04
退館手続きを終えて、校舎の外に出た。
ヴィンスさんを探すと、彼は騎士団校舎の門に背を預け、腕組みをした状態で僕を待っていた。立っているヴィンスさんはとても背が高くスタイルがよかった。身長は180くらいはあるだろうか。僕は170無いくらいだからあんなにスラっとしたスタイルは憧れるなあ。そんなことを一瞬考えたのちに足速に彼の方へと向かった。そしてそれに気づいたヴィンスさんは軽く手を振ってくれた。そして僕も手を振り返してヴィンスさんのもとへと行った。
「お待たせしてすみません」
その言葉に彼は優しく笑った。
「全然。じゃあ行こうか」
「はい」
そうして僕たちは歩き出した。
…それにしてもヴィンスさんはすごく目立つ。今日もヴィンスさんは私服姿で、白の薄手のハイネックセーターに黒いパンツ、そして黒いロングコートを合わせたシンプルな出立ちなのだが、なぜか全身白で嫌でも目立つ制服を着ている僕よりも周囲の視線を集めている。さっきからすれ違う人はみんなヴィンスさんに釘付けだ。特に女性たちはヴィンスさんを見て、頬をピンク色に染めている。やっぱりヴィンスさんの容姿って異次元の美しさなんだな。ただ普通に街を歩くだけでこれなら、ヴィンスさんって相当モテるんだろうな。
それに、ヴィンスさんは容姿が美しいのはもちろんだけど、性格もすごく優しいし、それ加えて一つ一つの所作も上品で美しい。今だってただ歩いているだけなのに、歩き方も優雅でしなやかだ。世の女性でヴィンスさんに惚れない人の方が珍しいのではないか。そう思えるほどに完璧なヴィンスさんに感心してしまう。
「やっぱりかっこいい人だなあ」
その心の声は無意識にポロっと口に出てしまっていた。そしてその声はヴィンスさんに聞こえていたようだった。
「誰?」
ヴィンスさんは少し眉を寄せて僕に聞いた。
「へっ、なんですか」
僕は完全にヴィンスさんのカッコよさについて考えていたので、急に話しかけられて驚いた。
「かっこいい人って誰?」
そう言うヴィンスさんはいつもの優しい感じではなく、少し怖かった。それに僕はすごく焦ってしまう。何か気に触るようなことをしただろうか。確か今、かっこいい人がどうのって言ってた気がする。あ、もしかすると僕がヴィンスさんに見惚れていたのがばれたのかも。さっきから僕はじろじろとヴィンスさんばっかり見ていたし。もしかしたら不愉快だったのかもしれない。
…どうしよう。早く謝らないと。
「あ、すみません」
その声は少し震えてしまった。ヴィンスさんに嫌われたらどうしよう。そう思うと、怖くなってしまって、ヴィンスさんの顔を見れなかった。
「…ごめん。怒ってるわけじゃない」
そう言われて僕は顔を上げた。そこにはいつものように優しい雰囲気のヴィンスさんがいた。そしてヴィンスさんは少し眉を下げた。
「ただ、ちょっと気になっただけ」
その言葉に僕は胸を撫で下ろした。よかった。怒ってるわけじゃないみたいだ。
「あ、そうだったんですね。僕の方こそごめんなさい。勘違いして。…あ、かっこいいっていうのは、ヴィンスさんを見て、ついそう思ってしまって…」
「君がかっこいいと思ったのは僕?」
「あ、はい。ヴィンスさんって顔も美しいけど、性格も優しいし所作とかもすごく美しくて、僕も憧れるなぁって思ってたら、つい声に出ちゃって…」
「…そう」
ヴィンスさんは、心なしか嬉しそうな顔をしていた。ヴィンスさんが楽しそうで良かった。
しばらく二人で歩いていくと目的地にだいぶ近づいてきた。そして僕たちは最後の路地を曲がり、依頼主であるリンダさんの家の前に着いた。
リンダさんのお宅はごく普通の一軒家だ。そして扉の前にある呼び鈴を鳴らすと、中からは陽気そうな年配の女性が出てきた。それがリンダさんだ。リンダさんは僕を見るなり嬉しそうな顔をした。
「おぉ!レイ君。待ってたよ」
「リンダさん、お久しぶりです」
「3ヶ月ぶりだよ!あたしゃあね、レイ君に会えるのをこれでもかと楽しみにしてたんだよ。さあさあ、入っておくれ」
リンダさんは僕を見て嬉しそうに笑い、家に迎え入れてくれようとしてくれた。
「あ、リンダさん、その前に。えっと、今日リンダさんの依頼を一緒に手伝ってくれる人がいるんですけど、紹介しますね。この方はヴィンスさんです」
僕は、僕の少し後ろにいたヴィンスさんを紹介した。リンダさんはヴィンスさんをみて少し目を見張っていたが、すぐにいつもの陽気な感じに戻った。
「うわっ、あんたえらい男前だねえ。今日はあんたも手伝ってくれるのかい。よろしく頼むよ」
「…」
ヴィンスさんの背中をバシバシと叩くリンダさんにヴィンスさんは無表情で頷いた。
僕たちはリンダさんの家にお邪魔した。リンダさんは一人暮らしで、リンダさんの明るさとは対照的に家の中はひっそりとしていた。リンダさんは旦那さんと二人暮らしだったようだが、その旦那さんは3年前に他界してしまって、それ以来は一人でこの家に住んでいるそうだ。そしてリンダさん自身も、加齢によってあまり動き回れなくなっていた。そこで、僕はこれまでに何回か、庭の草むしりや物置の掃除などを依頼され、引き受けていた。
そして今日は雨漏りのする屋根の修理だ。僕たちは雨漏りがしているという二階の部屋に案内してもらった。そこは寝室で、部屋の壁際にはリンダさんのベットがあった。そして部屋の中央には小さい桶のようなものがあり、少し水が溜まっていた。昨日の深夜から今日の早朝にかけて少し雨が降っていたのでその水が漏れてきたのだろう。
「ここらへんの屋根にガタが来てるみたいでねえ。ちょっとずつ漏れてくるんだよ」
リンダさんは困った顔で言った。
「わかりました。ちょっと屋根に登って詳しく見てみますね」
「あぁ、悪いね。頼めるかい」
「はい。もちろんです」
「終わったら知らせておくれ。あたしゃリビングにいるからね」
「はい」
リンダさんと話したのちに、僕たちは二階の部屋から屋根に登った。そして屋根の状態を確認する。リンダさんの家の屋根は全体的に劣化していた。所々、色が落ちてしまっている。雨漏りをしていた場所付近の屋根はいっそうひどい状態で、所々にひびが入っていたり、割れてしまったりしていた。
「これは、結構劣化してますね。雨漏りしている場所だけじゃなくて全体的に修理をした方がよさそうです」
「うん。そうだね」
僕は制服のポケットに手を入れ、白い手袋を取り出した。この手袋は魔法具の一種だ。と言っても治癒系の簡単な魔法を使える程度のものだ。僕は治癒系の魔法に適性がないのでこれくらいの魔法しか使うことができない。しかし屋根の瓦を修復する程度ならこの手袋で出せる修復魔法で事足りる。僕は手袋をはめて瓦の劣化部分に手袋を当てる。
「修復」
そう唱えると手袋を当てたところに白い魔方陣が表れ、瓦の劣化をみるみるうちに修復していった。そして僕は一つ一つの瓦に修復魔法をかけていく。そんな僕の様子をしばらく見守っていたヴィンスさんが僕に声を掛けた。
「僕も手伝う」
「ありがとうございます。あ、じゃあこれ使ってください」
僕は予備で持っていた手袋をヴィンスさんに渡した。
「…うん。ありがとう」
そしてヴィンスさんは僕とは反対方向に行って修復を始めた。
…しかし屋根の修復は骨の折れる作業だ。簡単そうに見えて一つ一つの瓦に修復魔法をかけていくのは結構大変だった。しかしこの手袋は本当に簡単な治癒系魔法しか使えないため、これ以上広範囲に修復魔法を出すことはできない。結構不便だ。そんなことを考えながら、ヴィンスさんはどの程度進んでいるかを確認しようとしたところで、後ろから声を掛けられた。
「レイ。終わった」
後ろを振り返ると、なぜか反対側にいたはずのヴィンスさんがいた。
「えっ、どうしたんですか」
「終わったよ」
「…えっ、もう?」
「うん」
そんなはずはない。だって僕はまだやっと二列終わったところなのに、ヴィンスさんは三十列以上終わらせたことになる。えっ、どういうことだろう。
「えっと、反対側からここまでもう終わったってことですか」
「うん」
あまりの仕事の早さに信じられなかった僕は反対側から屋根全体の状態を確認する。すると本当に全ての瓦の修復が終わっていた。屋根全体がピカピカに輝いている。
「え、本当に終わってる…」
「ヴィンスさん、こんな短時間ですごいです!」
その光景に感動して興奮気味にヴィンスさんに言った。そんな僕にヴィンスさんは微笑んだ。
「レイが喜んでくれて良かった」
「あ、はい。ありがとうございます」
ヴィンスさんに僕は照れながらも感謝の言葉を言った。本来であれば、五時間くらいかかると思っていた作業がヴィンスさんのおかげで三十分もしないで終わった。
…でもどうやったんだろう。
「あの、どうやってそんなに早く修復したんですか」
「…普通に修復魔法をかけただけ」
「えっでも、あの手袋じゃそんなに早く修復できないはずじゃ」
「できたよ?」
「えっ、…あ、そうなんですね」
…ヴィンスさんができたと言うのならできたのだろう。少し不思議に思ったが、何はともあれ屋根の修理を無事に終わらせることができて良かった。やっぱりヴィンスさんってすごい。きっと騎士団でも優秀な人なんだろうな。こんな美しくて優しくて魔法の腕も優秀なんて本当に憧れる。
そして僕たちは修理が終わったことをリンダさんに伝えに家の中に戻った。そして雨漏りがしていた二階の部屋から一階のリビングへと行った。
リビングのドアを開けるとリンダさんはソファーに座って編み物をしているところだった。そしてリンダさんは僕たちに気づいて、少し驚いたような表情をした。
「あれっ、もう終わったのかい?」
「はい。ヴィンスさんのおかげで、早く終わりました。全ての屋根に修復魔法をかけたので、もう雨漏りは大丈夫だと思います」
「あぁ、そうかい。レイ君もヴィンス君もありがとね。これで水滴の音で睡眠が害されることもないね」
リンダさんはとても嬉しそうだ。
「お二人とも、お礼と言っては何なんだけど、アップルパイを食べていかないかい?」
「えっ、いいんですか?」
「ああ、今日はレイ君が来てくれるっていうから、お昼にちょっと作っておいんだ。レイ君にはいつもお世話になってるからね」
そう言って明るく笑うリンダさんに僕は嬉しくなった。僕のために作っておいてくれたなんて、リンダさんはすごく優しい。
「ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えてご馳走になります」
僕は甘いものがすごく好きなので、とても喜んだ。そして隣にいたヴィンスさんに目を輝かせて言った。
「ヴィンスさん!アップルパイ楽しみですね!」
しかしヴィンスさんは少し微妙そうな顔をした。
「僕も食べていいの?レイのために作ったんでしょ?」
その言葉にリンダさんは豪快に笑った。
「あぁ、もちろんだよ。あんたたち二人で屋根を直してくれたんだろ。そのお礼さ」
「…ありがとうございます」
ヴィンスさんは戸惑いながらもリンダさんにお礼を言った。
「じゃあ、あたしはパイを取ってくるから、テーブルに座って待っていておくれ」
リンダさんはキッチンの方へパイを取りに行き、僕たちはソファーの隣にある四人がけのテーブルに隣同士で座った。