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しかしなんだか落ち着かないな。こんなに高級なところは初めて来たので、緊張が止まらない。
「レイ、そんなに緊張しなくても大丈夫」
「は、はい」
ヴィンスさんに声を掛けられて少しだけ緊張が解けてきた。
それにしても、ヴィンスさんはこの高級な雰囲気にすごく馴染んでいる。さっきも慣れてる感じだったし。なんか大人の男性って感じでかっこいいな。
…まあ僕がこんな料亭に慣れる日はきっと来ないだろうけど。
「ヴィンスさんって、よくこのお店に来るんですか?」
「うん。たまに」
「す、すごいですね。流石、国の英雄です」
「そう?」
「はい」
やっぱりヴィンスさんクラスになるとお給料も桁が違うんだろう。こんなに若いのに騎士団最強を欲しいままにしてる天才だし。それにイケメンだし優しいし、本当に完璧な人だ。
あ、でもなんでこんなに完璧な人なのに、あまり世間では知られていないんだろう?ヴィンスさんって世間では最強ってことは有名だけど、それ以外は全く謎の人だもんな。普通、これだけイケメンなら容姿だけでも話題になりそうなものだけど…
「あの、ヴィンスさん」
「なに?」
「ヴィンスさんって、世間では結構謎に包まれた感じじゃないですか。顔写真一枚出回ったことないし…」
「うん?」
「でもヴィンスさんほどの実力に、その綺麗な容姿なら嫌でも話題になったりするのかなって思ったんですけど…」
その言葉にヴィンスさんは僕の目をじっと見つめた。
「レイは僕のこと綺麗だと思ってるの?」
「え!それはもちろんですよ!僕が見た人の中で一番綺麗な人です!」
それはそうだ。ヴィンスさんの美しさは異次元だ。身近な友達だとフィル君もすっごい美青年だけど、ヴィンスさんはやっぱり格が違う。もうなんというか神々しいほどに整っている。人間なのか疑わしいレベルに。
「うれしい」
その言葉を聞いてヴィンスさんは嬉しそうに微笑んだ。
ああ、美しい。ヴィンスさんが嬉しそうだと僕まで嬉しい。
…ん?いやいやそうじゃなくて、そんな美貌を持っているのにあまり話題になっていないのはなんでだろう。
「でもなんで世間ではヴィンスさんの容姿ってそんなに出回ってないんですか?」
「僕、マスコミ嫌いだから取材とか一切答えない。だから公式な写真は一個も無いんじゃない?あとは普段は魔法を使って気配を消してるから気づかれない」
僕はその言葉に驚いた。
「え、魔法で気配を消してるんですか?」
「うん」
魔法で気配を消すってどうやるんだろう。
「どんな魔法ですか?」
「幻魔法を少し応用して限りなく自分の影を薄くしてる」
「え、そんなことができるんですか?」
「うん。僕が発明した。幻影って言うの」
うわあ。ヴィンスさんは涼しい顔で言ってるけど、魔法を自分で発明するなんてすごいことだ。やっぱり天才は違う。
…じゃあ普段は影を薄くしてあの美形をカモフラージュしてるのか。
ん?でも待てよ。僕といる時は結構キャーキャー騒がれてたよな?そこまで気配を消せてなく無いか?
「でもヴィンスさん」
「うん」
「僕といる時は結構目立ってましたよね。気配消せてなかったような…」
「うん。レイといる時は気配消してないから」
「え!?なんでですか?」
なんで僕といる時は気配を消さないんだろう。僕が不思議に思ってヴィンスさんを見るとヴィンスさんは意味ありげに微笑んだ。
「牽制」
「え?」
牽制?何に?
さらによくわからなくて混乱する僕にヴィンスさんは僕をじっと見つめて言った。
「レイは僕のものだよって周りに教えるため」
「…。あ、そうなんですね」
え?僕ってヴィンスさんのものだったの?初めて知った。衝撃だ。
…まあヴィンスさんがそう言うのならそうなんだろう。ヴィンスさんは間違ったことは言わないし。
そっか。僕はヴィンスさんのものか。やばい。すごく嬉しい。僕はヴィンスさんのもの。
じゃ、じゃあ裏を返せばヴィンスさんは僕のものってことかな?僕はそれもすごく嬉しい。でもヴィンスさんは僕なんかのものでいいのかな?
「あ、あのヴィンスさん」
「なに?」
「えっと僕はヴィンスさんのものですごく嬉しいんですけど、でもそうしたらヴィンスさんも僕のものってことですか?」
「うん」
「え、えっとヴィンスさんは僕のものになるのはもしかしたら嫌かもしれないなって思って…」
「ううん。うれしい。君は僕のもので僕は君のもの」
そう言って嬉しそうに微笑むヴィンスさんに僕は何故か顔が火を吹くように熱くなり心臓が高鳴った。
ああ、嬉しい。僕はしばらくニヤけるのを止められなかった。そっかあ。ヴィンスさんは僕のものなのかあ。嬉しすぎる。こんなに完璧ですごい人が僕のもの。うふふ。嬉しいなあ。
そして僕はしばらくニヤけた後、またふとした疑問が浮かび上がってきた。さっきヴィンスさんは幻魔法を使って自分の影を薄くしてるって言ってたけど、それって結構高度な魔法だよな。ヴィンスさんの魔法適性は幻魔法なのかな?でもさっきはすごい高度な氷魔法を出してたけど、複数適性があったりするのかな。実際どうなのか気になって聞いてみた。
「あの、ヴィンスさんってどんな魔法を使うんですか」
「全部」
「え、全部?」
「うん。全部の魔法に適性がある」
え?ほんとに?すごいな。普通、一人の人間に流れる魔力は一つの魔法への適正しかない。僕の適正のある魔法は氷魔法だから、氷魔法以外の魔法も少しなら使えるが、それでも適性がないとそこまで上達はしない。でもたまに複数魔法への適性を持った魔力を持つ人がいたりするけどそれはすごくレアだ。にも関わらず全てに適性があるってすごすぎる。世界は広いな。
僕が呆気に取られてると、ヴィンスさんは思い出したかのように言った。
「屋根修理したときはちょっと強い修復魔法使ったよ。僕治癒魔法も得意だから」
「あ!異常な早さで屋根を修復したやつ!あれどうやったんですか?」
確かにリンダさん家の屋根を修理したとき、ヴィンスさんはすごい早さで修復を終わらせていた。
「レイがくれた手袋だと弱い魔法しか出せないから、それは使わずに、直接修復魔法を出した。一瞬で終わったけど、レイは集中しててしばらく気づかなかった」
「あ、そうだったんですね」
あのとき僕が一生懸命一つ一つの瓦に修復魔法をちまちまかけていた時には、ヴィンスさんは一瞬で広範囲の修復を終わらせていたのか…。あの範囲の修復を一瞬でするって結構高度な修復魔法を使ったんだな。やっぱりすごい。
「レイの適性は氷魔法?」
「あ、はい」
「そう。僕も氷魔法は得意」
「は、はあ」
「一緒だね」
そう言って微笑むヴィンスさんはとても可愛かった。はあ、眼福だ。
「あ、あとヴィンスさんって魔法具なしで魔法使えるのすごいです!」
「そう?簡単だよ」
天才だ。簡単だって。そんなわけないのにすごすぎる。
「でも魔法具使う時もあるよ」
確かにヴィンスさんって魔法具のSランカーとしても有名だった。
「それってどう区別してるんですか?」
「気分」
「気分?」
「うん。直接変換すると少し神経を使うから疲れる。だから楽したい時は魔法具を使う」
なるほど。やっぱり直接変換するって結構大変なんだろうな。その点、魔法具は魔力を注ぎ込めば、あとは詠唱するだけで自動的に魔力変換してくれるから楽だ。
「あ、じゃあ直接変換するときは?」
「武器を持つのがめんどうなとき。あとは魔法の威力を出したいとき」
なるほど。武器ってかさばるもんな。それを持ちたくない時は確かにあるだろう。それにヴィンスさんは特別課ですごい危険な任務とかもやってるだろうから、強力な威力が欲しい時もあるだろう。
「ヴィンスさんの魔法具って魔法銃ですか?」
「うん。魔法銃とあとは魔法剣も使えるよ」
銃も剣も使えるのか。さすがだ。僕は魔法剣は苦手で上手く使いこなせないからすごい。
「それってどっちもSランクですか?」
「うん」
うわあ。やっぱりすごいな。僕の周りで一番高いランクの魔法具を使えるのはフィル君で、Aランクの魔法銃を使っている。でもその上のSランクを使える人が目の前にいるなんて信じられない。それに加えて魔法具なしでも魔法を使えるときてる。異次元だ。
しかし、そんな人が休暇中だと大変だろうな。大きな戦力が抜けちゃうわけだし。
あ、そういえばヴィンスさんの休暇っていつまでなんだろう。フィル君の話を聞く限りだと早めに復帰してあげた方が特別課の人達も助かるだろうな。
でも一方で僕は複雑だ。ヴィンスさんが特別課に復帰してしまったら、今までみたいに昼食を一緒に取ることも簡単には出来なくなるだろうし。
…はあ、なんだか悲しいな…。また一人の昼食に戻ると思うと寂しい…
「レイ、どうしたの?」
考え込んでいたら暗い表情をしていたみたいだ。ヴィンスさんは僕に少し心配そうな目を向けた。
「あ、いや、なんでも…」
「レイ」
僕に謎の圧をかけるかのようにじっと見つめてくるヴィンスさんに僕は耐えられない。
「あ、その、ヴィンスさんの休暇っていつまでなのかなって気になって…。それで休暇が空けたら今までみたいにヴィンスさんと一緒にいる時間も減るかもなって考えると…その、寂しくなっちゃって…」
「レイは僕と一緒がいい?」
「あ、はい。それは、もちろん…」
「わかった。ずっと一緒にいよう」
「え、でも特別課って忙しいし…」
「問題ない」
「あ、そ、そうなんですね?」
「うん」
一緒にいようっていうのは、ヴィンスさんが騎士団に復帰しても、一緒にお昼ご飯を食べてくれるって意味かな?僕はすごく嬉しいけど、特別課ってただでさえ忙しそうなのにそんなこと出来るのだろうか。フィル君もヴィンスさんが休む前から犯罪組織の壊滅や要人警護とかで遠征ばっかり行ってたし。可能な限り僕と食べてくれるってことなのかな?流石に毎日は無理だろう。でもたまにでも僕はすごく嬉しいけど…




