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門の前には仕事を終えて帰宅する人々が多くいて、あたりを少し見渡してみるがフィル君の姿はない。あらかじめメッセージ端末でやり取りをした際に、少し遅れるかもしれないと言っていたので、まだ来ていないのだろう。僕は通行人の邪魔にならないように門の少し端の方でフィル君を待った。
そして待っている間に、そういえば僕ってヴィンスさんの連絡先を知らないことに気づいた。いつも直接会ってやり取りするから気づかなかった。よし、今度聞いてみようかな。そんなことを考えていると僕の名前を呼ぶ声が耳に入った。
「レイ君!おまたせ」
「フィル君!」
現れたのは輝かんばかりの美しい金髪に、愛らしく大きい碧眼を持つ美少年だった。
「レイくーん。僕の天使!会いたかった」
そう言ってフィル君は僕に抱き着いた。フィル君は昔からパーソナルスペースが狭く、よく僕に抱き着いてきたり、僕の手を握ってきたりする人だった。初めの方はその距離の近さに驚いたが、もう何年かの付き合いで慣れてしまった。むしろこんな愛らしい少年が、僕に甘えるように抱き着いてくれるのはすごく嬉しい。
「ふふっ。僕も」
フィル君に笑いかけると彼は感激したように再び僕に抱き着いた。
「もう、僕レイ君不足で死ぬかと思った。あんな地獄みたいな職場で頑張る僕を癒してくれるのはレイ君だけだ…。僕を甘やかして…」
フィル君は抱き着く力を強めてくる。フィル君は僕より少し背が低いから僕の肩らへんに丁度収まっている彼の頭をそっと撫でた。
…それにしても地獄のような職場ってどういうことだろう。職場っていうからには特別課のことだよな。やはりすごい部署ならではの苦労があるのだろうか。僕が噂で聞くフィル君の活躍は華々しく、特別課でも順風満帆な騎士生活を送っていると思っていたけど、フィル君はフィル君で大変みたいだ。
僕に満足いくまで抱き着いたフィル君はやっと僕から離れたが、その顔は確かに少し疲れているように見えた。
…まあ何はともあれ、まずはご飯を食べてからだな。
「じゃあ、とりあえずご飯食べに行こうか」
「うん!」
僕に抱き着いて少し元気を取り戻したフィル君と僕はご飯屋さんへと向かった。
道中フィル君は道行く人の視線を集めていた。なんかヴィンスさん並んで歩いた時に似ている。しかし一つ違うのはヴィンスさんは特に女性から熱い視線を向けられていたが、フィル君はどちらかというと男性の視線を集めていた。確かにフィル君はすごく可愛いらしい顔立ちをしている。たぶん世のほとんどの女性よりも愛らしく可愛い。そして身長も160センチを少し超えるくらいで、華奢な体つきをしているため、全体的に庇護欲を沸かせるような感じだ。しかしヴィンスさん同様、フィル君もそんな周囲の目は気にならないというように涼しい顔をしている。やっぱりイケメンはすごいな。これだけ注目されても平然としているなんて。
そんなことを考えながら、フィル君と話しているとご飯屋さんに着いた。僕たちは中へと入る。そして店員さんに二人用の席へと案内された。
席に着いたフィル君はテーブルの端に置かれたメニューを開き、僕に見せてくれた。
「レイ君、何にする?」
「うーん。どうしよう。全部美味しそうで迷うなあ」
「ね!僕も決められない」
ここの料理屋さんの料理は食欲をそそるようなものばかりだ。本当に迷う。しばらく二人でメニューと睨めっこしながら頭を悩ませた。そして僕たちはやっと一つのメニューに絞りきり、食べる料理を決めた。
「よし!僕はこのミートパスタにする!レイ君は?」
「僕はハンバーグにしようかな」
そうして料理が決まった僕たちは注文を済ませた。そして僕は改めて向かい合うフィル君を見ると、フィル君は嬉しそうに見つめ返してくれた。
「レイ君とご飯って久しぶりじゃない?僕うれしい」
「へへっ。僕も」
僕の方を見てにこにこ笑うフィル君はまさに天使だ。僕もそんな愛らしいフィル君につられて自然と口角が上がる。僕とフィル君は騎士学校時代は何度かご飯を食べに行っていたけど、騎士団に入ってからは、フィル君が特別課でとても忙しそうにしていて、なかなかご飯に行けなかった。最後に行ったのは今年の春に入団して間もなくの頃だった気がする。そっかあ。フィル君とは半年ぶりのご飯だ。そんなに会ってない感じはしなかったけど、それは僕がフィル君の活躍を噂で聞いてたからかも知れない。
「そういえばフィル君、少し疲れた顔してるけど大丈夫?」
するとフィル君は嬉しそうな顔から一転、少し暗い表情になった。
「…もう、最近忙しすぎて僕、過労死する…。今日なんてもう五徹目だよ…。もう嫌だ」
「えっ、フィル君寝てないの?!」
「うん」
「えっ、ごめんね。そんな大変な時にご飯なんて…。え、どうしよう。今日は休んだほうがいいよ。料理キャンセルしよっか?」
フィル君が五日も連続で徹夜をしているなんて初耳だ。確かに少し疲れてる表情はしてたけど、そんなに忙しくしてたなんて…。それに五日寝てないって結構やばくないか?僕なんて一日でも徹夜をしたら気分が悪くなるし、それが五日も続くなんてとても辛いだろう。そう考えると、事情を知らなかったとは言え五日も寝てないフィル君をご飯に連れ出してしまった申し訳なさが募る。そんな疲れている人をご飯に付き合わせるのは良くない。そう思って提案するとフィル君は慌てて言った。
「僕は大丈夫。むしろレイ君に会ったほうが回復するんだ。…主にメンタルが」
「えっ、そ、そうなの?」
「うん」
そう言って力なく微笑むフィル君に、僕は心配ながらも今日は彼のメンタルが少しでも回復するように頑張ろうと決めた。
「…それにしても特別課ってそんなに激務だったんだね。…知らなかった」
フィル君が忙しそうにしていたことは知っていたけど、それがまさか何日も寝れないほどだったなんてびっくりした。特別課ってすごくハードな部署なのかな?
「…うん。でもこんなに忙しくなったのは最近なんだ…」
「えっ、そうなの?」
「うん」
そう言って肩を落とすフィル君は痛々しい。やっぱり疲れが溜まっているんだろうな。いつもの明るくて陽気な感じがまるでない。でも忙しくなったのは最近っていうのはどうしてなんだろう?
「何かあったの?」
フィル君のことが心配になって聞く僕にフィル君は暗い顔をあげて、今度はすごく険しい表情になった。
「全部ヴィンセント団長のせいだ!」
「えっ?」
いきなりの表情の変わりように僕は少し驚いた。さっきまでは疲れている感じだったのに今は明らかにすごく怒っていた。相当腹が立っているのだろう。フィル君は水の入ったグラスを握りしめているのだが、力を入れすぎたせいかその手がプルプル震えている。
「え、えっと…」
戸惑う僕にフィル君ははっと我に返った。
「あ、ごめん…。取り乱して」
僕を見て少し申し訳なさそうにするフィル君に僕は慌てて明るく言った。
「う、ううん。全然大丈夫!…えっと、ヴィンセント団長ってあの有名なヴィンセント騎士のことだよね?」
「…うん」
ヴィンセント騎士は特別課のエースであると同時に僕たちの騎士団の団長だ。まあ、団長と言っても、表立って何か騎士団全体を指揮することはない。ヴィンセント騎士は国民の人気が異常に高いから、上層部が国民の人気取りのために与えた地位だ。ヴィンセント騎士はとても嫌がったそうだが、あくまでも形式的なものだということで説得したらしい。だから騎士団内では、ヴィンセント騎士のことを団長と言う人はあまりいないのでピンとこなかった。
「…えーと、そのヴィンセント騎士がどうかしたの?」
「どうもこうもないよ!あいつ、一週間くらい前に突然、長期休暇取るって言って姿をくらましちゃったんだよ!無責任すぎない?!」
ヴィンセント騎士について話すと怒りが湧いてくるのだろう。一旦は冷静になったフィル君がまた怒気を露わにした。
「あの人が突然いなくなってからの特別課はもうてんやわんやでさあ…。あの人中心に全ての物事が回っているようなものだったから、もう大変で…」
「…そうだったんだ」
「せめてさ、前もって休むって言ってくれればよかったのにさ。そんな連絡もなしに!当日に!電話で!「僕しばらく休むから」って。それだけ。酷くない?!なんなの!?常識無さすぎない?!」
「へ、へぇ…」
フィル君は心底、腹が立っているのだろう。普段の可愛い顔を般若のように険しくさせている。こんなに激昂してるフィル君ははじめて見た。その圧に若干、引いてしまいつつ、僕はフィル君に同情した。確かに特別課のエースなんて呼ばれてる重要な人がいきなりいなくなったら、それはもう大変だろう。
…ヴィンセント騎士って世間では英雄って言われてるから、中身も素晴らしい人なのかと思っていたけど、事前に連絡もせずに休むって少し自分勝手な人だな。
そしてフィル君は一通りぷんすか怒った後に「もう、僕仕事いやだぁ。行きたくないよぉ。ううっ…」と言って啜り泣きはじめてしまった。今日のフィル君の感情はジェットコースターだな。でも無理もない。五日も徹夜で仕事をしていたら情緒不安定にもなるだろう。そんなフィル君を励ますべく僕はまとまらないながらも言葉をかけた。
「え、えっとフィル君、大変だったね…。僕に力になれることがあったら協力するから。え、えーと、特別課の任務とかは無理だけど雑用とかなら手伝うよ…。だから一緒に頑張ろう?」
「ゔぅ…レイ君ありがとう」
こんな僕の下手な励ましもフィル君の心に少しは響いたみたいだ。啜り泣きながらも僕に感激したような表情を向けてくれた。今度からは市民相談室の依頼が終わって暇な時はフィル君に連絡してみよう。そして何か手伝えることがあったら手伝おう。そうすることで少しでもフィル君の負担が少なくなるなら僕も嬉しいし。そうして少しフィル君が元気を取り戻した頃に頼んだ料理が運ばれてきた。




