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パフェを食べ終わり、僕たちはカフェを出た。
今日は午後に飼い猫探しの依頼があってヴィンスさんと共にその依頼を解決するために街に出ていた。
依頼自体は五分もしないうちにヴィンスさんが猫を見つけ出したことで解決したのだが、あまりに早く依頼が解決したため、時間が余ってしまい、僕はヴィンスさんおすすめのカフェに寄ることにしたのだ。
そういうわけでカフェから騎士団に戻るための道を歩いていると、僕は周囲からの視線を痛いほどに感じた。今日も今日とて、ヴィンスさんは注目の的だ。すれ違う人は必ずヴィンスさんの方を振り返り、ヴィンスさんの美貌に驚き、頬を染めていた。きっとヴィンスさんの美しさに見惚れているのだろう。
僕はここ一ヶ月、ヴィンスさんと共に市民相談室に寄せられた相談を解決しに回っているが、この注目にはやっぱり慣れることはない。
そんなことを思いながら歩いていると、騎士団についた。僕たちは受付で手続きをして、仕事場へと戻る。
僕の仕事場はヴィンスさんが来て、色々と大幅に変わった。
今までは窮屈なスペースでどよーんとした空気が広がっていた部屋が、ヴィンスさんが異動してきたその日にリフォーム業者が入り、部屋は清潔感のある感じになり、全体的に狭かった空間も、隣の部屋とそのまた更に隣の部屋の壁を取り払い、統合して一つの部屋にしたことで、とても広くなった。
今の市民相談室は、中央の扉から入ると、左に広々としたデスクのあるスペース、そして右には、大きなソファーとローテーブル、そして料理ができるピカピカのキッチンが備わる、高級マンションのリビングのような空間になっていた。
僕たちはそんな広いデスクの一つに居心地悪そうに座っているミハエルさんのもとへと行った。
「ミハエルさん、今戻りました」
僕がそう言うと、ミハエルさんはビクッと肩を揺らし、読んでいた雑誌から顔を上げた。
「あ、あぁ…わかった」
怯えるようにそう言って、そそくさと顔を下げた。
僕はそんなミハエルさんの対応に思わずため息が漏れる。
そして僕はヴィンスさんと共にデスクへと行き、隣同士の席に座った。
僕は今日の依頼の報告書を作成しようとキーボードをカタカタと打ち込んだ。
そして何分かして報告書を書き上げ、一息つくと、隣から声がかけられた。
「レイ、できた?」
「はい」
「じゃあ、ちょうだい」
「あ、はい」
僕がヴィンスさんに報告書を手渡すと、ヴィンスさんは立ち上がり、一番奥にいるミハエルさんのもとへと行った。
「これ、出しといて」
そう言ってミハエルさんの読んでいる雑誌の上に報告書を置いた。
ミハエルさんはヴィンスさんの声を聞いた瞬間、顔色を悪くさせ、ビクビクしながら小さく頷いた。
僕はそんな様子を心配になりながら見ていたが、ふと斜め前にいる同僚が目に入る。彼は相変わらずゲームに夢中のようで、猫背になりながら、体を丸めて一心不乱にキーボードをカタカタと動かし、ゲームをしているのがわかった。
ヴィンスさんが来てから、ミハエルさんは大きく態度が変わった。やる気がなく、適当なところは変わらないのだが、これまでは僕に対して、全体的に雑な感じの対応だったのが、まるで腫れ物に触るかのように、ビクビクとした対応に変わった。いつもヴィンスさんの機嫌や顔色を酷く気にしているように見える。やっぱり僕以外の人はヴィンスさんがとても怖いんだろうか…こんなに優しい人なのに不思議だ…
その一方で僕の唯一の同僚である彼はヴィンスさんが来てもゲームに夢中な姿は相変わらずだ。ヴィンスさんの異動など気にも止めていないように見える。マイペースというか、なんと言うか…。これはこれで問題な気がするけど…
そんなことを考えていたら、ヴィンスさんが僕のところへと戻ってきた。
「レイ、あっちのソファーで紅茶飲もう」
「あ、はい」
そうして僕は二人で座るには広すぎる豪華なソファーに座った。
「レイはここで待ってて」
そう言ってヴィンスさんはキッチンまで行き、食器棚からティーセットを出し、ティーポットで紅茶を沸かし始めた。
そしてしばらくして、ヴィンスさんが二人分の紅茶を持ってきてくれた。
「ヴィンスさん、ありがとうございます」
「うん」
そして僕たちは隣同士に座り、紅茶を飲んだ。
「やっぱり、美味しい…」
僕が思わずそう言うと、ヴィンスさんは目を細めて微笑んだ。
「よかった」
ああ、なんか、幸せ…。ヴィンスさんがいるといつも楽しい。
「ヴィンスさんが異動してきてくれてから、僕すごく楽しいです」
「それはよかった」
それから僕たちは紅茶を飲みながら、ゆっくりとくつろいだ。
そして午後はゆったりと過ごし、終業の時間がやってきた。
僕はヴィンスさんと共に部屋を出た。
ヴィンスさんは市民相談室に異動になってから、毎日僕と行き帰りを共にしていた。出勤の際は寮の前まで迎えにきてくれ、退勤の際は寮まで送ってくれる。
騎士団から出るまでにすれ違う人はみな、ヴィンスさんに釘付けだ。うっとりと見惚れる人やヒソヒソと何やら話している人もいた。僕はそんな視線に少し肩身の狭い思いをしながらチラリとヴィンスさんを見るが、当の本人はそんな視線など全く気にしていないように無表情だ。あ、でも、今僕の視線に気づいてこっちを見て軽く笑った。ああ、かっこいい…
「レイ、明日は依頼が終わったら、ランチに行こう」
「え?あ、はい」
「レイは何が食べたい?」
「あ、えっと、なんでもいいです。…あ、なんでもは困りますよね。すみません」
「ううん。困らないよ。じゃあ、僕おすすめのレストランがあるんだけどどう?チーズ料理のお店」
「チーズ!僕大好きです。行きたいです」
興奮気味にそう言うと、ヴィンスさんは微かに目を細めた。嬉しそうだ。
「じゃあ行こう」
そうして僕たちは明日のランチの約束をして、僕の寮の前で別れた。
帰ってから夕食を食べ、シャワーを浴びた後、携帯のメッセージアプリを見ると、ヴィンスさんから一件通知が来ていた。
『今日は冷えるから、温かくしてね』
その後にはシロクマの可愛いスタンプが添えられていた。
うん。相変わらず可愛い。僕はヴィンスさんの可愛さを噛み締めながら、『お気遣いありがとうございます。ヴィンスさんも温かくしてくださいね。おやすみなさい』
と返信した。
そして携帯を閉じ、僕もベットの中に入った。




