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そうこうしているうちに、店員さんが料理を運んできた。運んできた人は女性で、何やら東洋の伝統服を着ていた。着物?というものだ。とても趣があって品がある感じだ。
そして女性が運んできた料理は、艶のある黒く細長いおぼんのような物の上に四つのお洒落な小鉢が並んでいるものだった。左から竹筒入った白いゼリーのようなもの、透明で綺麗なお皿に入った赤い果実のようなもの、淡い水色の焼き物に入ったキノコ、白い綺麗なお椀に入った卵のゼリーのようなものだった。
「うわぁ、おしゃれだ…」
料理は全て初めて見るものでよく分からなかったが、とにかく見た目が美しい。なんというか、芸術品のようだった。さすが高級店の料理は見た目もすごく綺麗なんだな。
「レイ。食べよう」
「は、はい」
え、でもどの料理も初めて見た。僕は大衆レストランにしか入らないから、異国の食べ物はあまり食べない。特に東洋料理は未知だ。と、とにかく左の白いゼリーから食べてみよう。
僕はその純白のプルプルしたゼリーを食べた。
…ん?なんだこれは?ゼリーっぽいので甘いのかと思ったけど違った。味はなんというか淡白な感じだ。甘いや辛いや苦いでは表現できない。とても独特な風味がした。そして口溶けは驚くほど滑らかで濃厚だ。
「不思議な味だ…。うん。でもすごく美味しい…」
「これは豆腐っていうの」
「トウフ?」
「うん。東洋にある豆から作ってるの」
え、これ豆なんだ。でも確かに豆っぽい風味かも。豆がこんなに滑らかになるんだ。料理って奥深い。
そして次に僕は赤い果実のようなものを食べた。
「あ、これトマトだ」
透明の皿に守られた赤いルビーのようなものはトマトだった。こんなに鮮やかでみずみずしいトマトは見たことがないからわからなかった。味もとても美味だ。トマトは見た目通りとてもみずみずしく、とても甘い。そしてお酢で味付けをしているのか、適度な酸味も加わってとても美味しかった。
「えへへ。美味しすぎる」
あ、いけない。美味しすぎて表情筋が緩んでしまった。僕の気持ち悪い笑い声が出てしまう。
…気持ち悪すぎてヴィンスさん引いたりしてないかな。気になってヴィンスさんの方を見るとヴィンスさんは目を細めて微笑んでいた。
「レイ可愛い」
「え」
この人やっぱり美的感覚だけは狂ってしまっている。僕の気持ち悪い薄ら笑いを可愛いなんて、ヴィンスさんは大丈夫だろうか。
…まあでも、僕も可愛いと言われて嫌な気持ちはしないし、ヴィンスさんから褒められるのは嬉しい。だから別に訂正する必要もないかな。とりあえずお礼を言っておこう。
「ありがとうございます?」
「うん」
そしてヴィンスさんは僕が食べた小鉢を指差した。
「それは東洋産のトマト。こっちのトマトよりも甘いんだって」
「あ、そうなんですね。すごく美味しいです!」
そして僕は次の小鉢にも手をつけた。中にはキノコが淡いソースに浸っていた。僕はそのキノコを食べた。うわあ美味しい。そのキノコはとても香りがよく上品な味わいをしていた。そしてキノコと絡まっているソースは塩味のある優しい味わいだった。こんな上品なキノコ食べたことない。すごく美味しい。
「それは松茸のお浸し」
「マツタケ?」
「うん。東洋で取れる高級なキノコ。それを出し汁で浸したもの」
「すごく美味しいです!」
僕は最後の卵のゼリーを食べた。ああ、すごく美味しい!卵が口の中でとろける。ふわふわだ。ゼリーなのにあったかいな。あ、エビとかキノコ?とか入ってる。すごく美味しい。
「ヴィンスさん!これもすごく美味しいです!」
「うん。これは茶碗蒸しっていうの」
「へぇ。東洋ってグルメ大国ですね!こんなに美味しいものがあるなんて…」
「うん。これからも料理が来るから、いっぱい食べて」
「ありがとうございます!」
これからもこんなに美味しい料理が色々来るって。もう!楽しみで仕方がない。
それからも続々と料理は運ばれてきた。先程ヴィンスさんが教えてくれたマツタケという高級キノコの土瓶蒸しというものや、お造りと呼ばれる生魚のお刺身、大きい海老の中に海老の身と野菜がクリーム仕立てになっているもの、そしてデザートに抹茶という東洋発祥の粉末を混ぜたジェラートが出た。
全て死ぬほど美味しかった。そして死ぬほど美味しい料理とともに、目の前には天使のようなヴィンスさんがいたので、ここは天国かな?と本気で錯覚してしまったほどだ。そして僕が料理を食べている間、ヴィンスさんは一つ一つ料理の説明をしてくれたり、僕に料理を分けてくれたり、にこにこと笑ってくれたりしてくれた。ああ天使だ。
「レイ。東洋料理はどう?」
「すごく美味しいです!僕、美味しすぎて天に召されるかと思いました!」
本当に昇天したのかと思った。それほどに僕の人生の中で一番感動した料理だった。
「そう。じゃあまた来よう」
そう言って嬉しそうに微笑むヴィンスさんに僕は胸がキュンとなった。
「は、はい」
僕もヴィンスさんとこんな素敵なところにまた来れたら嬉しい。
…あ、でもそんなに頻繁には来れないかも。毎回ヴィンスさんにご馳走になるわけにはいかない。いろいろと節約して今度は自分の分くらいは払えるようになってから行かないと。
そうして至福の食事がひと段落して僕はふと気になったことを聞いてみた。
「あの、ヴィンスさん」
「なに?」
「ヴィンスさんっていつ頃、騎士団に復帰するんですか?」
ヴィンスさんは長期休暇を取ったと言っていたけど、いつまで休む予定なのか気になった。だってさっきは、復帰しても一緒にいてくれるって言ったけど、現実的にそれは無理だ。少なくとも毎日お昼を一緒に食べることはできないだろう。会えて週に一回くらいだろうか。だから、いつまでこの時間が続くのか知りたかった。そうすれば心の準備もできるし…
「来週」
え、来週?
早くない?だって今日を終えたら週末だ。そして週末が明けたらもう来週だよね?え?ってことは今日が最後の日だったの?!え、心の準備ができてない。あ、悲しい。
「…そうなんですね」
もうこの時点で寂しくなってしまった僕は少し暗い顔をしているだろう。そっか。こんなに当たり前みたいに一緒に過ごせるのは今日が最後なのか…。ヴィンスさんが復帰しても会えないことはない。でも会える時間は大きく減ってしまう。すごく寂しい。またひとりぼっちか。
僕は同期ではフィル君しか友達がいない。職場でも仲のいい人はいないし、親しくしている先輩もいない。フィル君とは仲がいいけど、フィル君は特別課で国内外を飛び回っていることが多いし、それでなくても僕とは反対に友達も多く人気者だ。だから僕に使える時間はすごく少ない。それでも、定期的に会ってくれたりメッセージのやり取りをしてくれるいい人だけど、僕の日常の孤独を埋めるほどではない。
僕は人見知りで引っ込み思案な性格だ。初対面の人と話すのはすごく緊張するし苦手だ。それに面白い会話もできないし緊張のせいか吃ってしまったりビクビクしてしまう。だから騎士学校でも友達ができずに孤立していた。騎士学校に入る前だって仲の良い友達が全くできずに両親にとても心配をかけた。
…だからヴィンスさんがはじめてだったんだ。毎日一緒に昼食を食べてくれた人は。今まではずっと一人だったから。まあ、騎士学校のころはたまにフィル君が混ぜてくれたりもしたけど。
…でも毎日当たり前かのように僕の隣に座ってくれる人はいなかった。だからヴィンスさんとの時間がすごく嬉しくて楽しくて幸せで…
でもそんな日ももう終わっちゃうのか。なんだかすごく寂しい。悲しい。辛い。なんでだろう。別に二度と一緒に食べられなくなるわけじゃないのに。なんでこんなに悲しいんだ…。やばい目がうるうるしてきた。鼻がツーンとする。ヴィンスさんといられる時間が少なくなることが寂しい。それだけで泣くなんて…僕は何歳なんだろう?情けないな。僕は潤んだ目を見られたくなくて下を向いた。
「レイ。どうしたの?」
正面からヴィンスさんの心配そうな声が飛んでくる。そりゃそうだろう。さっきまで幸せそうだったやつがいきなり下を向いてメソメソし出したら困惑するよな。
「レイ。顔を上げて」
その声はとても優しくて穏やかで僕は思わず顔を上げた。あ、涙が頬を伝っていく。あ、泣いちゃった。
「レイ。なんで泣いてるの?」
「…なん…でも…ありません」
僕は震える声でなんとか言った。
「レイ。話して」
「…なんでも」
「レイ」
僕の言葉に被せるようにしてヴィンスさんが言った。その言葉はとても穏やかな口調だが、なぜか有無を言わせない威圧感があった。
「…ちょっと…寂しくて…」
「なにが?」
「ヴィンスさんが復帰することが…。ごめんなさい。こんなこと」
その言葉にヴィンスさんは少し怪訝そうに首を傾げた。
「なんで僕が復帰すると寂しいの?」
「…だって、一緒にいる時間が減っちゃうと思って…。特別課は忙しいから。僕と違って」
本来復帰することは喜ぶべきことなのに僕は最低だ。恐る恐るヴィンスさんをみるとヴィンスさんは不思議そうな顔で僕を見ていた。ん?なんだろう?
「減らないよ?」
「え」
「減らない。ずっと一緒」
「え」
いや、それは無理だ。流石に特別課に復帰したら今よりは絶対に一緒にいられなくなる。
「僕と君はこれから毎日一緒。もちろんお昼も」
そして続けて言った。
「夜ご飯も一緒に食べよう」
楽しそうに目を細めるヴィンスさんに僕は戸惑ってしまう。
「いや、でもヴィンスさんは復帰したら忙しくなるから無理なんじゃ…」
「できる」
なぜか自信満々に言ったヴィンスさんに僕はよくわからないけど納得した。ヴィンスさんができると言えばできるのかもしれない。ヴィンスさんは間違ったことは言わないから僕のために特別課の仕事をセーブしてくれるのかな?でも僕のせいでヴィンスさんに無理をさせるのは嫌だな。
「あの、僕のために無理はしないで下さいね?」
「ん?うん」
そう言って首を傾げながらも頷いたヴィンスさんに、僕はなんだか心配な思いを抱えつつ、復帰後もヴィンスさんとお昼ご飯を毎日一緒に食べられるという嬉しさを感じていた。
僕たちはその後に少し話したのちにお店を後にした。そしてお店を出る前にお会計をしたのだが、その際にヴィンスさんはポケットからブラックカードを出していたのにはすごく驚いた。この歳でブラックカードか。やっぱりスターはすごい。
そしてお店を出て少し歩くと、大衆向けのレストランや飲み屋が立ち並ぶ通りに出た。するとちょうどその時、ヴィンスさんの携帯が鳴った。ヴィンスさんはその番号に少し怪訝そうな顔になったが出ると決めたようだった。
「レイ。ちょっと待ってて」
「あ、はい」
ヴィンスさんは電話に出るために少し遠くの方へと行った。ここでは人が多く、周りもうるさいので少し路地の方へと行ったのだろう。
僕はヴィンスさんが電話している間、道の端の方に寄って待っていた。
すると道沿いの居酒屋からぞろぞろと騎士団の制服を着た人々が出てくるのが見えた。そしてその顔には見覚えがあった。アーサー君たちだ。仕事終わりに飲んでいたのだろうか。
僕がなんとなく彼らを見つめていると向こうも僕に気がついたようだった。
…まずい。目があった瞬間どこかへと逃げようとしたが遅かった。アーサー君たちはニヤニヤしながらこちらへと近づいてきた。




