20
ヴィンスさんが紹介してくれた料理屋さんは、とてもおしゃれで落ち着いた感じのお店だった。
幸い、まだ夕食の時間よりも少し早いということもあってすんなりと中に入れた。
店員さんに案内されて僕たちは、2人用の席に向かい合って座った。そしてヴィンスさんのおすすめの料理を数個注文した。
到着した料理はどれもすごく美味しそうなものだった。
事実、食べてみると全てすごく美味しかった。王都にこんなお店があったなんて知らなかった。
ヴィンスさんは料理にも詳しいなんて本当に完璧な人だ。僕は食事を食べ進めながら改めてヴィンスさんを見た。
…でもまだこの光景が信じられない。なんかとても不思議な感覚だ。騎士団最強の騎士で王国の英雄が、僕と2人でご飯を食べているなんて。そんなすごい人と一緒にいるのが僕って、なんだかすごい違和感がある。僕なんかが一緒にいていい人なのかな。でも当のヴィンスさんはにこにこと楽しそうだ。
「レイ。美味しい?」
「はい。すごく!」
「そう。よかった」
もぐもぐと料理を食べ進める僕に、ヴィンスさんは嬉しそうに微笑んでいる。
…うん。ヴィンスさんが幸せそうならもうそれでいいや。
「あ、そういえばヴィンスさん」
「ん?」
「あの、もしよかったら連絡先交換しませんか。あ、嫌ならいいんですけど…」
僕は前から思っていたことを告げた。今までは直接会って話すことしかしてなかったけど、携帯だともっと気軽に連絡が取れて便利だ。
「嫌じゃない。すごく嬉しい。交換しよう」
「あ、はい」
そうして僕たちは連絡先を交換した。これでいつでもヴィンスさんと連絡が取れる。
「連絡するね。レイ」
「あ、はい。楽しみです」
なんだか嬉しい。僕はメッセージのやり取りをする友達はフィル君くらいしかいないから、ヴィンスさんが連絡してくれるのはすごく楽しみだ。
その時、僕の携帯の着信が鳴った。
…こんな時間に誰からだろう。確認してみるとフィル君からみたいだ。珍しいな。フィル君とはよくメッセージのやり取りはするけど、電話は滅多にしない。どうしたんだろう。少し心配になりながら僕は電話に出た。
「もしも『レイ君!!今どこ?!!』
僕が電話に出た瞬間、フィル君がすごい剣幕で捲し立ててきた。え、どうしたんだろう。
「え」
『だから!今どこ??!!』
「あ、えっと王都にあるマルセールっていうご飯屋さんだけど…」
いつものフィル君とは違う問い詰めるような感じに僕は困惑する。そして僕の様子を見てヴィンスさんも怪訝そうに眉を顰めた。
「レイ。誰?」
「あ、ヴィンスさん。えっとフィル君から」
その声は電話の向こうのフィル君に聞こえていたみたいだ。
『ヴィンスさん?!ねぇレイ君、今誰かと一緒にいるの?!』
「え、あ、うん…。ちょっとね…」
ここでフィル君にヴィンスさんのことを深く話すのは良くないと思って少し濁した。フィル君はヴィンスさん(ヴィンセントさん)のことを少し誤解しているようだし…。今度時間があるときにゆっくりと話したほうが良さそうだ。
『ねえ、レイ君。さっきエミール室長から特別課に連絡があったんだけど』
「…うん」
『レイ君がヴィンセント団長と一緒にいるって』
「へ、へぇ」
あ、それで連絡してきたのか。
『それほんと?』
そう言うフィル君は電話越しでもすごく威圧感があった。
「あ、まあ、うん」
そう言うとフィル君は電話の向こうで大きな溜息を吐いた。
『ねえ、レイ君。なんでそんなことになってんのさ。僕言ったよね?!あいつは最低最悪のゴミクズ野郎だって』
いや、そこまでボロクソには言ってなかったような…。なんだかまた口が悪くなってないかな?フィル君。
「あ、いや、その、フィル君はちょっと誤解してるんじゃないかなって思うんだけど…」
僕が遠慮がちに言うとフィル君は更に口調を強めた。
『はあ?!何が誤解さ!騙されてるのはレイ君だよ!レイ君、よく聞いて。君の隣だか前だかにいる野郎はね、ほんっとうに最低なやつなんだ。君も一緒にいたら危険だ。今すぐ逃げるんだ』
「あ、いや、そんなことは…ないんじゃないかな…」
『レイ君!!!!』
電話越しから聞こえた今日一番の大声に、僕は思わず携帯から耳を離してしまった。
「レイ。貸して」
しばらく僕の通話を静かに見守っていたヴィンスさんが僕に告げた。
「え、はい」
思わず僕はヴィンスさんに電話を貸してしまった。
『ちょっとレイ君!レイ君?聞いてるの?!』
フィル君の声は携帯から少し離れている僕でも聞こえるほどに大きくなっていた。
「お前うるさい」
『な、え?こ、この声は団長?!』
電話の声がいきなり変わって困惑気味のフィル君にヴィンスさんは凍えるような冷たい声で言った。
「お前は何の用なの?レイが怯えてるんだけど。殺すよ?」
え、今殺すって言った?
しかしフィル君もそんなヴィンスさんに怒気を強めて言い返している。
『あんたについてだよ!!なんで僕の大事なレイ君と一緒にいるのさ!レイ君を誑かすのはやめてよ!この最低野郎が!!』
え、フィル君。上司に面と向かって最低野郎とか言って大丈夫なのかな?ヴィンスさんってこの国の英雄だよ?
「レイ。こいつ目障りだから切っていい?」
「え」
『ちょっと!勝手に切るな!!レイ君、そこで大人しく待っててね!今すぐ迎えに行くから!!』
「え」
僕が困惑してる間にヴィンスさんは電話を切ってしまった。そして僕に携帯を返してくれた。
…なんだったんだ。嵐のような出来事だったな。
「レイ。うるさいのが来そうだから移動しよう?」
「え、あ、はい」
僕たちは残りの料理を完食して席を立った。その間にもフィル君から鬼のような着信がかかってきて、僕は少し怖くて電源を切ってしまった。
ごめんフィル君…。でもやっぱり僕は、ヴィンスさんはフィルが言うほど悪い人だとは思えない。だって僕にはすごく優しいしよくしてくれる。
そして僕たちはお店を出て、新しいお店を探すために道を歩いていた。
「レイ。ごめん」
「え?」
「僕のことで責められて」
「あ、いや…」
ヴィンスさんは申し訳なさそうに顔を伏せた。落ち込むヴィンスさんに僕はなんだか胸が痛くなって慌てて言った。
「あの、ヴィンスさん!えっと、フィル君はたぶんヴィンスさんのことを誤解しているんだと思います」
「ううん。誤解じゃない」
「え」
「僕はレイ以外には優しくできないから」
「は、はあ…」
それってどういうことだろう。ヴィンスさんはすごく優しい。でもそれは僕限定ってこと?
「僕はレイ以外どうでもいい。そいつがどうなろうと興味ない」
そ、そうなんだ。結構極端だな。
そしてヴィンスさんは僕の目をじっと見た。
「レイだけ。レイだけには嫌われたくない。だから優しくする」
うわぁ。すごい美人が真剣に見つめてくるとこんなに綺麗なのか。もう幾度となく思ったことだけど、ヴィンスさんの美貌に慣れることはないな。僕はその容姿に胸がドキドキと高鳴った。
あ、違う。ヴィンスさんに見惚れている場合じゃない。
「じゃ、じゃあフィル君は?」
「どうでもいい」
即答だ。本当にどうでもいいんだろうな。
「…そうですか」
「…僕のこと嫌いになった?」
そう言うヴィンスさんは捨てられた子犬のようだ。眉を下げて不安そうにしている。
「…嫌いになんてなりません。だってヴィンスさんは僕にとても優しいから。…それが僕限定だったとしても、僕はヴィンスさんの優しさを沢山貰っていて…その優しさに何度も助けられたし…。だから、その、僕はヴィンスさんとこれからも仲良くしたいです…」
まとまらないながらもヴィンスさんを安心させたくて僕は言った。
そうだ。僕はヴィンスさんから沢山優しくしてもらった。雑用係なんて言われて馬鹿にされてる僕の仕事も褒めてくれたり、僕を美味しいご飯に連れて行ってくれたり、僕のトラウマにも寄り添ってくれた。まだ出会って1週間も経ってないけどヴィンスさんといた日々はとても楽しく温かかった。だから僕はヴィンスさんがしてくれたことを信じよう。
それに人には好き嫌いがあって当然だ。ヴィンスさんはそれが極端なだけじゃないかな。みんなに分け隔てなく優しくできるのが一番いいのかもしれないけど、僕にだけでもこんなに優しくしてくれる人が悪い人なわけがない。
「ありがとう」
ヴィンスさんはとても嬉しそうに微笑んだ。
ああ、僕はこの笑顔が好きだ。
ヴィンスさんを元気付けられたみたいでよかった。
…あ、でもフィル君の話が本当なら、少し良くないなって思うこともあるけど…。ちょっと言ってみようかな。
「あ、あの!ヴィンスさん」
「なに?」
「あの、僕はヴィンスさんのこと好きですけど」
「うん」
「でも、ちょっとフィル君にはもう少し優しくしてあげてもいいかな…なんて。あ、あの、死にそうなめにあったって言ってたし…」
「…うん。気をつける」
「あ、ならよかったです」
…なんだかヴィンスさんの表情がさっきまでの嬉しそうな表情から一変して能面のような無表情になったけど大丈夫かな?
…まあヴィンスさんは嘘をつくような人じゃないから大丈夫だろう。フィル君もヴィンスさんの優しさに触れたら好きになってくれるはずだ。
うん。よかったよかった。




