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フィル君の登場によってヴィンスさんからまた冷たいオーラが出てしまった。大丈夫かな?
「レイ君!そいつから今すぐ離れて!!」
僕がヴィンスさんを心配していると、フィル君が僕の方へとズカズカ歩いてきた。そしてフィル君の後ろには二人のイケメンと一人の美女がいて、戸惑ったように僕たちを見ている。
「え、ほんとに団長がいる…」
「俺らがどれだけ探しても見つからなかったのに…」
「フィル、これは一体どういうことよ??」
戸惑う三人の声は聞こえていないのか、フィル君は三人を完全に無視して、僕の目の前まで来た。
そして僕の手を取り、フィル君の方へと引き寄せようとした。
すると同時に、反対側の腕がさらに強い力で引っ張られ、僕はヴィンスさんの腕の中へと収まった。
「ちょっと!!なにすんのさ!!早く離れろ!ケダモノが!!!」
フィル君はヴィンスさんの行動に、般若なような顔で怒っている。
そんなフィル君にヴィンスさんは、氷のような冷たい視線を向けた。
「レイに汚い手で触らないでくれる?」
「はあぁ?!どの口が言ってんだよ!?レイ君、こっちに来るんだ」
「え」
「え、じゃないよ!!早く!!!」
あ、どうしよう。今僕は、ヴィンスさんに後ろからガッチリと抱きしめられている状態だ。密着しているせいかヴィンスさんの心臓の音まで聞こえて来る。ヴィンスさんの鼓動って心地いいな…。それにいい匂いもするし。ああ、幸せだ…
いやいや、そうじゃない!
…でもヴィンスさんにホールドされた状態から抜け出すのは難しいし、無理に抜け出してもヴィンスさんを傷つけてしまうかもしれない。どうしよう。僕が困惑してヴィンスさんを見上げると、ヴィンスさんは僕を覗き込むようにして視線を下げ、美しく微笑んだ。あぁ美しい…
僕がヴィンスさんに見惚れていると、横から戸惑ったような声が聞こえてくる。
「え、なんで特別課のフィル・クロードがここに?!」
「それにフィルだけじゃなくてアランさんやロベールさん、そしてマリーさんまで」
アランさんやロベールさんにマリーさんって、フィル君の後ろにいる人たちのことかな?僕は騎士団の人に疎いので知らないが、アーサー君たちが知ってるってことは有名人なのかな?
混乱する取り巻きの人達とは対照的に、アーサー君は戸惑いながらも冷静だった。
…エミールさんに至っては、もう関わりたくないというように空気になることに徹している。エミールさん…
そしてアーサー君が慎重に口を開いた。
「おい、フィル、これはどういうことだ」
それまで僕たちしか目に入っていなかったフィル君は、初めてアーサー君の存在に気づいたようで、少しげんなりした顔をした。
「アーサー、なんでお前までここにいるのさ!ああ!!もう!ややこしい!!」
「俺たちはここで飲んでただけだ。そこに目障りなこいつらが来たんだよ」
アーサー君は僕たちを睨みつけた。さっきまでヴィンスさんにすごい殺気を向けられていたというのに、そんなヴィンスさんにガンをつけられるなんてアーサー君はすごいな。
そして睨まれたヴィンスさんは不愉快そうに眉を顰めた。
あ、フィル君の登場で急降下していた機嫌がまた悪くなったような…
「レイ。やっぱりこいつ殺していい?ついでにフィルも」
その言葉にフィル君は険しかった顔をさらに歪めた。
「お前、レイ君の前でなんてこと言ってんのさ!!そんな物騒なことレイ君に言わないでよ!」
「こいつうるさいから、こいつからやっていい?」
ヴィンスさんはフィル君を見た。その目はゴミを見るかのように冷めきっていた。そんな眼差しにフィル君は一瞬たじろいたが、すぐにヴィンスさんを攻撃的な目で見つめ返した。
こんなフィル君も初めて見たな。すごく怖い。
そして、そんな恐ろしい二人に挟まれた僕は、彼らの溢れんばかりの殺気に動けなくなり、助けを求めて辺りを見渡す。
唯一、頼りになりそうなエミールさんを見ると、あからさまに目を逸らされた。
え、エミールさんってそんな人だったっけ?もっと優しくて正義感が強くて、何か問題が起きた時には、真っ先に頼れるような存在だった気がするけど…
するとそれまでフィル君の背後で成り行きを見守っていた三人が、こちらへとやって来た。
「フィル。落ち着け。お前が問題を起こしたら俺たちが困る。もうこれ以上激務になるのは嫌だ」
「そうよ。団長だけじゃなく、貴方まで抜けたら私たちは確実に過労死するわ」
「そうだよ。フィル君。よーく考えてみて。団長が憎いのは今に始まったことじゃないでしょ。ここはグッと堪えるんだ。大丈夫。今まで僕たちは耐えてこれた!」
三人はフィル君の肩を軽く叩いて、宥めるように言った。
よし、これで一件落着かな?
しかしフィル君はそんな三人の言葉に聞く耳を持たない。
「ちょっと三人は黙ってて!!ここでこいつを倒さないと僕の大事なレイ君がこいつに汚染される!!」
いや、そんなヴィンスさんをバイ菌みたいに言わなくても良いんじゃない?フィル君はよっぽどヴィンスさんのことが嫌いなんだね…。僕は複雑だ。フィル君はヴィンスさんには辛辣だが、普段は僕にすごく親切にしてくれるから…
フィル君は今にも殴りかからんばかりの迫力を出している。そんなフィル君に、当のヴィンスさんは涼しい表情をしているが、その目には明らかな殺意が宿っていた。
すると、フィル君を止めるのは無理だと悟った三人が、今度はヴィンスさんへと目を向けた。その表情は若干緊張気味だ。
「え、えーと、ヴィンセント団長、お久しぶりです」
「…」
ヴィンスさんはその呼びかけに全くの無反応だ。ん?聞こえなかったのかな?
「あ、あの〜。団長?ぼ、僕たちに免じて、少し落ち着いてもらえないかなあ〜、なんて…」
三人の中で長い金髪を後ろで一つに結んだ優しそうなイケメンが遠慮がちに言った。
「フィルが失礼な態度をとってすみません。私たちからきちんと言っておきますから!どうか怒りを収めていただきたいなあ…なんて…」
次に淡いブラウン髪の綺麗な女の人が冷や汗を掻きながらも続けた。
「フィルもその、大切な友人が団長と仲良くて、少し妬いてるだけなんです。だから、寛大なお心でどうか!怒りを収めてはいただけないでしょうか!」
最後に、緑色の短髪をした男前なイケメンが頭を下げた。そして続けて二人も頭を下げる。
そんな三人をヴィンスさんは凍えるような瞳で一瞥し、続けて視線を下げて僕を見た。そしてヴィンスさんは三人を指差した。
「レイ。こいつらも殺していい?うるさい」
その声に、思わず頭を上げた三人は、顔を青白くして怯えた表情になった。
…なんか、すごく可哀想だ。ヴィンスさんも「殺す」が口癖なのは少し良くないんじゃないかな?
そこで、まだ内心では怯えていた僕だが、勇気を出してヴィンスさんの腕から抜け出し、ヴィンスさんの方へと向き直る。
「あ、あの!僕はヴィンスさんが怖いのは苦手です…。…いつもの穏やかなヴィンスさんが好き、です。だから、えっと、その、殺すとか言うのはやめて欲しいです…」
その言葉を聞いてヴィンスさんは目を見開いて固まった。
…あ、言いすぎたかな?
ヴィンスさんは暫くフリーズしていたが、その後ハッと我に返り、少し焦ったような表情を浮かべた。
「レイは僕が嫌い?」
え、いや、嫌いじゃない。大好きだけど、周りに殺気を向けるヴィンスさんは怖くて苦手だ。
「いや、好きですけど…。でも怖いヴィンスさんは、その、苦手、です」
「…そう。ごめん。怖い思いさせて」
「あ、はい」
僕の言葉に、殺気を完全に引っ込めたヴィンスさんは少ししゅんとしてしまった。
「レイは怖い僕が苦手?」
「…はい」
「じゃあ優しい僕は好き?」
「それは、もちろん」
「じゃあ優しくする。どうすればいい?」
「え、えっとフィル君と仲良くしてほしい、です?」
「…わかった」
その言葉にヴィンスさんは、一瞬ものすごく嫌そうな顔をしたが、頷いてくれた。気のせいかな?
「あ!じゃあ仲直りの証として握手しましょう!」
我ながらいい案だ。喧嘩をしても仲直りの握手をすれば、どんな人でも仲良くなるってお母さんが言ってたし。
自分の名案に少し得意げになって、僕はヴィンスさんを見た。しかしなぜかヴィンスさんは眉を寄せて険しい顔をしていた。え、なんでだろう?しかし僕の視線に気づくと、普段の優しい表情になって頷いてくれた。あ、気のせいかな?
そうしてヴィンスさんはフィル君の方へと向き直り、手を差し出した。
うん、よかった!これで握手をすればヴィンスさんとフィル君は和解できる。一件落着だ。




