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「あれ、そこにいるのはベルモンド君じゃないか。どうしたんだい。こんなところで」
「あ、いや…食事を食べに…」
僕は下を向いて答えた。なるべく視線を合わせずに彼らの気に触らないようにしよう。
「へぇ。君みたいなやつでも食事に付き合ってくれる人がいるんだね。初耳だよ」
「は、はい」
「でも君はいいよなぁ。羨ましいよ。雑用係の役立たずのくせに、給料だけは俺たちと同じくらい貰って、美味しいご飯を食べられるんだからねぇ」
僕はその言葉に言い返すことができない。だって事実だし。
するとアーサー君じゃない声も僕を責めてくる。
「お前みたいのがいると気分悪いんだよ。早くどっか行けよ」
「私たちは楽しく飲んでたのに貴方のせいで台無しですね」
そうだ。僕はみんなから不快に思われてる。僕がダメなやつだから。早く立ち去らないと。
…でもヴィンスさんに黙って行くわけにもいかない。せめてヴィンスさんが来るまでは、ここにいてもいいか聞いてみようかな。
「あの、僕、人を待ってて…。そ、その人が来るまででいいので、…ここにいさせてもらえませんか」
吃りながらも僕は言った。
するとアーサー君の不機嫌そうな声が降ってきた。
「はあ?そんなこと知らねーよ。早く消えろよ。ノロマ」
「あ、でも」
「お前みたいな能無しが俺たちに頼める立場か?お前がいると空気が汚れる。今すぐ消えろ」
アーサー君はゾッとするような低い声で言った。
…やばい。アーサー君たちが怖い。足が震える。立ち去らないと。でも僕がいなくなったらヴィンスさんが困る…。どうしよう。
「おい。お前ごときが俺に逆らうのか?」
その言葉に思わず顔を上げると、そこにいたアーサー君の表情は僕への嫌悪に満ちていた。ゾッとするような冷たい瞳をしている。
あまりの恐ろしさに喉がヒュッとなった。こんなに怖いアーサー君は初めてだ。いつもは僕がすぐに彼の言う通りにするからここまで恐ろしかったことはない。
「あ、あ、」
「どけって言ってんだろうが!」
凄んだアーサー君は僕に攻撃的な殺気を向けてきた。そしてアーサー君が大きな声を出したせいか、周りの人々もちらちらとこちらに視線を向けてくる。しかし僕はそれどころではなく、アーサー君が向けた殺気に圧倒されてしまって、身体がガタガタと震えてしまう。
怖い。怖いよ。誰かたすけて。ーーヴィンスさん。
「レイ」
その時、後ろから聞き覚えのある綺麗な声が聞こえてきた。僕は思わず振り返る。するとヴィンスさんがゆっくりと僕の方へと歩いてきた。
「こんなに震えてどうしたの?」
その声はいつものように穏やかだが、目の奥が笑っていない。
「え、えっと…」
「君をこんなに怯えさせたのは誰?」
「え」
「誰?」
そう言うヴィンスさんはすごいプレッシャーを放っていた。言葉では言い表せないけれど、僕はもちろんアーサー君たちもヴィンスさんを凝視したまま動かなかった。いや動けなかったのかもしれない。そして周囲にいた人々もこちらのただならぬ雰囲気に気づき、固唾を飲んで見守っている。僕はなんとかしなきゃと思って口を開いたが、上手く言葉を紡げない。
「あ、あ…」
「そいつら?」
「へ?」
ヴィンスさんが目を向けたのは僕の目の前にいるアーサー君たちだ。目を向けられたアーサー君は緊張した様子でヴィンスさんの動向を見守っている。しかしアーサー君の取り巻きの一人はそんなプレッシャーに耐えられなかったようだ。
「お、おまえ!アーサー様に何かしたら許さないからな」
「やめろ」
焦って喚き散らす彼をアーサー君が静かに制した。
「…アーサー?」
ヴィンスさんはアーサーという言葉に反応し、アーサー君を氷の様な冷たい目で見据えた。そしてすぐに僕の方へと目を向ける。その目はアーサー君に向けた目とは反対にとても優しかったが、有無を言わせない迫力があった。
「ねえ、レイ。前に君に酷いことを言ったのはこいつ?」
「え」
「こいつ?」
ヴィンスさんはゆっくりとアーサー君を指差した。
「え、いや」
「レイ」
僕は冷や汗が止まらない。ヴィンスさんは決して冷たいわけではないが、何故だかすごい迫力があって僕はそんなヴィンスさんに逆らえず頷いてしまった。
「そう」
そしてまたアーサー君を見つめた。そして次の瞬間、もの凄い殺気をアーサー君へと向けた。横にいた僕でも全身に鳥肌が立ち恐怖で全身が震えてくる。心臓もバクバクとうるさい音を立てていた。この殺気に比べたらアーサー君の殺気なんてたいしたことなかったと思うほどに恐ろしいものだ。横にいた僕でさえそうなのだから、直接その殺気を受けているアーサー君は生きた心地がしないだろう。いつもは強気で自信家な彼が顔を真っ青にして小刻みに震えていた。それでもヴィンスさんから視線は逸らさずに真っ直ぐ睨みつけているだけすごい。しかしその光景は猛獣に睨まれたネズミの様だ。それほどにヴィンスさんとアーサー君には力の差があるのがわかった。
「ねえ、レイ。こいつ殺していい?」
「え」
え、殺す?冗談だよな。いや…
僕にそう言ったヴィンスさんはいつもの優しい表情は変わらないが、何故かすごく怖かった。目の奥が笑っていない。多分僕が頷いたら本当に殺してしまうだろう。何故だかわからないけど絶対に頷いてはいけない気がした。
「…だ、だめです」
僕は震えながらも勇気を出して言った。
「なぜ?」
「え?えっと…。こ、ころしたら、いっしょにいられなくなるから…」
ヴィンスさんのプレッシャーに震えながらも僕は続けた。
「お、おひるごはん、い、いっしょに食べれなくなるし…。ヴィンスさん捕まったら、ぼ、ぼく悲しい、です」
するとヴィンスさんは少し不思議そうに首を捻った。
「レイは悲しいの?僕がこいつを殺したら」
「か、かなしい!」
「そう。じゃあやらない」
ヴィンスさんは、それまで放っていた凄まじい殺気を引っ込めた。
よ、よかった。僕死ぬかと思った。
「あ、ありがとうございます」
やっぱりヴィンスさんはいい人だ。僕が悲しいって言ったら殺すのをやめてくれた。
…ん?あれ?なんかちょっと違う気がするけどいいか。ヴィンスさんは優しくてかっこいい。
すると少し遠くから誰かが走ってくるのが見えた。さっきアーサー君と一緒にいた取り巻きの中の一人だ。そしてヴィンスさんがアーサー君のみに殺気を集中させた際にこっそりその場から離れて行った人だった。あの殺気の中で動けるなんて大したものだ。そしてその人物は僕たちの方を指差して大きな声で叫んだ。
「エミール室長!こいつです!この人がアーサー様に酷いことを!!早くなんとかして下さい!!!」
「なんの騒ぎです?!」
そして少し後ろから、先ほど会ったばかりのエミールさんが走ってきた。
エミールさんはアーサー君たちと僕たちの方を見た。そしてヴィンスさんを目に留めると、驚愕に目を見開いて固まった。
…心なしか顔色が悪くなったような。しかしそんなエミールさんの様子に気がつかない取り巻きの人は必死に言った。
「こいつがアーサー様に酷いことをしてるんです!!早く捕まえて下さい!」
「…」
黙ったまま動かないエミールさんに流石におかしいと思ったのか、取り巻きの人が戸惑ったようにエミールさんを見た。
「エミール室長?」
「…私にこの方を罰することはできません」
その言葉にアーサー君も取り巻きの人たちも目を見開いた。そして取り巻きの人が激昂して声を荒上げた。
「何故ですか?!この人はアーサー様を殺そうとしてました!」
「いや、それはですね…」
なるべくヴィンスさんの方を見ないようにしながら、エミールさんは気まずそうにする。いつも堂々としていて頼りになるエミールさんのそんな態度にアーサー君たちは眉を顰めた。
その時だった。
「見つけたあああああ!!!!!レイ君とクソ団長だああああ!!!!!」
膠着状態の僕たちに新たな叫び声が加わった。
その声に僕は後ろを振り返ると、険しい表情で走ってきたのはフィル君だった。そしてフィル君の後ろには数人の騎士団服を着た人々も一緒だった。そしてそれを見たヴィンスさんは小さく溜息をついた。
「…面倒なのが増えた」




