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レイの弾丸  作者: メロン
1章
2/63

02

屋上にたどり着き、立ち入り禁止の張り紙が付いた扉を開いた。

扉を開くとお昼時の明るい光が差し込んできた。今日は天気がいいので、とても心地の良い時間が過ごせそうだ。そんなことを思って進んでいくと、屋上の隅の日陰に誰か人がいるのが見えた。


「えっ」


これまで僕以外の人が屋上にいるのは見たことが無かったのでとても驚いた。

近づいてみると、どうやらその人物は屋上の壁に背中を預けて眠っているようだった。

さらに近づいてみると、その人物はとんでもなく美形だということが分かった。輝くような銀色の髪に透けるように白い肌、鼻筋の通った高い鼻に形の良い唇、そして閉じられているが切れ長の瞳に長いまつげを持つ彼は神々しいほどの美しさを放っている。僕はその美貌に呆気にとられていた。


「うわあ…。すごいイケメンさんだ。こんなに綺麗な人ってこの世にいるんだなあ」


僕は彼をしばらく観察した。見れば見るほど人間離れしている美貌だ。見ているうちに、だんだんと本当に人間なのか怪しく感じてくるくらいだ。…もしかしたら人間じゃなくて妖精さんとかなんじゃないか?彼の異次元な美貌にそんな考えまで浮かんでくる。そこで僕は試しに彼の頬に触れてみた。


「うわあ。すべすべだ」


その肌はまるでシルクのように肌触りが良くすべすべだった。

そして次に銀色の絹のような髪の毛も触ってみた。


「ほわあ。さらさらだ」


その髪は本当に絹でできているんじゃないかと思うほど、一本一本がしなやかでさらさらとしていた。

そして次に自分の肌を触ってみる。しかし彼のようなすべすべ感は全く無い。そして自分の髪も触ってみた。黒い髪が少しごわごわするだけで彼のようなさらさら感は皆無だった。


「うん。わかった。この人は妖精さんだ。あまりにも僕と違いすぎる」


触ってみてわかった。これが僕と同じ人間であるはずがないと。それにしても妖精さんなんて初めて見た。意外に身近にいるものなんだなあ。そんなことを考えていると僕はあることに気が付いた。彼はさっきからピクリとも動いていないのだ。そのことに気が付くと、彼が生きているかどうか不安になってくる。


「妖精さん、生きてる、よね。でも全然動いてない。えっ、どうしよう」

僕は少しパニックになって考える。

「まずは呼吸を確認しよう。…でも呼吸って鼻呼吸だよね。でも妖精さんだから、えら呼吸とか皮膚呼吸とかだったらどうしよう。…まずは鼻呼吸を確認しよう」


そう思って僕は彼の鼻の前に手を持っていき、呼吸を確認してみる。わずかにだが、手に息がかかってきたので生きてはいるようだ。そこで僕は安堵する。


「はぁぁ…。よかった。生きてた。…それにしても妖精さんも鼻で呼吸するんだなあ」


そんなことを考えていると、突然妖精さんの目が開いた。その瞳は綺麗なアメジスト色をしていて、とても美しかった。


「さっきから、君は面白いこと言うね」


そう言って妖精さんは目を細めた。


いきなりのことに僕はものすごく驚いた。そして思わずいつもは出さないような大きな声を出してしまう。


「よ、妖精さんがしゃべった!」


その言葉に彼はこらえきれないかのように笑った。


「ふふっ。僕は妖精さんじゃないよ」

「えっ。妖精さんじゃない?」

「うん」


えっ、この人妖精さんじゃなかったの?じゃあ何なんだろう。妖精さんじゃないなら天使とか?確かにあの神々しさは妖精さんというより天使かも。うわぁ天使なんておとぎ話の世界の話かと思ったけど実際にいるんだなあ。


「あ、あのもしかして天使ですか?」

「ううん。僕は人間だよ」


そっかあ。天使じゃなくてニンゲンかぁ。ん?ニンゲン?にんげん。人間?!


「えっ、あなた人間なんですか?」

「うん」

「えっ、人間ってあの人間?二足歩行するあれですか?」

「うん。そう」


あ、そうか。そうだよな。普通に人間だよな。妖精さんとか天使なんて現実にいるわけないし。僕はどうかしていたみたいだ。

…ん?あれ?待てよ。さっき彼は「君さっきから面白いこと言うね」って言ってたような。もしかして妖精さんのくだりとか全部聞かれてた?そう考えると一気に血の気が引いていく。


「あ、あの…」

「ん?」

「えっと、いつから、その、聞いてたんですか?」

「最初から」

涼しい顔で言う彼に、僕は自分の顔からみるみる血の気が引いていくのを感じた。そして顔を真っ青にして謝った。

「あの、すみません。いろいろ失礼なことを…」

その言葉に彼は首を傾げる。

「えっと、その、顔とか髪の毛とか触ったり、…妖精呼ばわりしたり…」

「あぁ、大丈夫。面白かったから」

楽しそうに目を細める彼に、今度は恥ずかしくなり顔が真っ赤になる。

「本当にすみません」

僕は消え入りそうな声で謝った。そして僕は、あまりの恥ずかしさにそそくさと屋上から立ち去ろうとした。しかし扉に向かおうとする僕の腕を彼が掴んだ。

「どこ行くの?」

「えっ」

呼び止められて驚く僕を彼はじっと見つめてきた。こんなとんでもない美形から受ける視線は謎の威圧感があった。

「それ、食べに来たんじゃないの?」

彼は僕が右手に持っている袋を指さした。

「あ、えっと、そうなんですけど、お邪魔になるので…」

慌てる僕に彼は言った。

「邪魔じゃない。ここで食べなよ」


そう言われたら無理に立ち去ることもできない。では最低限、彼から遠い場所に行こうと考え、彼がいる場所とは反対側へと行こうとしたとき、また彼が僕の腕を掴んだ。


「どこ行くの?」

「えっ、えっと、あっち側で食べようかなって思って」

「なんで?」

「えっ」


なんでと言われても、あなたといるのが気まずいからです、とは言えずにオロオロしてると彼が自分の隣を指さした。


「ここ」

「えっ」

「ここで食べなよ」


そう言ってじっと見つめてくる視線に耐えきれずに、僕は彼の隣に腰を下ろした。


…とても緊張する。僕は彼の隣に座って、袋から買ってきたサンドウィッチとジュースを出す。そんなことをしている間にも彼はじっと僕を見つめてくるので、生きた心地がしなかった。

そして冷や汗をだらだらと掻きながらサンドウィッチを口に運ぶ。普段は美味しいと感じるはずのサンドウィッチも緊張のせいかほとんど味を感じなかった。そして特に会話もなく僕の咀嚼音だけが屋上に流れていく。沈黙が気まずすぎて僕の胃が痛くなってきた頃に、ふいに彼が口を開いた。


「それだけ?」

「えっ」

「お昼、それだけしか食べないの?」

「え、あ、はひっ」

やばい緊張しすぎて噛んでしまった。しかしそんな僕を気にした様子もなく彼が言う。

「もっと食べないとだめだよ」

彼は洋服のポケットからチョコレートを出して僕に渡した。

「はい。あげる。食べて」

「はあ。ありがとうございます」


僕は戸惑いながらもそのチョコレートを口に入れた。すると、それはとっても美味しかった。市販で売っているチョコレートとは比べ物にならないほど濃厚で口どけもなめらかだ。


「美味しい!こんな美味しいチョコレート初めて食べました」


あまりの美味しさに、さっきまでの緊張も忘れて興奮気味に言う僕に、彼は優しく微笑んだ。


「よかった」


僕はその微笑みを見てしばらく固まった。この世のものとは思えないほどに美しい笑顔に、僕は思わず魅入ってしまったのだ。そうして固まっている僕に彼は言った。


「君、名前は?」

その声にフリーズしていた僕は我を取り戻し、慌てて答えた。

「えっとレイです。レイ・ベルモンド」

「レイ。いい名前だね」

「あ、ありがとうございます。えっとあなたは?」

「僕はヴィンス」

「…ヴィンスさん」

「うん」


僕が彼の名前を呼ぶと目を細めて嬉しそうに答える彼に、今まで抱いていた緊張が少し和らいだ。口数は少ないけどとても優しい人だと分かったからだ。そこで僕は勇気を出してヴィンスさんに話しかけた。


「え、えっと、ヴィンスさんってここの騎士団の人ですか」


そう聞いたのには理由があって、ヴィンスさんは騎士団の制服を着ていなかった。僕たちの騎士団には全身白装束の制服があって騎士はその制服を着ることになっている。でもヴィンスさんの今の格好は全身が黒っぽい感じのおしゃれな私服姿だった。ここは騎士団校舎の屋上だから騎士団の関係者なのは間違いないけど、制服を着ていないから騎士ではないのかな?


「うん。僕は騎士だよ」

「あっ、そうなんですね。でもなんで制服じゃなくて私服なんですか」

そう疑問に思って聞いてみると彼は答えてくれた。

「今は休暇中だから」

「あっ、そうだったんですね」


そっか。休暇中だったのか。それにしても騎士団にこんなに美しい人がいたなんて驚きだな。所属はどこなんだろう。そんなことを考えていると彼が口を開いた。


「君は?」

「は、はい。僕も一応騎士です」

「所属は?」


ヴィンスさんに所属を聞かれて僕は少し焦った。僕が所属しているのは、騎士団みんなから馬鹿にされている市民相談室(通称雑用係)だ。言ったら失望されるだろうか。ヴィンスさんに嫌われるかもと思うと少し怖くなってくる。しかし一方で、僕は自分の所属を恥じたことは一度もなかった。みんなが雑用と言って馬鹿にする仕事でも、僕はやりがいを感じているし、この部署に誇りを持っている。だから失望されるかもしれないが、正直に言おうと決めた。


「えっと、生活安全課の市民相談室です」

「そう」


…これはどっちの反応だろう。ヴィンスさんはほとんど無表情だからわからない。だから思い切って聞いた。


「えっと、どう思いますか」

「何が?」

「あの、所属のこと…」

不安げな僕にヴィンスさんは首をかしげる。

「生活安全課でしょ?」

…もしかしてヴィンスさんは知らないのだろうか。そう思ってまた聞いてみる。

「えっと僕は市民相談室所属で…」

「うん。聞いたよ?」

不思議そうに話すヴィンスさんに、僕は何故か焦ってしまい、言わなくて良いことを言ってしまう。

「えっと、市民相談室っていうのは窓際部署で、みんなからは雑用係とか役立たずとか言われてる部署で…」

「ふーん。君役立たずなの?」

興味なさげに僕の話を聞いているヴィンスさんに僕は戸惑いながら答える。

「え、あ、はい。そうです」

「そう。なんで?」

「…えっと、僕、色々あって、魔法銃撃てなくなっちゃって」

その話を聞いてそれまで興味なさげだったヴィンスさんが少し興味を示したように視線を向けてきた。

「どうして?」


あ、ちなみに魔法銃というのは名前の通り魔法を出す銃のことだ。僕たちの世界には魔力と呼ばれる力を持った人が一定数いて、その魔力を具現化したものが魔法だ。魔法にはいろいろ種類があって、水魔法や火魔法、土魔法や雷魔法、幻魔法など沢山ある。そして人には適性があって、それぞれ個人の適性に合った魔法を使う。ちなみに僕の場合は氷魔法に適性がある魔力を持っているから氷魔法を使う。適性がない魔法も使えないわけではないけど、その威力や精度は適性がある魔法よりもだいぶ劣る。だいたい1人につき適正は1つなんだけど、稀に数種類の魔法に適性のある人もいる。そして魔法を発動するために用いるのが魔法具だ。魔法は魔力を変換して具現化するものなんだけど、その魔力変換には極めて高度な魔力操作の技術がいる。なので魔法具と呼ばれる道具に魔力を流して魔法に変換するのが一般的だ。稀に魔法具を介さないでも魔力変換が出来る天才もいたりするが、それは例外で、ほとんどの人は魔法具を使う。魔法具は沢山あって手袋や指輪、銃に剣など様々だ。そして攻撃系の魔法を使うときに利用されるのが魔法銃や魔法剣だった。そして僕も例外ではなく、騎士団での任務では攻撃魔法の魔力変換に魔法銃を利用していた。しかし騎士団に入って魔法銃が撃てなくなってしまったのだ。


「えっと、僕、最初の配属は生活安全課の治安維持室だったんです」

「うん」


治安維持室とは騎士団の花形部署の一つであり、王都で起きた犯罪などを取り締まる部署だ。


「そこで最初の任務で、王都にあるメノール百貨店で起きた立てこもり事件の担当になったんです」

「うん」

「…そして現場では、犯人が人質を盾に銃を構えていたんですけど、幸い犯人は窓に近い位置にいたので外から犯人を狙えました」

「うん」

「そこで僕に魔法銃での射撃命令が出ました。僕は騎士学校でも射撃の腕だけは良かったので、正直自信はあったんです。相手の身体を慎重に狙い、少し急所を外すように微調整しながら銃口を構えて、…引き金を引きました」

「それで?」

「…でも引き金を引く瞬間に、犯人がこちらに気付いて、少し動いてしまって。僕が放った魔法は人質の方の肩に当たってしまいました。…そして僕はそれにひどく動揺して、動けなくなってしまったんです…。でも代わりに一緒にいた先輩が引き金を引いてくれたので無事に事件は解決しました。そして僕が撃ってしまった人も命に別状は無かったんですけど‥。でもその事件以降、僕は魔法銃が撃てなくなってしまって…。銃を撃とうとしても手が震えてしまうようになったんです。それで他の攻撃系の魔法具も試してみたりしたんですけど、全然ダメで。使い物にならないってことで市民相談室に転属になったんです」

「…そう」


そう短く相槌を打ったヴィンスさんは、少し心配そうな顔をしていた。やっぱり優しい人だ。


「あっ。すみません。こんな暗い話しちゃって。でも僕は、今の仕事もすごく楽しいんです。魔法銃を使えなくなってしまった僕だけど、そんな僕でも必要としてくれる人や、僕のしたことに喜んでくれる人たちも沢山いて…。だからその、今でも僕はすごく幸せっていうか…」

慌てる僕にヴィンスさんは優しく微笑んだ。

「そう」

「はい」

少し照れて言う僕にヴィンスさんは目を細めた。

「君の話をもっと聞かせて」

「えっ、でも僕、結構いっぱい話しちゃったし」

「君のことが知りたい」

そう言ってじっと見つめてくるヴィンスさんに僕は顔を真っ赤にしてしまう。そんな美しい顔で見つめられるとドキドキが止まらない。

「あ、えっと」

戸惑っていると、昼休みの終了を告げる鐘が鳴った。その鐘を聴いて僕は我に返った。

「あっ。もうこんな時間だ。早く戻らないと」

僕は慌てて昼食のごみを片付けて職場に戻る準備をする。そして屋上を去ろうとする僕の腕をまたヴィンスさんが掴んだ。そしてヴィンスさんは僕を見つめて言った。

「明日も来てよ」

「えっ」

「明日も君と話したい」

「は、はい」


宝石のような輝く瞳で見つめられて僕は頷くしかなかった。そうするとヴィンスさんは満足げな表情になって僕の腕を離してくれた。そして僕はヴィンスさんにペコリとお辞儀をして急いで職場に戻った。


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