29
僕は今、カフェにいた。正面にはイチゴの乗ったパフェ、そしてその更に奥には僕をじっと見つめる美しい人がいた。
絹のような美しい銀髪に、陶器のように白い肌、アメジストのように美しい瞳を持つ彼は、まるで彫刻のように凛々しく美しい。
そんな彼が僕の正面で、僕をじっと見つめている状況にはいつまで経っても慣れることはないだろう。
僕は少し緊張しながら、前にあるパフェを一口食べた。
「美味しい…」
目の前にあるパフェはとても美味しかった。上に乗っているいちごは程よい酸味と強い甘味があり、とてもみずみずしかった。そしていちごと共に食べた生クリームは甘すぎず、さっぱりとしていた。
美味しすぎて僕は二口三口、パクパクとパフェを口に運んで行った。
ああ、美味しい…
美味しすぎて思わず口角が上がっていくのがわかる。そして再び何口か食べて、ハッと目の前の彼を見ると、彼は目を細めて微笑んでいた。
ああ、眩しい…
僕は彼の微笑みにしばらく見惚れてしまう。なぜこの人はこんなに美しいのだろうか。それに、こんなに美しい上に、彼はとても優しく、魔法の腕も一流で、それでかっこよくて、かっこいい。こんなに完璧な人がこの世にいてもいいのかな?いや、よくよく考えてみると、こんなにかっこよくて性格良くて完璧な人がいていい訳がないと思う。やっぱり、彼は人じゃないのかもしれない。神とか妖精とか天使とかそんな感じの、人間よりも高次元の存在なんじゃないかな?
そんなことを考えていると、彫刻のような彼がゆっくりと口を開いた。
「レイ、美味しい?」
ん?なんか天使が喋った。天使って顔だけじゃなくて、声も綺麗なんだな。顔がかっこよくて性格良くて魔法もすごくて、その上に声も綺麗なんて、やっぱり天使はすごい。
「…レイ?」
僕の天使は怪訝そうに眉を下げた。困った顔も変わらず美しい。
「…レイ、パフェ美味しくなかった?」
ん?今度は不安そうに探るような視線を向けてきた。どうしたんだろう。何か困っているなら、助けてあげたい。天使って普段は天界にいるだろうし、きっと人間界でわからないことも沢山あるだろう。僕がしっかりしないと!
「あ、あの!ヴィンスさん!」
「…なに?」
「困ったことがあったら言ってくださいね!慣れない環境で不便なことも多いと思いますが、僕がついてます!」
「……うん。ありがとう」
あれ?なんか更に困惑させちゃった。え、なんでだろう。
やっぱり僕みたいな人間に頼れなんて言われたから、不愉快だったのかな?だったら、謝らないと…
「…あの、ヴィンスさん。すみません」
「……どうして?」
「僕みたいな人間に頼れなんて言われても天使のヴィンスさんからしたら嫌ですよね。すみませんでした」
僕がしゅんとしていたら、ヴィンスさんは僕をじっと見つめたのちにゆっくりと口を開いた。
「僕はレイに頼れるの嬉しいよ」
「え?」
「レイはすごく可愛いから、レイのしてくれることは全部可愛い。だから嬉しいよ」
え、僕が可愛い?
…やっぱり、ヴィンスさんって美的感覚だけは壊死してるな。ここまで酷いと病院に連れて行った方がいいのかな?僕のことを可愛いなんて、たぶんどこか脳に異常があるのかも…もしかしたら、何か病気の前兆かもしれないし、今度一緒に病院に行こう。
「だからレイも何か困ったことがあったら僕だけを頼って」
「…あ、はい」
ヴィンスさんに強い眼差しを向けられて、僕は思わず頷いた。するとヴィンスさんは満足そうに微笑んだ。
「レイ、パフェ美味しかった?」
「え?パフェ?」
ああ、そう言えば忘れてた。
「はい!美味しかったです」
「さっきから食べる手を止めてるけど…無理してない?」
僕は慌てて否定する。
「してないです。本当に美味しかったです!ただ、ヴィンスさんのこと考えてたら、存在忘れちゃっただけで…」
「ぼく?」
あ、口が滑った。僕が顔を真っ赤にしていると、ヴィンスさんが目を細めて僕を見つめてきた。
「僕の何を考えてたの?」
「いやあ、それは、色々と…」
「なに?」
そう言ってじっと僕を見つめてくる視線に、僕は耐えられなくなり白状する。
「…ヴィンスさんってかっこよくて完璧な人だと思って…それで、やっぱり人間じゃなくて天使なんじゃないかなって…」
「…ふっ、君は可愛いね」
あ、笑った。神々しい。やっぱり天使じゃなくて神様とかなのかな?
「レイ、僕は人間だよ」
「…信じられません」
するとヴィンスさんは不思議そうに首を傾げた。
「僕の言うことが信じられない?」
確かに。ヴィンスさんの言うことは絶対だから、ヴィンスさんが人間と言うなら人間なはずだ。じゃあ、僕が間違ってたんだな。
「信じます。ヴィンスさんは人間です」
「うん」
そうして、ヴィンスさんは人間だということが判明した。
僕は気を取り直して目の前のパフェを食べ進めた。
やっぱりこのパフェ、すごく美味しいな。王都にこんな美味しいカフェがあるなんて初めて知った。ヴィンスさんがおすすめしてくれるものって全部美味しい。やっぱりヴィンスさんはすごい。顔がかっこよくて、性格もよくて、魔法もすごくて、声も良くて、美味しいお店も知ってる。完璧な人だ。
「ヴィンスさん、こんな美味しいお店に連れてきていただいてありがとうございます」
「そう。よかった」
ヴィンスさんは目を細め、優しく笑ってくれた。
そうして、僕はパフェを食べすすめていると、ふとヴィンスさんが口を開いた。
「レイは僕のこと好き?」
「はい」
当たり前の質問に、僕は即答する。
「じゃあ、僕のどんなところが一番好き?」
「えっ?一番ですか…。うーん、やっぱり、優しくてかっこいいところです」
そう言うと、ヴィンスさんは少し思案するような顔になった。
「僕はレイには好きになって欲しいから優しくしてる」
「はい。ヴィンスさんはとっても優しいです」
「でも、かっこいいはあんまり意識してなかった。だから僕のどんなところがかっこいいか教えて」
「えっ?…そうですね…。まずは容姿がとてもかっこいいと思います。ヴィンスさんは僕が天使と見間違えるくらいに顔が整ってて神々しいです」
ヴィンスさんのかっこいいところを上げるとキリがない。容姿がかっこいいのはもちろんだが、それ以外にもかっこいいところはたくさんある。容姿もさることながらヴィンスさんは普段の立ち振る舞いとか所作とかも優雅でかっこいいし、私服もおしゃれでかっこいい。それに、仕事面でも、ヴィンスさんはとても優秀で頼りになってかっこいい。それに加えてヴィンスさんはとても物知りな上に気遣い上手だ。毎日のように僕を美味しいお店に連れていってくれるし、僕が悩んでいる時はいち早く察知して話を聞いてくれて、元気づけてくれる。そういう内面のかっこよさも兼ね備えた、本当に完璧な人なのだ。
「レイは僕の顔が好き?」
「はい。顔も好きです」
「わかった。僕頑張る」
ヴィンスさんは何か心に決めたように頷いた。果たして何を頑張るのかはよくわからなかったが、でもたぶん僕のために頑張ってくれるのだろう。
「あの、ヴィンスさん、無理はしないでくださいね?」
「うん。大丈夫」
ヴィンスさんはにっこりと微笑んだ。
そうして僕はパフェとヴィンスさんを堪能した。




