軍人だけど妻のためにケーキ焼いたよ!
甘い香りに満たされるキッチンで、大きな男がひたすら生クリームを泡立てている。
生クリームを泡立てるためだけに動き続ける厚い胸筋。丸太のような太い腕。
その肢体を包み込む白いエプロンは、サイズが合っていないらしく今にも張り裂けそうだ。
そして──汗ばむその顔には、生々しい戦の傷跡があった。
「またケーキ作りですか?エドガー様」
台所の片隅で成り行きを見守るのは、若き料理長のブレット。
「ああ……急に作りたくなってな」
ケーキはおろか砂糖すら生涯飲み込んだことすらなさそうな野太い声で答え、エドガーはボウルを置いた。
「そんなに大きく作って、どうするおつもりで?ケーキ屋でも開くんですか?」
「……退役したら、そうするつもりだ」
まんざらでもない言い分に、ブレッドは呆れたように微笑した。
この軍人は男が見ても惚れ惚れするような張りのある筋肉に身を包み、その視線は獲物を射抜くかのようにぎらついている。ごわついた黒い髪に黒い瞳が、日に焼けた肌を更に強調する。
そんな軍人エドガーはオーブンから出したスポンジケーキを冷まし、中央に水平に包丁を入れる。
獲物の内臓でもさばくかのように、慎重に。
あらかじめ切っておいたイチゴを中段に放射状に並べ、スポンジケーキで蓋をする。
くるくるとケーキ台を回しながら、生クリームを均等に塗りたくる。その慣れた手つきに、ブレットはこの強面軍人の長い独身〝甘味〟生活を垣間見た。
この手際の良さ──プロの料理人でもなかなか難しい。
この軍人はいくつものケーキを調理して来たに違いない。そしてその栄養の全てが、例の筋肉に行き渡っているのだ。そうに違いない。
この家の主人であり軍人のエドガーは、休暇があると必ず厨房に来てケーキを作った。それが唯一の趣味であるらしく、彼が食べる分以外は使用人の皆にもふるまった。使用人たちはこのケーキを日々楽しみにしている。彼の言う通り、ケーキ屋だって無理なく開けそうな腕前だ。
ふとブレットは主人をからかいたくなった。
「レジーナ様とは順調で?」
エドガーは、質問の衝撃で掴んでいたイチゴを指先で握り潰す。
「なっ……こんな時にその話をするな!イチゴをひとつ無駄にしたぞ……!」
「三日前に婚姻の儀を終えられて……ご関係はどんな具合に?」
「今、イチゴは不作で高いんだ」
「おやおや。話を逸らすとは、どうやらあまり上手く行っていないようですね?」
エドガーは寂しそうに、こう呟いた。
「……彼女は夜な夜な、酒を飲んでいるんだ」
ブレットは首をひねる。
「はあ……寝つきを良くするために晩酌をなさっているのですね」
「多分、違う」
「は?」
「きっと……私と結婚したのが嫌で、現実を忘れようと酒を」
「そ、そんなわけは……」
慰めようとしたが、ブレットも次の言葉が出て来ない。「もしかしたらそうかもしれない」と、この無骨な大男を見上げて誰しもが思うはずだから。
そうなのだ。
このエドガーという男はゴリゴリの叩き上げ軍人。
この25年の人生の中で、昨年まで女性と喋ったことはおろか、視線を合わせた事すらロクになかったのだ。
そんな彼が、つい最近結婚をした。
人生ががらりと変わったのは、昨年のこと──
***********
平民上がりの騎士エドガーは、先の大戦で武勲を上げた褒美として、国王から一代爵位を賜った。屋敷や使用人なども揃え、名実ともに貴族となった頃──彼は上官トラヴィスから直々にこんな話を持ちかけられたのだ。
「うちの三女、レジーナを娶らないか?最強騎士のお前になら、と考えているのだが……」
由緒ある伯爵家の令嬢、レジーナ。
騎士の間でも評判の美女だった。金色の巻き毛をふわりとひとまとめにして、涼し気だが少し強気な目元をしているトラヴィスの愛娘。その背筋の通った立ち居振る舞いは素晴らしく、誰もが彼女が動き出すと目を奪われた。
エドガーは堅物筋肉男とはいえ、中身はそこらへんの男と変わらない。彼も、もれなくレジーナに心を奪われていた男のひとりだった。
「レ、レジーナ様を……!?」
「ああ」
「いや、その……」
「嫌か?」
「……いいえ」
それきり口をつぐむしかなかった。
つまり天にも昇るような気持ちで、一も二もなく承知したのである。
しかし、顔面に斜めに走る稲妻のような傷跡が、浮つく心を表情に出すのを防いでいた。
あまりにも表情を隠すのが得意な彼に、誰もが憧れる美女があてがわれる。美女と野獣。彼に令嬢はどう取り組んで行くのか。また、この朴念仁がどこでデレるのか。騎士たちがこの状況を面白がらないはずがない。
エドガーはそれからというもの周囲の騎士の嫌がらせで慣れないダンスを習わされ、社交界などというものに押し込まれることになった。どの貴族もそうやって婚約者との親交を深めて行くので仕方ないが、平民出身のエドガーにはそれは苦痛以外の何物でもなかった。
ただ、麗しのレジーナ嬢と会えることだけを除いて。
「父から話は聞いております」
初めて王宮で彼女と会った日。
凍えるようにそう話しかけて来た婚約者に、エドガーはただただ固まった。いつも遠くから眺めていた彼女だったが、近くで見るとその華やかな美しさにはえも言われぬ迫力がある。
「その……」
レジーナはそう言ってから、エドガーが話し出すのを待っている。多くの貴族女性は、異性の前で多弁にならないよう教育されている。それが彼を更に追い詰めた。
エドガーは目の前の美女を見下ろすだけで胸がいっぱいになって何も話せない。
困ったレジーナは、ウェイターを呼び寄せてワインをグラス二つ分持って来るように言った。そして少し微笑んで、
「……お酒の力を借りましょう」
と囁くのだった。女性に免疫のないエドガーは、その囁きを耳に受けただけで倒れるかと思った。
レジーナはグラスの赤ワインを彼と傾け合うと、こくこくと半分ほど飲んでしまう。
一方のエドガーは見た目に寄らず、完全な下戸であった。
ひとくち、ふたくちで顔が真っ赤になる。さんくち目で眩暈がしたが、彼はどうにかふんばった。
「ワインが進むと、何か食べたくなりますね」
レジーナは晩餐会の時も、淑女にしてはなかなかの食べっぷりを披露した。エドガーはそれを見つめながら、どうにか話題を絞り出した。
「……よく食べますね」
一瞬奇妙な間があったが、彼女はどうにかその言葉を好意的に解釈してくれた。
「はい。三人いる兄も全員騎士ですので、つられてたくさん食べてしまうんです」
エドガーは〝これだ〟と思った。
「その……私も騎士時代が長かったもので、料理はよくします」
「あら、そうなんですか?いいことですね」
もちろんその料理とやらがケーキ作りであることは伏せておいた。初見で下手に驚かせるのはまずい。
レジーナは彼がようやく話してくれたのが嬉しかったのか、微笑んでこう言った。
「あの……私、強い男の人が好きなんです」
エドガーは心臓を射ち抜かれた。
「父にも〝兄上たちより強い男の人としか結婚しない〟と宣言しておりました」
エドガーは初めてそのぶ厚い胸をときめかせた。
「だから……大丈夫です」
レジーナは嫌々彼に嫁ぐのではないらしい。それが分かっただけでも、エドガーはほっとした。それから天使のラッパの音を聞いて光を浴びた気がした。
まさに福音。
平民から武勲を上げ、爵位を賜り更には結婚まで、とんとん拍子に決まって行く。人生は順風満帆かと思われたのだが、事件は初夜に起こった。
レジーナとの結婚式を終えて、初めての夜。
エドガーはガチガチに緊張していたが、まさか新妻を放っておくという蛮行は出来るはずもなく、彼女の寝室に向かった。
しかし彼がそこで見たものは──
ベッドサイドにある空になった赤ワインのグラス、そしてベッドの上で眠りこけるレジーナの姿だった。
「レジーナ……?」
エドガーはレジーナに声をかけた。彼女は薄目を開けると、そっとこちらに手を伸ばす仕草をした。
しかし女性に不慣れな彼は、勝手に勘違いをした。
(まさか……酒で意識を飛ばしでもしないと、私とは寝られないということか?)
あの日〝大丈夫〟だと彼女は言ったが、それは言葉通りに受け取ってはいけなかったのではないだろうか。女は嫁ぎ先を選べないのだから、ああ言うしかなかったのだろう。
エドガーは急に青くなって、そそくさと部屋を出た。
それから三日間、彼女は酒を飲んで寝ていた。エドガーが来るとレジーナは必ず起きて来るものの、彼はそのたびに傷つき部屋を出るのだった。
******************
「……奥様と話さないとだめですよ」
一連の話を聞いて、ブレットはエドガーにそう諭した。
「下戸のエドガー様には信じられないかもしれませんが、世の中には晩酌なしには眠れないという方がいらっしゃるんです」
エドガーは衝撃に目を丸くした。
「ほ、本当か?」
「はい。眠りが浅くて晩酌が習慣になっていらっしゃる方、以前私が勤めていた先にもたくさんいらっしゃいました」
「そうか……でも、なぁ……」
「はい?」
「そういう時に酒の匂いがするのは、どうも……。私は本当に酒が嫌いなんだ。ケーキや生クリームに投入するコアントローさえも、なるべく最小限に控えている」
「ああ……そうでしたね」
同様に、にんにくの香りなどを嫌がる人間もいる。ブレットもそのあたりの理解は出来た。
「それに、まだ少し気になっていることがあるんだ」
「何がですか?」
「彼女は私におびえているようなんだ。王宮で会った時は、そんなことはなかったのに……」
「それこそ奥様にお聞きになった方がいい。慣れないことがあるのかもしれませんよ」
「つまり、会話せよと?」
「そうですね」
「ばっ……馬鹿を言うな!女と気安く話せたら苦労などしない!」
「……!?」
ブレットは目を白黒させた。確かにこの男、今まで女性と話したことなどほぼなかったのだ。
エドガーは前に向き直ると、怪我を負って痛みを我慢するの如く、脂汗を垂らしながら考える。
目の前のケーキを睨みつけながら。
「ケーキ、か……」
主人の呟きに、ブレットは目を見開いた。
「そ、そうですよ!これを〝君のために作った〟と言えば、レジーナ様も喜ばれるのでは?」
「でも……彼女は〝強い男〟が好きなんだぞ。ケーキを作る男なんか嫌いになるに決まってる!」
「決めつけはよくありません。それにほら、エドガー様は奥様にプレゼントらしきものをまだ贈ったことがないのではありませんか?」
エドガーは頷いた。
「そうだ……今まで彼女にろくに話掛けもしなければ、贈り物もしていない」
「声に出してみると結構ひどい状況ですね」
「女性はケーキ……好きだよな?」
「普通はそうです!」
「よ、よし……」
エドガーは死地に赴く形相で使用人を呼んだ。
「茶会の用意をしてくれ。そこに……レジーナも呼ぶんだ!」
一方のレジーナは、沈んだ表情でレース編みをしていた。
ふと頬に垂れて来た涙を、ごしごしと袖でこする。
その時。
「奥様。エドガー様から、茶会をしようとお話がありました」
レジーナは頬を紅潮させて顔を上げる。
「ほ、ほんとう……?」
「お庭へご案内します」
レジーナが庭に降りると、そこには──
真っ白なショートケーキのホールと、こちらを威嚇するように仁王立ちするエドガーの姿があった。
レジーナは怪訝な顔をする。執事が気を利かせて、彼女に説明した。
「奥様。このケーキは、旦那様からのプレゼントでございます」
レジーナは一瞬、顔が晴れやかになった。エドガーもそれを見て一瞬心が躍る。しかし。
「まあ……ありがとうございます。でも私……」
彼女は非常に言いにくそうに、彼にこう告げたのだった。
「甘いものが大の苦手なんです」
場が凍った。
「まだ結婚して三日目ですし……食べ物の好き嫌いをいつ申し上げようかと悩んでいたのですが……」
エドガーは眩暈がした。甘いもの全般が駄目なら、ケーキなどいくら作ろうと彼女の気を惹けないではないか。
エドガーは勇気を出した。
「な、ならば……君の食べたいものは何だ」
レジーナは夫に詰め寄られていると思ったのか、青くなる。そして震える声で
「も、申し訳ありません……!」
と項垂れた。エドガーはその時、多分人生で一番慌てた。
「いや……!いい。食べたくなければ食べなくても……いいんだ……」
今ここで「自分がこのケーキを作った」などと言えば、きっと彼女は無理をしてでもそれを食べるだろう。けれど、それは彼の望む光景ではなかった。
彼女を幸せにしたい。そして出来ればこの美しい女から愛されたい。自作ケーキを無理矢理食わせたいわけではないのだ。
ただ、一抹の寂しさも味わった。
きっと彼女と自分は、食の趣味がまるで合わないだろう。レジーナは酒を飲み甘味を嫌う。エドガーは酒を嫌い甘味を好む。生活で一番大事な部分が合わないとなると、これからのことも色々と考えなければならない。
「……酒か。酒を飲むか?」
エドガーはよかれと思ってそう尋ねた。しかしレジーナは、それを聞くやシクシクと泣き出したではないか。もう使用人も絶望の表情を浮かべている。なるべくしてなった、というような諦めの空気すら漂った。
「ご、ごめんなさい!酒好きの女なんて、男性は好まないですよね……」
エドガーはぽかんと口を開いた。
「夜にワインを飲むのが習慣で……でもあなたは酒を飲む私を見て、部屋に帰ってしまった。きっとあなたはこのだらしのない私の姿に幻滅して──」
エドガーは首を横に振るが、言葉が出て来ない。
執事がエドガーに耳打ちした。
「この会はお開きになさいませんか。奥様は少し興奮されていらっしゃるようなので」
侍女がレジーナを支えて屋敷に戻って行く。温まった紅茶も片付けられて行く。使用人全員がエドガーの口下手加減を知っている。彼が出る幕は用意されていない。
茶会に、ケーキとエドガーとブレットだけが取り残された。
エドガーは悲しかった。
密かに胸に描いていた願望がある。
(いつか……退役したらケーキ屋を開こうと……)
その夢に、最近は勝手にレジーナの姿を描き加えていた。しかしそれは無理そうだった。
(甘いものが嫌い、か……)
彼女はまだ、部屋で一人、酒を飲んでいるのだろうか。
ベッドにうずもれて不貞寝していたエドガーは、ふと顔を上げた。
「そうだ……。甘くなければいいんだ……!」
エドガーは夜の厨房に立つ。
タルトにしようと用意していたクッキー生地が、まだあったはずだ。
それに生クリームと卵。
砂糖の代わりに塩と胡椒を用意する。
「酒に合うケーキを研究しよう」
彼女は赤ワインを好んでいた。
「チーズ味にするか……乾燥パセリもあるな」
サラミを包丁で削ぐように刻んで行く。
それらを卵液と混ぜ、型にはまったクッキー生地に流し入れた。
オーブンで焼き色がつくまでしっかり焼く。
ケーキとはまた違った、香ばしい香りが厨房に溢れた。
「……どうだろうか」
味見をする。スパイシーな卵焼きタルト、というような味だった。ワインに合うだろうか。
「これもケーキだ。そう、これも……」
エドガーは自分に言い聞かせるようにそう言って、配膳用ワゴンにタルトを乗せた。
そのまま使用人には運ばせず、自らの手でレジーナの部屋の前まで運んで行く。
彼女の涙を見てしまった以上、四の五の言っていられない。
エドガーは彼女の部屋の扉をノックした。
ほどなくして、スッと小さく扉が開かれる。
そこには、燭台を持ったレジーナが立っていた。
「……エドガー……どうしたの?」
彼は黙って後方のワゴンからタルトを持ち上げ、差し出した。レジーナはおっかなびっくり、燭台で彼の手元を照らす。
そこにあった卵のタルトを見て、彼女は声を上げた。
「まあ。キッシュだわ……これを、私に?」
エドガーは、搾り出すような声で答えた。
「ワインに合うケーキなんだ」
一瞬の静寂の後。
「……入って」
レジーナは彼を招き入れる。部屋のベッドサイドには、やはり赤ワインの入ったグラスがあった。
ワゴンの上のタルトはまだ温かい。燭台をテーブルに移し、二人はソファに並んで座った。
「昼間は、ごめんなさい」
「……気にするな。嫌いなものを無理に食べる必要はない」
「美味しそうなキッシュね」
「……キッシュ、とは?」
「あら、知らないの?こういう食べ物があるの。丸く作った卵のタルトよ」
「……知らなかった」
「知らないのに、どうやって作らせて持って来たの?」
エドガーは、夜の持つ不思議な力も手伝って、すぐにこう答えた。
「私が作ったんだ」
え?とレジーナが問い返す。
「……昼のケーキも、この夜のケーキも、私が」
「……うそっ!」
その反応に一瞬心が折れかけたエドガーだったが、
「素晴らしい特技をお持ちなのね!全然知らなかったわ」
そう言ってレジーナが微笑んでくれたので、エドガーの頭の中にようやくお花畑が咲き渡った。
「……ワインに合うはずだ」
レジーナは少し寂しそうにうつむいて、彼に言った。
「ごめんなさい。しばらくお酒は控えるわ」
「……昼に飲む分には構わない」
「?」
「夜は、ちょっと」
「……?」
「その……私は酒が駄目なんだ。実は、ええっと……匂いすら駄目で。だから、寝る前に飲むのはやめてもらいたい……」
レジーナはさっと顔色を変えた。
「そ、そうだったの?私、あなたは豪傑だからきっとお酒も強いものとばかり」
「いや、完全なる下戸だ」
「……本っ当にごめんなさい!私、昔から寝つきが悪いから、ワインがないと眠れなかったの」
ブレットの言った通りだった。ようやく全身から力が抜け、エドガーは少し笑った。
「今夜は飲め。このケーキと一緒に」
「いいの!?」
やはり彼女は相当な酒好きらしい。エドガーは内心呆れたが、自分の砂糖狂いも他人から見ればなかなかのものだろうと思うので余計なことは言わないでおいた。
レジーナは赤ワインをさも美味しそうにあおって、切り分けたキッシュを手に取る。
それをぱくりと口に入れると、彼女はふわんととろけるような笑顔になった。
「お、美味しい……!」
「……そうか」
「刻んだサラミが入ってる!とてもスパイシーね!」
「気づいてくれたか」
「お酒が進むわ!」
「……それ以上は」
レジーナは上機嫌にころころと笑って、ふと隣のエドガーに熱い眼差しを向けた。
「私、強面のあなたにちょっと怯えていたの」
そうだろうと思うので、エドガーは何も言い返さない。
「でも、まさか筋骨隆々のあなたがお酒に弱くてケーキ好きだなんて……とても可愛いところがあったのね。私、それを知って神様にご褒美を貰った気分」
自分の弱点を、彼女は長所と受け止めてくれたらしい。しかしほっとしているところに、レジーナは衝撃の発言を突っ込んで来た。
「実はね……これは親に決められた結婚なんかじゃないの。私がお父様にお願いして、あなたをねだったのよ」
エドガーはその告白に驚き、真っ赤になってむせた。
「男は筋肉と勇気、そして傷ありきよ。あなたはその全てを兼ね備えていたの。私には、この人しかいないと。……だからもし、私があなたの好みに添えないなら申し訳ないなって、ずーっと悩んでいて」
エドガーは震える。嬉しすぎて現実とは思えなかった。
「……そんなことはない」
彼は一生分の勇気をここで使った。
「私もレジーナ様を……ずっと」
「……本当!?」
レジーナは喜び勇んで、ぐーっとワインをあおった。
「やだぁ、今夜は酒が美味い!」
「……!」
「もう一杯行っちゃおうかしら?」
「……飲み過ぎるなよ」
「ふふふ。明日は何のケーキを作ってくれるのかしら」
緊張感から解放され酔いの回ったレジーナは、グラスを放した手でエドガーの指をたぐり寄せる。それを緊張の面持ちで眺めながら、エドガーは答えた。
「明日は作らない。だから……」
その言葉を待っていたように、レジーナが彼の頬にキスをくれる。
「……明日はお酒を飲まないで待ってるわね、エドガー」
エドガーの頬が、まるで熱をあてられた生クリームのように溶けて緩んで行く。
彼は人生で初めて、ケーキよりも酒よりも、甘く酔えるものを手に入れたのだった。