸  作者: ぷぷ
2章
42/63

42

翌日、僕は事前に知らされた、特別課と治安維持室の合同本部が置かれるという本館会議室へと行った。そこは広いホールのようなところで、簡易的な三人用の長机とパイプ椅子が縦に何列か並んでおり、一番前には木製の台が一台あった。

ホールには既に二十人くらいの人が着席しており、僕も空いてる席を見つけようと中を見渡した。するとホール内の人々の視線を一際集めている席があるのがわかった。窓側の一番後ろ、そこに特別課の人たちが前に三人、後ろに二人と、二列に跨って座っており、前の三人が後ろの二人に体を向けて、何やら楽しそうに話していた。


そして僕の視線に気づいたのか、ロベールさんが僕の方を見た。ロベールさんは僕と目が合うと、にっこりと微笑んでくれた。そしてその様子を見て、周りの人も反応し、全員が僕の方を見たのがわかる。僕はギョッとして、咄嗟に目を逸らそうとしたが、その前にロベールさんが僕に向けて手招きをした。僕は戸惑いつつも、その合図を無視することもできずに、特別課の人たちがいるところへと行った。


「レイ君だよね?僕の隣空いてるからよかったら座って」


話しかけてくれたのはロベールさんだ。


「あ…はい。ありがとうございます」


僕は一番後ろの三人席の左端に座った。

僕が座った途端、特別課の人々の視線が刺さるのを感じる。


「やっと、この日が来たね」


ロベールさんを挟んだ隣にいるマイケルさんが噛み締めるようにそう言った。マイケルさんは、改めて見るとグレーっぽい短髪に、青白い肌、垂れ気味の瞳を持つ全体的に優しそうな人だった。


「ああ、団長無しで喋るのが俺たちの念願だもんな」


そう言ったのはマイケルさんの前のジャンさんだ。ダークブラウンの髪をオールバックにして、キリッとした目元に彫りの深い顔立ちのワイルドな人だ。


「やっぱり間近でみると超可愛いわ!」

「ああ、そうだな。さすが俺たちの女神だ」


僕の前に座るマリーさんとその隣に座るアランさんも僕をじっと見つめながらうんうんと頷いていた。


「ちょっとマリーにアラン。マイケルさんにジャンさんも落ち着いて下さい。レイ君が困ってるじゃないですか」


戸惑ってる僕を見て、ロベールさんが呆れたようにそう言うと、四人はバツが悪そうに眉を下げた。


「あ、私ったら。ごめんなさいね。ちょっとテンション上がりすぎたわ」

「俺もだ。やっと団長無しで話せると思ったら、グイグイ行きすぎた」

「確かに、ほぼ初対面の方をジロジロみるのは失礼でした」

「そうだな。すまん。レイ君」

「あ…僕こそすみません」



先輩に気を遣わせたことが申し訳なくて僕は謝罪した。


「じゃあ、まず自己紹介する?確かまだだったよね」


ロベールさんは気を取り直すようにそう言い、他の人たちも頷いた。


「じゃあ僕から行くね。僕の名前はロベール。よろしくね。レイ君とは前にマリーとアランと一緒に会ったよね!その時から僕は君と仲良くなりたかったんだ。わからないことがあったらなんでも気軽に聞いてね!」

「あ、よろしくお願いします」


そう言う僕にロベールさんは軽くウインクしてくれた。


「次は私ね。私はマリーって言うの。よろしくね。私もあなたとは仲良くなりたかったのよ。あなたってすっごく可愛いんだもの!団長がいない間だけでも仲良くしてくれると嬉しいわ」

「あ、はい。お願いします」


にっこりと笑うマリーさんは美しかった。そんなマリーさんに、僕は緊張しながらも僕は頭を下げた。


「じゃあ次は俺かな。俺はアラン。よろしくな。昨日までは団長がガードしてて中々話しかけられなかったんだが、俺もレイ君と仲良くできたら嬉しいよ」

「あ、はい。よろしくお願いします」


そう言う僕に、アランさんは爽やかに笑った。


「じゃあ次は俺だな。俺はジャンだ。ここではマイケルと共に最年長で一番ベテランだ。何か困ったことがあったら、気軽に言ってくれ。よろしく」


そう言って大らかに笑うジャンさんは見た目は強面だけど、喋ると気さくな人な印象を受けた。


「よ、よろしくお願いします」


そして最後にジャンさんの後ろのマイケルさんがメガネの位置を調整し、口を開いた。


「僕はマイケルです。ここの課長代理をしています。団長がいない間は、何か困ったことがあれば気軽に頼ってくれると嬉しいです。よろしくお願いします」


マイケルさんはメガネの奥の目尻に皺を作り、僕に笑いかけてくれた。なんだか安心する。


「お願いします」


あ、次は僕の番だ。


「あ、えっと…僕はレイといいます。………よ、よろしくお願いします」


僕は五人からの視線を受けて、下を向きがちになり、声も小さくなってしまった。それに、みんな名前の他に気の利いた一言があったのに、僕は名前だけのシンプルなものになってしまった…どうしよう


僕がそう思って顔を上げると、何故か皆さん、僕にじっと視線を向けたまま固まっていた。


「え、顔が真っ赤になってる。可愛すぎない?この子やっぱり天使かしら」

「うん。すっごく可愛い。雛鳥みたい」

「ああ、それにちょっと声が震えてるところとか健気でグッとくるな…母性か?」

「ああ、オドオドしてるところとかも最高だな。俺の息子にしたいくらいだぜ」

「はい。庇護欲を湧かせますね。僕が守ってあげたい」


あ、やばい。気を遣わせちゃった…みなさん、僕の下手な自己紹介をなんとかフォローしようとしてくれてる…


「あの、すみません。下手な自己紹介で…」

「そんなことないわ!!可愛かったわよ」


とマリーさんは親指を立ててくれた。


「うんうん。すごく可愛かった」


アランさんも力強く頷いてくれた。


「ああ、ところで俺の息子にならないか?」

「ぜひ僕の息子にも」


ジャンさんとマイケルさんは明るく微笑みかけてくれた。…みなさん、優しすぎる…こんな僕なんかにも優しくしてくれるなんていい人だ…


「まあ、こんな感じだけど、みんな良い人だから、仲良くしてくれると嬉しいな」


僕が感激していると、隣にいたロベールさんはにこっと微笑んだ。


「あ、はい。僕こそ、失礼のないように頑張ります」

「あははっ、固いな〜、もっとフランクで良いよ」

「あ、はい…」


ロベールさんに輝く笑顔でそう言われ、僕は曖昧に頷いた。


自己紹介が終わると同時に、エミールさんが会議室に入ってくるのが見えた。僕がなんとなくエミールさんを視線で追っていると、不意にエミールさんがこちらを向いて僕と目が合った。そして僕の方へとやってくるのが見える。

エミールさんは僕の席の前で立ち止まり、和かな視線を向けてくれた。僕は慌てて立ちあがろうとしたがエミールさんは「いいですよ。座ったままで」と言ってくれたので僕は着席まま、視線を上げた。


「レイ君、久しぶりですね」

「は、はい。お久しぶりです」

「また君と仕事ができるなんて嬉しい限りです」


エミールさんは温和な笑みを向けてくれた。


「あ、僕もです!」

「君には期待しています。これから一週間、共に頑張りましょう」

「は、はい!」


緊張気味にそう言うと、エミールさんは軽く頷いて、僕の周りにいた特別課の皆さんへと視線を移した。


「特別課の皆さんも今回はよろしくお願いします。ヴィンセント騎士がいない間、共に頑張りましょう」


そして、エミールさんは僕たちに一礼して、ホールの前方へと歩いて行った。


「エミールさんは相変わらずお固いねえ。もっと肩の力抜けばいいのに」


きちっとしているエミールさんを見てロベールさんは呆れたようにそう言った。


「まあ、あの人はエリートだからしょうがないわ。私たちみたいに、鬼に虐げられる下民とは違うのよ」

「ああ。そうだな。エミール室長は治安維持室なんて天国にいる生粋のエリートだからな。俺たちとは違う」

「…確かに。地獄の民である僕たちとは何もかもが違うよね…ああ憂鬱〜、いいな〜治安維持室」



エミールさんの後ろ姿に羨望の眼差しを向ける若手三人を見て、ジャンさんとマイケルさんは呆れたように息を吐いた。


「お前らなあ、一応、特別課の方が治安維持室よりもエリートなんだぞ。もっと自分の部署に誇りを持てよ」

「そうだよ。僕たちは選ばれし天才なんだ。もっと胸を張ろう」


しかしその二人に三人は白い目を向けていた。


「え?それ本気で言ってます?」

「え?私たちエリートだったんですか?じゃあ、なんで人権ないのかしら?」

「俺は、特別課に入って家畜以下の扱いしか受けてこなかったんですが、これがエリートですか?」


三人の言葉を聞いて、二人は静かに視線を逸らした。


え?特別課の人って家畜以下の扱いしか受けてないの?初めて知った。それに、特別課ってもっと自分の部署に誇りを持っている人達だと思っていたから意外だ。

家畜以下って言うのは、やっぱり激務すぎるということなのだろうか…


「でも、最近はだいぶマシにはなったわよね」


あ、ヴィンスさんとフィル君が戻ってきて、仕事量が少なくなったからかな。


「うんうん。全部レイ君のおかげだよ」


ん?僕のおかげ?なんでだろう…


「そうだな。レイ君は俺たちの女神だ」

「え?女神?」


僕、そんなに高位な存在じゃないけど。

僕はマリーさん達三人の言葉の意味がわからず首を傾げた。


しかし、ジャンさんとマイケルさんも同意したように強く頷いていた。なんでだろう?


するとその時、近くから机がドンっと蹴られる音が聞こえた。


「はっ、いい身分だな。無能なくせにヴィンセントのお気に入りってだけでチヤホヤされて」


音のした方に視線を向けると、僕の座る席の隣の列の斜め前の席から、アーサー君が剣呑な眼差しで僕を見ていた。


「…アーサー君…」


「なによ、あんた。喧嘩売ってるの?」


マリーさんはアーサー君を咎めるように睨みつけた。


「いやいや、別にそんなつもりはありませんよ。事実を言っただけなので」


アーサー君は口角を上げて挑発するようにそう言った。


「は?なによ、それ。バリバリ喧嘩売ってんじゃない。喧嘩するなら受けて立つわよ?」

「はっ、内輪揉めは罰則対象なんだから、するわけないだろ。特別課って意外と馬鹿なんだな」


小馬鹿にしたようにそう言うアーサー君に、マリーさんは眉を吊り上げた。


「あんた、表でなさいよ!その生意気な口を二度と聞けないようにしてやるわ」

「そんな低脳な挑発に乗るわけないだろ」

「なんですって!!」


一触即発の雰囲気になってしまった場の空気に、僕はただただ縮こまってしまった。

マリーさんは物凄い形相でアーサー君を睨みつけ、アーサー君も殺気のこもった目でマリーさんや特別課の人たちを睨みつけていた。


アーサー君の周りにいる治安維持室の人たちは焦った脳な様子で何やら小声でアーサー君に何か言っていたが、アーサー君は全てシカトしていた。


そんな地獄の雰囲気になってしまった場を納めたのはエミールさんだった。

エミールさんは後ろの僕たちの言い争いに気づいて、一番前からこちらへとやってきた。


「アーサー、またあなたは…特別課の方々に失礼でしょう」

「なぜですか?俺は間違ったことは言ってないと思いますけど」

「間違ってる間違ってないの問題ではありません。あなたのそういう攻撃的な態度はレイ君や特別課の方々に失礼です。謝りなさい」


エミールさんにそう言われて、アーサー君は不満そうに眉を寄せたが、やがて深く息を吐いた。


「申し訳ありませんでした。本当のこととは言え、口が過ぎました」

「アーサー」


咎めるようにそう言うエミールにアーサー君はイライラしたような視線を向けた。


「あなたが謝れって言ったから謝りました。まだ何か?」


そんなアーサー君の態度に、エミールさんは軽く息を吐いた。


「特別課の皆さんにレイ君、アーサーがすみません。ここは私に免じて許して頂けませんか?」

「…マリー、エミールさんもそう言ってることだし、頭を冷やせ」


ジャンさんからそう言われてマリーさんは不服そうながらも頷いた。


「わかりました。そのガキはムカつくけど、これから一週間、協力しなきゃならないんだし、争うつもりはありませんわ」


次にエミールさんから視線を向けられた僕も慌てて言う。


「あ…僕も、その、別に…」

「そうですか。ありがとうございます」


そう言ってエミールさんはスタスタと前に戻って行った。

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