12
僕たちの前に運ばれてきた料理はとても美味しそうだった。僕の頼んだハンバーグは熱々の鉄板に乗っていてまだジュージューと音を立てている。フィル君のミートパスタもお肉のいい香りがして食欲をそそった。
「うわあ!美味しそう!」
「ね!いい香りだあ!」
僕たちは顔を見合わせて喜んだ。
「じゃあ、食べようか」
「うん」
そうして僕たちは料理を食べた。
「レイ君!このミートパスタすごく美味しい!」
「フィル君!このハンバーグもすごくジューシーだよ!」
はあ、幸せ。昨日の今日でこんなに美味しいものが食べられるなんて…。僕たちは存分に料理を味わった。特にフィル君はうっとりするような顔で料理を食べている。よかった。フィル君が幸せそうで…
「僕さ、最近カップ麺しか食べてなかったから、この美味しさは舌に染みる」
「ふふっ、よかった。フィル君が少し元気になって」
「えへへ。ありがとう」
そうして笑顔が戻ったフィル君に安堵する。やっぱり疲れた時は美味しい食べ物が一番だな。
「レイ君は最近どう?」
「僕は市民相談室で依頼を解決してまわってるかなあ」
「うん。そっか。…大丈夫そう?」
少し眉を下げて聞いてくるフィル君は気を遣っているのがわかる。フィル君には魔法銃が撃てなくなってしまったことも、治安維持室から異動になったことも言ってあるから、心配してくれているんだろう。やっぱりフィル君は優しい。自分もすごく大変なはずなのに僕の心配までしてくれるなんて天使だ。そんなフィル君に僕は明るく言った。
「うん。相変わらず魔法銃は撃てないままだけど、今の部署もすごくやりがいがあって楽しいよ」
「そっか。よかった。…少し心配だったから」
そう言ってフィル君は穏やかに微笑んだ。
「うん。ありがとう」
僕の周りは優しくていい人が多いな。ヴィンスさんもフィル君もすごく優しいし。
あ、そういえばフィル君はヴィンスさんのこと知ってるかな?ヴィンスさんほどの完璧な人なら騎士団でも有名だろうし。
「フィル君ってヴィンスさんっていう人知ってる?騎士団の人なんだけど」
「ん?ヴィンス?んー、聞いたことないかなあ。その人がどうかしたの?」
「あ、うん。僕が最近会った人なんだけど、僕とすごく仲良くしてくれるんだ」
その話に少し興味を持ったようにフィル君は目を細めた。
「へぇ、どこの所属?」
「ん?そういえばどこなんだろ。聞くの忘れてたかも。…でもすっごく綺麗な人だよ」
「ふーん。騎士団でそんな美人がいるなら有名なはずだけどなあ。でもヴィンスなんて聞いたことないよ。うーん。僕は綺麗な人って言ったらヴィンセント団長くらいしか思いつかないなあ」
「えっ、ヴィンセント騎士ってそんなに綺麗な人なの?」
「うん。ムカつくことにね。顔だけはどこの女神かっていうくらい美しいよ」
フィル君は顔をしかめて吐き捨てるように言った。
意外だ。てっきり、ヴィンセント騎士ってすごくゴリゴリな感じの人だと思ってた。騎士団最強なんていうくらいだから、すごく恐ろしいというかなんというか…
「そうなんだ。でもヴィンスさんもたぶんそれに負けないくらい綺麗なんじゃないかなあ。あ!あとヴィンスさんも休暇中だって言ってたよ」
その言葉にフィル君少し驚いたような表情をした。
「え、なにそれ。すごい偶然だね。こんな時期に休暇が被るなんて。その人ヴィンセント団長だったりして…」
冗談半分にフィル君は言ったが、ヴィンスさんについて少し興味が湧いてきたようだ。
「そのヴィンスって人はどんな人なの?」
「ヴィンスさんはすごくいい人だよ。容姿もすごく綺麗なのに性格もすっごく優しいんだ。あ、でもね!結構変わったところもあって…。あーんって人に物を食べさせるのが好きみたい。えっと、あとは少し寂しがり屋さんなところもあって、今日も僕がフィル君と食事に行くって言ったら寂しがっちゃって…。そんな感じですごくかっこいいんだけど、可愛い人でもあるかな」
そう熱弁する僕にフィル君は言った。
「そんないい人なんだ。じゃあ団長じゃないな」
「え、そうなの?」
「うん。あいつは優しさなんて感情は持ってないから。冷酷非道、鬼畜、そんな言葉が似合う男だよ。…あぁ!考えたらムカついてきた!」
「あ、そうなんだね…」
「それに、あーんが好き?そんなの絶対団長なわけない!僕が団長にあーんなんてしたら、一瞬で三途の川送りになるよ」
「へ、へぇ」
「あとは寂しがりや?!あいつに限ってそんなことはありえないね!あいつは僕が近寄るだけで「邪魔」って言って容赦なく殺気を向けてくるクソ野郎だよ!」
「…」
ヴィンセント騎士の話になるとまたフィル君は荒ぶってしまった。それにしてもフィル君はヴィンセント騎士に結構な苦労をさせられてきているんだろうな。温厚なフィル君がここまでボロクソに言うなんてどれだけヤバい人なんだろう。少し興味が湧いてきた。
「フィル君、ヴィンセント騎士ってどんな人なの?」
僕の質問にフィル君は思いっきり眉を寄せた。
「もうね、冷血漢、鬼!人の心ってものが欠如してる人だよ。いつも僕たちを見る目はまるでゴミを見るかのように冷え切っててね。口を開けば「役立たず」しか言わない。前だって酷かったんだ」
「うん」
「最近、あるテロ組織の壊滅作戦があったんだけどね、その時に僕は敵のアジトに乗り込んで敵を誘導する囮役になったんだ。その組織はみんな高度な魔力を持ってることで有名だったから、慎重にことを進めなければならなかった」
「うん」
あ、それって昨日見たニュースのやつかな。あの作戦にフィル君も参加していたのか。
「でね、僕は結構上手く敵を誘導できてたの。あらかじめアジト内にはった罠の場所へと敵を誘い込んでね。そしてもう少しで罠にはめられるってときに、あいつが!」
そう言うフィル君は思い出しているうちにすごくムカついたみたいで、持っていたフォークを捻じ曲げてしまった。
「無線で僕に「遅い」って言って、「もう待ってられないからアジトごと破壊する」って言って破壊したんだ。僕が!まだ!中にいるのに!!!」
「え!フィル君大丈夫だったの?」
「もう大変だったよ。あと少し脱出するのが遅かったら、僕死んでたかも…」
「それは酷い」
仲間が中にいるのに迷わずその場所を破壊するなんて酷すぎる。しかも作戦も順調だったのに遅いという理由だけでアジトごと破壊するなんて…
「でしょ!…まあ結局、運良くテロ組織のメンバーは大怪我こそしたもののみんな生捕りにすることはできたんだけど…」
「そ、そうなんだ」
「でもその後、あいつは僕に悪びれることもなく「役立たず」って言ってきてさあ!?もうね、あのとき僕は初めて人を殺してやりたいと思ったね!」
そう言ってフィル君は曲がったフォークを気にすることもなく使い、乱暴にパスタを巻き付け、口に運んだ。
しかしヴィンセント騎士ってそんなに酷い人だったなんて知らなかった。ヴィンスさんとは大違いだ。ヴィンスさんは思いやりがあって優しくて…同じ人間なのにこうも違うのか。
「それにさ、まだあるんだけど」
「うん」
フィル君は相当ヴィンセント騎士に対して鬱憤が溜まっているみたいだ。今日はフィル君が満足するまで話を聞こう。そうすればフィル君のストレスが少しでも解消されるかもしれない。
「あいつ、僕の名前覚えてなかったんだ…」
「えっ」
「あいつが休むちょっと前くらいにね、あいつに報告書を提出しに行ったの。でねその時に、まあ色々とダメ出しを食らったんだけど…。…それはいいや。でね、ダメ出しが終わって最後にあいつが顔を上げたの。それで僕の顔をまじまじと見て言ったんだ。「そういえば君、誰だっけ?」って」
「え」
「酷くない?!僕、結構有名だよね?ヴィンセント騎士以来の天才とか言われてる期待の大型新人だよね?!そんな僕をあいつは覚えてすらいなかったんだ!」
フィル君は悔しそうに顔を歪めて机を強く叩いた。何事かと周囲の人がこちらに視線を寄せるが、フィル君は気づいていない。
フィル君の活躍はすごく有名だ。僕の周りの人々はフィル君のことを褒め称える人ばかりだ。それほどまでに優秀なフィル君を「役立たず」と言って切り捨て、名前すら覚えないなんて…ヴィンセント騎士って結構酷い人なのかも。
「それは酷い」
「でしょ!あいつはいたらいたで殺意が湧くし、いなかったらいなかったで困るし、もうね!害悪極まりないやつなんだ!」
「そ、そうなんだ。でもそんなところでも頑張ってるフィル君はすごいよ」
そう言って笑いかけるとフィル君の険しい顔が和らいだ。
「もう、レイ君好き!ねえ、レイ君にお願いなんだけど…」
そう言ってフィル君はただでさえ大きい目をキュルンとさせて僕の方を見た。
「頑張ってる僕の頭を撫でてくれない?」
「ふふっ、いいよ」
少し前屈みになるフィル君の頭を僕は優しく撫でた。フィル君は騎士学校時代から僕に頭を撫でられることがお気に入りだった。
僕が撫でるとフィル君はすごく嬉しそうな顔になり、とろけるような笑顔をむけてくれた。
「あぁ!最高!騎士団の黒真珠に撫でられるなんて贅沢だ〜。これで明日からも頑張れる〜」
ん?黒真珠ってなんだ?僕は聞きなれない言葉に思わずフィル君を撫でる手を止める。そして手を止めた僕を不思議そうに見上げたフィル君に聞いた。
「フィル君、黒真珠ってなに?」
僕の質問にフィル君は少し驚いたような顔をした。
「え、レイ君の愛称だよ。レイ君、真っ黒な髪の毛でしょ?だから周りからは黒真珠って呼ばれてるよ。知らなかったの?」
「えぇ?!僕ってそんなあだ名があったんだ。…知らなかった」
初めて知った。僕にあだ名があったなんて…でも僕なんか目立たないやつにあだ名をつけるとか物好きがいるんだなあ。
「いや、結構有名だよ?レイ君って隠れファンも多いんだから」
その言葉に僕は再度驚く。
「えぇ?!僕にファン?人違いじゃない?僕なんてただ地味なだけだし…」
その言葉にフィル君は呆れたように溜息をついた。
「はぁ…これだからレイ君は…。レイ君は十分可愛いよ?まあ派手な美人って感じじゃないからわかりにくいけどね。よく見たらすごく端正で整ってるって感じ?わかる人にはわかるよ」
いやいや、そんなことありえない。僕が端正?整ってる?そんなわけない。事実、僕は人生でイケメンとか可愛いなんて言われてチヤホヤされたことなんてない。それに僕自身に魅力がないせいで友達すらフィル君以外にできたことはない。
フィル君はお世辞でそんなことを言ってくれているんだろう。フィル君優しいし。そう一人で納得した僕はそのお世辞には深く突っ込まずにスルーした。そして再びフィル君の頭を撫でた。
僕はフィル君の満足いくまで撫で続け、そして少し元気を取り戻した様子のフィル君が言った。
「でも、レイ君にそんなに優しい友人ができて良かったよ。ヴィンスさん?だっけ?今度紹介してよ」
「うん。ぜひフィル君にも会ってほしい!今度紹介するね」
「うん。楽しみにしてる!」
僕たちは残りの料理を平らげてお店をあとにした。そして騎士団の寮まで一緒に歩いた。尞の前まで着くと、僕たちは解散した。
「じゃあ、レイ君またね」
「うん。フィル君も今日はしっかり休んでね!」
「うん、じゃあ!」
フィル君と別れて僕は部屋へと向かった。
…それにしても今日はヴィンセント騎士の印象が180度変わった日だった。彼は意外と性格に難がある人のようだ。でも騎士団最強の天才っていわれてるくらいだから、本人にしか分からない重責みたいなものもあったりするのかな。それで周りにも厳しくなっちゃうとか。そんなことを考えながら僕は部屋に帰った。




