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僕たちはお昼を食べに騎士団の食堂へと行った。
早めに食堂についたことにより、食堂にはまだ席の余裕がいくつかあった。
「レイ君、あそこ座ろう」
フィル君が指差したのは四人がけのテーブルで、僕たちはその席に座った。
「レイ君、僕がまとめて頼んでくるよ。何がいい?」
「あ…じゃあ、Bランチをお願いしてもいい?あ、お金渡すね」
今日は僕の奢りなので、僕は制服のポケットに入った財布を取り出して、二人分のお金をフィル君に渡そうとした。
「お金はいいよ。僕がまとめて買ってくる。大した額じゃないしさ」
「えっ…でも、奢る約束だし…」
「まあ、そうだけど、僕はレイ君と一緒にご飯食べられるだけで嬉しいからさ!」
明るくそう言ってくれたフィル君だが、フィル君に迷惑をかけた上に逆に奢ってもらうなんて申し訳なさすぎる。
「あ…でも、流石に悪いよ。僕が奢るって言って誘ったのに、逆に奢られるなんて…」
そう言うとフィル君は軽く首を傾げた。
「そう?じゃあ、レイ君の分だけちょうだい。僕の分は自分で払うよ。レイ君は何も悪いことしてないのに奢られるなんて僕だって居心地悪いしさ!」
「あ…うん。ありがとう」
これ以上、奢るとしつこく言うのも躊躇われて、僕はフィル君の好意に甘えることにした。
そうしてフィル君は立ち上がり、ランチを頼むために、食券売り場まで行った。
僕は席からフィル君の後ろ姿をなんとなく眺めてたが、やはりフィル君はとても目立っていた。混雑した食堂の中でも、人々の視線を釘付けにしている。食堂の人々は皆、フィル君を見てヒソヒソ話したり、見惚れたりしていた。特に男性陣からは一際熱い視線を受けている。
…やっぱりフィル君は有名人だな。あれだけ可愛ければ目で追ってしまうのもわかる。でも当の本人はそんなことは全く気にしていない。ヴィンスさんもだけどフィル君もすごいな…こんな注目浴びても涼しい顔してるなんて…
そうしているうちに、フィル君がトレーを持って戻ってきた。
「レイ君、お待たせ。Bセット」
「ありがとう。フィル君」
「うん。じゃあ、僕の分も取りに行ってくる」
そう言ってフィル君はまた行ってしまった。
Bセットはクリームパスタと生ハムのサラダ、ストロベリーのムースに紅茶のセットだ。パスタはできたてなのか、湯気が立っていて食欲をそそる香りが漂ってきた。ああ、美味しそう…
僕がうっとりとしていると、不意に僕の前に人が立ち止まる気配がした。
あ、フィル君かな?そう思って顔を上げると、そこにはアーサー君たちがいた。
アーサー君は目を吊り上げ、不愉快そうに僕を見下げている。
「おい、お前、そこの席どけよ」
「え?」
僕が戸惑っていると、アーサー君はイライラしたように眉を寄せた。
「どけって言ってんだよ」
「あ…えっと…でも…」
オロオロしていると、アーサー君は更に怖い顔をしてこちらを睨んだ。
「お前、俺の言うことが聞けねえのか?」
アーサー君と一緒にいた人も僕に非難の目を向けてきた。
「そうだ!お前ごときがアーサー様に歯向かうのか?」
「早くどけよ!ノロマ」
「そうだそうだ!」
数人に囲まれるように責められて僕は困惑してしまう。
「あ…でも」
「だいたい、こんなに食堂が混んでるのに、なんで一人で四人席を占領してるんだよ!」
「そうだ!非常識にも程がある!」
「あ…僕一人なわけじゃなくて…と、友達がいて…」
「おい、つべこべ言わずに早くどけ」
凄んでくるアーサー君たちはとても怖くて「ごめんなさい。どうぞ」
と言って思わず席を立った。
「レイ君、お待たせ」
その時、ちょうどフィル君がトレーを持ってこちらに戻ってきた。
「あ…フィル君」
フィル君はアーサー君たちに囲まれて萎縮してる僕を見て顔を険しくさせた。
「アーサー、お前、またレイ君に絡んでんの?やめてよ」
「ああ?!お前こそなんでこんなところにいんだよ」
「僕は今日レイ君とご飯食べるの!!邪魔しないでよね」
「邪魔なのはこいつだろ。目障りなんだよ」
アーサー君は僕を睨みつけた。その視線が怖すぎて下を向いていると上からフィル君の強い声が飛んできた。
「お前の私情なんかしらないよ!とにかく僕は久しぶりのレイ君とのご飯なの!!楽しい時間に水を刺すようなことしないでよね!早くどっか行ってよ!」
「なんだと?だったらお前らがどけよ!」
「なんでだよ!もうっ!お前って本当にめんどくさいな!僕のオアシスを邪魔しやがって!!」
フィル君はとうとうプンスカと怒り始めてしまった。
アーサー君はそんなフィル君をイライラしたように見つめ、一緒にいた人たちはオロオロとしていた。
「アーサー様?ここは引いた方がいいかもしれません」
「周りもこっちに注目しています」
「こいつはまだしもフィル・クロードと揉めるのは目立ちすぎます」
その声を聞いてアーサー君は苦虫を噛み潰したような顔で、フィル君と僕を睨んだ。
「フィル、お前、覚えてろよ。それにお前もだ。最近ヴィンセントに気に入られてるからって調子に乗ってんじゃねえ」
低い声でそう言われて僕は小さく頷いた。
「だから!レイ君に意地悪すんなよ!今度、お前のお兄さんに言いつけてやる!」
その瞬間、アーサー君の顔が険しくなった。
「フィル、お前、余計なことしてんじゃねぇよ。なんで兄貴が出てくんだ」
「ふんっ、だって僕、君のお兄さんと飲み友だし?仲良しだから」
フィル君は得意げな顔でそう言うと、アーサー君はフィル君を睨みつけた。
「そんなの聞いてねえぞ」
「それはお前がお兄さんと話さないからだろ?お兄さん寂しがってたよ」
「余計なお世話だ。とにかく兄貴に変なこと吹き込むんじゃねえ」
「それはお前次第だね。レイ君に意地悪しないでよね!」
「ふんっ、行くぞお前ら」
そう言ってアーサー君たちは立ち去って行った。
僕はアーサー君がいなくなってホッと一息ついた。
「レイ君、大丈夫?」
フィル君はトレーを持ったまま心配そうに僕を見ていた。
「う、うん。大丈夫。助けてくれてありがとう」
努めて明るくそう言うと、フィル君は安堵したように眉を下げた。
「そっか。よかった」
そして僕とフィル君は席に座った。
フィル君は席につくなり、眉間に皺を寄せた。
「それにしても、なんなの?アーサーのやつ。レイ君に意地悪ばっかりしやがって」
「…あ…うん」
「それに年々態度が悪化していってない?」
「…うん」
フィル君の言う通り、アーサー君はヴィンスさんとの一件以来、僕に対して更に攻撃的な態度を取るようになっていた。以前は僕を蔑むような、見下すような感じが強かったが、今は僕の存在自体が目障りとでも言うように、威圧的で攻撃的な雰囲気を全面に出すようになった。
ここ一ヶ月はヴィンスさんと殆ど一緒にいるからか、直接話しかけられることは無かったが、時々鋭い殺気を向けられることはあって、内心ビクビクしていた。
「レイ君、また何かされたら遠慮せずに僕に言うんだよ?」
真剣な眼差しでそう言うフィル君に僕はコクリと頷く。
「うん。ありがとう」
そう言うとフィル君はにっこりと微笑み、食事に目を移した。
「じゃあ、食べよっか」
「うん!」
そうして僕たちは食事を始めた。




