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王宮魔法師の日常と、即席のゴーレム


 王宮魔法師の朝は早い。

 日の出とともに起き出して、買い置きのライ麦パンとチーズ、炭酸果汁の朝ごはんを済ませます。

 眠い目を擦りながら顔を洗い、髪を整え、昨日ヘルクートからもらった髪飾りもつけてみます。

「んー?」

 女の子感が増してしまった気がします。

 次はドラゴンの紋章的な、かっこいい髪かざりがほしいな。

 身支度を整えたらさぁ出勤です。

 といっても徒歩で数秒。ドアを開けた瞬間から仕事場です。ユリトはお城の中にある官舎で寝泊まりしているからです。


「さてと」

 あとは城の中をウロウロ……いえ、巡回することで仕事は舞い込んできます。

 気軽に頼める魔法師の緑のマントが目印です。

「ああっ、そこの魔法師さま!」


「おはようございます」

 早速仕事のようです。

 声をかけてきたのは食堂で働くおばさんでした。城下町から通って働くパートさんの一人です。


「おはようございます、魔法師さま! それより聞いておくれよ、あたしゃ見たんだよ!」

「な、何をですか?」

 事件の臭いがします。悪鬼や悪霊の類いでしょうか?

「ゴキブリだよ! ひぃいっ! 気持ち悪いったらありゃしない。ここの食料倉庫にゴキブリ避けの魔法をかけておくれよ」

「ゴキブリですか……」

 朝から素敵なお仕事をいただきました。


 ユリトはおばさんが立っていた食料倉の入り口を覗き込みます。城に何ヵ所かある食料保存庫のひとつです。

「魔法師さま、お願いだよ」

「大丈夫です、僕におまかせください」

 これだって大切なこと。王族や貴族の方にもお出しする食材に、ゴキブリが入っていたらそれこそ大変ですからね。

 杖を掲げ、忌避魔法を詠唱します。


 ――申す! ここは光に清められし、祝福に満ちた処なり。闇に潜みし不浄の輩は近づくこと叶わず……!

 古代エルフ語で、本来は魔物避け。ですが少し術式を変えれば害虫避けの効果もあるのです。


「これで大丈夫です」

「ありがとうねぇ、可愛い魔法師さま。えぇと」

「ユリトと申します」

 優雅に一礼をかえします。

「ユリトさま……! ありがとねぇ、感謝だよ。上にはきっちり伝えておくからね!」

 おばさんは笑顔でウィンクしてくれました。


「では、これで失礼致します」

 これでひとつ仕事をこなしました。


 王宮人事監理局に仕事の実績が伝われば、お給金にちゃんと加算されます。

 一日じゅう図書館でサボっていてもいいのですが、もらえるお金が減るというシビアな仕組みです。

 

 ちなみに――。


 城内では魔法師が数十人ほど働いています。

 それぞれ階級によって役割が違うので、関わることはあまりありませんが。


 王様や王族の側付き魔法師は最上位とされ、『金剛級(ディアモンズ)』と呼ばれています。

 側近として日々の占いや、参謀役、身辺の護衛などを勤めていらっしゃいます。現在は二人だけですが、純白に輝くマントを羽織った雲の上の存在です。尊敬と憧れの対象です。


 つぎは『紅玉級(コランダムス)』と呼ばれる上位級。深紅のマントがかっこいい、八人の魔法師です。

 普段は王国軍と協力しながら魔物を討伐し、他国の魔法師の相手、排除など「荒事」に従事します。

 あちこちに遠征し、城内でのんびりしている姿はあまり見かけません。実力も人柄もすばらしい先輩方ばかりです。

 ユリトが師匠(・・)と呼ぶヴァリアルト先輩も『紅玉級(コランダムス)』の一人です。

 魔法学校のころから目をかけてくれ、魔法を指南してくださいました。とても尊敬しています。


 青マントは『青海級(アクアマリス)』と呼ばれる中級の魔法師たち。主に『紅玉級(コランダムス)』の部下として一緒に行動しています。

 全部で二十人ぐらいいるのでしょうか? 城の中にいるときは、衛兵さんと同じ仕事や、貴族やお役人から仕事を頼まれ、城下町を行き来します。


 おっと、注意点もあります。マントの色で階級がわかるのですが、中にはオリジナルカラーを羽織る事が許されたクラスレスな方もいらっしゃるので要注意ですね。

 マントは階級の目印ですが、魔法師であれば、だいたい相手の実力はわかります。滲み出る魔法力の大きさ、威圧感は隠せません。


 それらを名刺代わりにするのが魔法師としては「(いき)」なのだとか。

 そういえば昨日遭遇した不法侵入の魔法師は、魔法力をほとんど消していましたっけ。

 

 最後に、ユリトは新人魔法師なので緑マント。一応『かんらん石=ペリドッツ』なんて呼び名もあるみたいです。主に城内の雑用をこなします。


 今回、極秘の『ハーレム解散』のお手伝いをするという大役を仰せつかりましたが、考えると名誉なことです。

 新人の魔法師でいいのでしょうか?

 すこし不安になりますが、先輩方はお役目で忙しいでしょう。だからユリトに白羽の矢が立った、と思うことにしました。

 とはいえ、一日中ハーレムの仕事ばかりともいきません。


 まずは、昨日頼まれたお仕事をかたずけましょう。


「ここですね」

 北側の橋にやってきました。

 お城をぐるりと取り囲む、お堀にかかる小さな吊り橋です。お堀から下を覗き込むと水が流れ、肉食魚が悠々と泳いでいます。

 周囲は手入れのされた裏庭です。立ち木と、色々な草花が咲き乱れてきれいです。


「なるほど、橋を支える基礎石の魔法呪印が消えかかっていますね」

 基礎石は構造を支えるだけでなく、魔術的な要石(かなめいし)でもあります。

 魔物の侵入防止、悪意のある野良の魔法使いや魔女が立ち入れないように。防御結界を構成する役割もかねています。


「苦手な部類ですけど、丁寧にやれば……」

 さっそく魔法の杖『携帯魔法端末(タブリュート)』を操作します。 

 結界系の術式と状態維持の術式の重ねがけです。

 とても複雑で難しいのですが、これぐらいできなくては王宮魔法師は名乗れません。


「……ふぅ、これでよし」

 時間がかかりましたが、なんとか修復できました。

 師匠のヴァリアルトさまが見たら何というでしょう?

『やり直し!』

 なんて言われそうです。

「はは……」

 そう言われないように丁寧に処置しましたが。


 風がユリトの髪を揺らします。

 空を見上げると、塔のようなお城の外壁が、太陽を浴びてキラキラ輝いていました。まるで天に届きそうな高さです。

 時おり、水晶の結晶を思わせる半透明の飛行物体が出入りしています。飛行結晶魔法(フライドクリスタル)の輝きです。

 大きな複数人で移動するタイプや、小型のひとり乗りタイプまで。あの一つ一つが魔法師そのものです。


 最上階部分は王族の居住エリア、空中庭園からはみだした緑がうっすらと見えます。

 あそこにハーレム殿があるのです。


「さて、と」

 折角ですから準備をしましょう。

 ハーレム攻略の準備を。


 周囲を見回すと、花壇からすこし離れた樹木のしたに、落ち葉と小枝が集められていました。

 きっと庭師さんがあとで処分するつもりなのでしょう。

「これでいきましょう」

 おあつらえむきな触媒(・・)をみつけました。

 さっそく魔法の杖『携帯魔法端末(タブリュート)』を操作し、杖の先で地面に円を描きます。


「よいしょっ……と」

 落ち葉と小枝の山を囲むように、魔法円を描いてゆきます。そして精神集中。

 魔法の詠唱を行います。

 ――地の精霊、水の精霊、木々の精霊よ。輪廻と万物の流転の理に従い、我が願いを叶えよ……。


 簡単にみえますが儀式級の魔法です。

 やがて魔法円が輝きました。青白い輝きは落ち葉と小枝の山を包みこみます。

 ボゥン……! と水蒸気の煙が立ち昇りました。


「……こんなもんでしょうか?」


 煙が晴れると、ムクムクと地面から白いものが起き上がり始めました。白い人間のような形ですがのっぺらぼうで、全身ぬるりとしています。

 身長はユリトと同じくらい。

 二本の脚で立っています。


「即席、きのこゴーレム、完成です」


 森の民であるエルフの血をひくユリトは、地の魔法や水の魔法の派生であるゴーレム錬成が得意です。魔法学校の成績はトップクラスでした。


 これをハーレム乙女さんの外出用「アバター」にしちゃいましょう。

 うん、いいアイデアです。


『……ノコ?』


「さぁ、おいで」

 ゴーレム制御術式は戦闘用ではなく一般業務用の標準術式で十分です。人間同様の動きが可能です。

 のしのしと全身真っ白な人形が、ユリトの後ろをついてきます。

 ハーレム殿を目指します。


「のわっ!?」

「ま、魔法師さま……そ、れは?」

 巡回中の衛兵さんたちが驚きます。


「あっ、すみません驚かせて。大丈夫です。僕のゴーレムですから」


 とはいえ、目立つのはよくないですね。

 人間っぽく偽装しておきましょう。


<つづく>

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― 新着の感想 ―
[良い点] 血臭漂う室内にユリトは立っていた。 ここには、とある『なーろっぱ』世界のハーレムが存在していたのだが、物語を紡ぐ神(さくしゃ)様が進捗の遅さに匙を投げたのだ。 それで『ハーレム始末人』であ…
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