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それから、四時間ほどすることもなく、部屋を掃除したり、意味もなく別棟をうろうろしたりして過ごし、定時になった瞬間、部屋に魔法陣が現れ、ヴィンスさんが出現した。
「レイ、お待たせ」
いきなり現れたヴィンスさんに僕は少し驚いた。
「あ、お疲れ様です」
戸惑いながらもそう言うとヴィンスさんは軽く頷いた。
「じゃあ行こう」
そうして僕たちは一緒に帰った。
それから一週間、僕たちは毎日特別課に行き、ヴィンスさんは任務をこなし、僕は部屋でじっと待っている日々が続いた。
僕がやることといえば部屋の掃除か、お茶を飲むか、別棟をぶらぶらすることだけで、何もしていなさすぎて罪悪感が湧いてくる。
本当にこんな感じでいいのかな?何も役に立っていないし、そもそも仕事すらしてないし、僕がいる意味あるのかな?
そんなことを考えて毎日悶々と過ごしていると、ある日、特別課に総督がやってきた。
「君たち、久しぶりだね」
その言葉に、皆顔を上げて総督の方を見た。
「あ、総督じゃないっすか」
反応したのは一番扉側に座っていたロベールさんだ。
「ああ、前よりは元気そうだね?」
疲れてはいるが、ヴィンスさんが来る前よりは頬に肉がつき、クマが薄くなった人たちを見て、総督は安心したような顔をした。
「はい。団長もフィル君も戻って来てくれて、だいぶ楽になりました」
ロベールさんの向かいに座る、マイケルさんが穏やかな表情で答えた。
「そうか。それはよかった。それはそうと、今日は君たちに話があってきたんだがいいかね?」
「はい。なんでしょう?」
「特別課に急遽王族警護の依頼が入った」
その言葉を聞いて特別課の面々が不思議そうに首を捻った。
「え?王族?なんでまた」
「警護って外交のための出張警備ですか?しかし、先日の国際会議が終わって、しばらく国外への用は無いはずだったと思いますが?」
ジャンさんとマイケルさんの疑問に総督は答える。
「いや、普通に王宮での警備に携わって欲しいんだ。実は最近、王宮内で感染症が流行っているらしくてね。それで護衛騎士の何人かがダウンしてしまったらしい」
「なるほど。そうでしたか」
「感染症なら、仕方ないな」
マイケルさんとジャンさんは納得したように頷いた。
「ああ、騎士たちの療養もあって、一週間ほど人手が不足するらしいんだ。そういう訳で、ヴィンセントとフィルは明日から王族警護の任を担ってもらいたい」
「ええ?!僕、王族と関わるの嫌なんだけど!」
僕の隣に座っていたフィル君が非難の声を上げた。
「仕方ないだろう、君はランス王子からの直々の指名なんだから」
「えぇ〜!やだよ。なんで僕があんなわがまま王子を警護しなきゃいけないの!!」
「フィル君、君は王子から好かれてるんだから仕方ない。諦めたままえ」
「テンション下がるんだけど〜」
「まあまあ…」
フィル君はげんなりとしたように顔を歪めた。そして僕のもう一方の隣に座るヴィンスさんも口を開いた。
「僕も行きたくない。他の人にして」
「それは無理だ。お前は王からの直々の指名なんだ」
「そんなの知らないよ。行きたくないんだから行かない」
「そんなもの、通るわけないだろう!行け!」
フィル君の時と打って変わってアール総督は険しい顔つきでそう言った。
「嫌だ。そんなの受けたら、しばらくレイと離れ離れになっちゃう。行かない」
「行きなさい!君に拒否権はない。王からの命令なのだから」
「じゃあ、拒否しなくていいよ。休むから」
「そんなもの許すわけがないだろう!行けと言ったら行くんだ」
「嫌だ。フィルと他のやつらを適当に連れて行けば?」
「向こうは君がいいと言ってるんだ!」
「そんなの知らない」
「行け!でなければ、私が無理矢理にでも連れて行くぞ」
「そんなに言うなら、僕騎士団辞めるから。これ、辞表」
そう言ってヴィンスさんはジャケットのポケットから無造作に『辞表』と書かれた封筒を取り出し、ヒラヒラと見せた。その途端、さっきまで怒っていた総督が黙った。
「…受け取って」
立ち上がり、総督に辞表を渡そうとするヴィンスさんを見て、総督はみるみるうちに目に涙を溜めて行った。
「…辞めるのは許さない」
「じゃあ、警護は断って」
「…ううっ”、そんなの無理に決まってるだろう。王族だぞ?!なぜ君は私に意地悪ばっかりするのかね?私に恨みでもあるのか?!ううっ”もうやだ」
そしてとうとう泣き始めてしまった。
「意地悪なんてしてない。総督が断ればいいだけでしょ」
平然とそう言うヴィンスさんに、総督は更に悲痛そうに顔を歪め、肩を震わせていた。
なんだか総督が可哀想な気持ちになってきて、僕は席から立ち上がった。
「あ、あの、ヴィンスさん」
意を決して後ろから声をかけると、ヴィンスさんは振り返って僕をじっと見た。
「なに?」
「えーと、その、警護の任務行ってあげたら、どうかな…なんて」
言いづらかったが、勇気を出してそう言うと、総督はハッと顔を上げ、ヴィンスさんは少し顔を曇らせた。
「レイは僕に任務行って欲しいの?」
「あ…まあ、そうですね…」
「そう。わかった。だったら行く」
僕をじっと見つめてあっさりと頷いたヴィンスさんを見て総督の顔はパッと輝いた。
「ありがとう!じゃあそういうことだから、明日からは王宮の方に出勤してくれ。あと、ヴィンセントとフィルが抜ける期間は治安維持室から来る応援部隊と合同で仕事を行ってもらうことになったから、どうにかカバーできると思う」
その言葉を聞いて皆一斉に首を傾げた。
「え?治安維持室?」
代表して疑問の言葉を述べたロベールさんに総督は言う。
「ああ、治安維持室は特別課の次に実力が高いものが集まる部署だし、人員もここに多く回してくれることになった。ヴィンセントがいない間は、二つの部署で協力してなんとか頑張ってくれ」
その言葉を聞いて特別課の人々はお互いに顔を見合わせた。
「…あの、恐れながら総督。団長とフィルが抜けた穴を応援部隊で埋められるんでしょうか?また手が回らなくなってパンクするんじゃ…」
代表してアランさんは総督に不安そうな視線を向ける。
「安心してくれ。私の方で、二人がいない間の仕事量はきちんと調整してあるから」
「本当ですか?」
「ああ。…まあ、でも、調整して後回しになった仕事は、二人が戻ってから捌いてもらうことになるがな」
ボソッと言われたその言葉に反応したのはマリーさんだ。
「え…それって、調整と言うより仕事を後に溜め込んでおくってことですよね?それじゃあ一週間後に大変なことになるんじゃ…」
「…まあ、その時はヴィンセントもフィル君もいるし、大丈夫だろう」
「えぇ…本当ですか?」
「頑張るしかないだろう」
そう言われて、特別課の人々はお互いに目を見合わせ、不安そうにしながらも頷いた。




