ハレームに潜む、魔女のうわさ
――ハーレムに関わったものは身を滅ぼす、小生のように。
自称賢者のハイホリホルトはそう言いました。
「滅ぼす? それはどういう意味ですか」
「フフフ、言葉通りだよ可愛い少年くん」
「一言ごとに近づかないでもらえます?」
ハイフリホルトが一歩近づくたび、ユリトは一歩下がります。
魔法の杖を構えて警戒し、いつでも魔法を放つ構えは崩しません。
「そう警戒するな、親切で教えているのだぞ、んんー?」
警戒するなと言われても無理です。
ユリトの記憶が確かならば、ハイフリホルトは王立魔法協会から追放された魔法師です。
非正規の魔法師は、王宮には出入りできません。境界石として魔法呪印が城の周囲には無数に存在し、侵入を拒んでいるからです。
はっ、そういえば……。
――北側の橋、基礎石の魔法呪印が消えかかっておりまして。
「侵入口など、いくらでも見つけられるのさ」
なるほど。そういうことでしたか。
ユリトは魔法の杖で緊急通信の術式を励起します。
「では衛兵さんを呼びましょう」
「まて! 愛くるしい少年魔法師……! かつて、小生もハーレムに挑んだのだ」
思わぬ言葉にユリトは動きを止めました。
「ハーレムに?」
挑む、とはどういうことでしょう?
ユリトのようにハーレムの解散が目的ではないのは明らかです。
当時はまだ、解散なんて話はありませんでしたから。
もしかして、何か密命を帯びた潜入調査任務でしょうか?
「王国一の美女軍団、ムフフなハーレム乙女たちの色香を嗅ぎたかったのだ! ちょっと秘め事の覗き見を兼ねて、侵入を試みた!」
マントを振り払いふんぞり返ります。
「最低最悪の理由ですね!?」
呆れました。己の欲望に正直な方のようです。
「お色気ムンムンで、エッチな女の子たちに近づきたい、お友達になりたい、あわよくばその先も……! その何がいけないのか!?」
拳を握りしめて力説します。
っといけない。思わず唖然呆然として聞き入ってしまいました。
「ハーレムは王様のお住まいです、 無断侵入は重罪です!」
「ふん、だからこそ小生は王宮魔法師を追放されたのだ。この才能を放り出すとは長老派は愚かな奴らよ! いまさら戻って来いと言われても、もう遅いからな!?」
「なんで涙目なんです?」
誰も戻って来て欲しいなんて、言っているのを聞いたことはありませんし……。
結局、身を滅ぼすというのは身勝手な欲望で、進入禁止エリアに入って怒られて。それで追放されたってことじゃないですか。
この人と話すだけ時間の無駄でした。
ユリトはここを去ることにします。
結界を破ることは難しくはなさそうです。
「気をつけるのだ、愛らしいハーフエルフの少年!」
「ひゃっ!?」
いつの間にか超接近されていました。完全に間合いの内側です。油断しました。
ユリトの耳元に顔を近づけて、
「ハーレム乙女の中に『魔女』がいる」
「――!?」
ハーレムのある場所は、複雑な魔法封じの結界で囲まれています。それは王族の皆様の安全と、魔法師による不当な干渉を防ぐ意味もあるのです。
だからユリトはハーレム殿の内側には足を踏み入れませんでした。
踏み込めば、たちどころに魔法を失い、ただの人に戻ってしまうから。
なのに魔法を使う魔女がいるなんて。
それもハーレム乙女の中に?
信じられません。
「封魔結果の内側でありながら、一人だけ魔法を使える魔女がいる。彼女は……何を企んでいるのだろうね? 少年」
ユリトの横顔にかかる髪に、ハイホリホルトはそっと指を伸ばしてきました。
「そんなこと……信じられません!」
とっさに床を蹴り、背後に跳んで間合いを取ります。
着地と同時に魔法の杖を構えます。
衝撃魔法を叩き込もうとしましたが、視界に白い霧がかかりました。
「気をつけることだ。少なくとも俺様は、見破れなかった」
結界がゆらぎ、消えてゆきます。同時にハイホリホルトの姿も見えなくなりました。
気がつけば曲がりくねった薄暗い廊下が続いているだけでした。
元の空間に戻りました。
「何だったんですか……もう」
追放された魔法師、元賢者ハイホリホルト。
彼は警告をしに来たのでしょうか?
魔女が潜んでいる……と。
ハーレムに関わったものは身を滅ぼす。それは醜い欲望に絆されたから、という理由だけではないのかもしれません。
余計なお世話です。
魔女がいて何かを企んでいたとしても、関係ありません。
どんな困難や陰謀があろうと、目的を果たす。
ただそれだけです。
◇
「ふぅ、やれやれ」
王宮三階の官舎室に戻ってきました。
梁がむき出し、白い漆喰の壁。広さは6メル四方ほどの狭い部屋です。
魔法の熱源が揺らぐ小型の暖炉と、小さな窓がひとつ。壁際には古い机と椅子、それと小さな寝台だけの部屋。
明かりは魔法の常明ランプ。本物の炎を模していますが、熱くはありません。
ちなみにトイレとシャワー室は共同で、時間をずらして交代で使います。
王宮魔法師のなかでも「駆け出し」なユリトはお給金も少ないので、しばらくは官舎暮らしです。
実績を重ねれば、もう少しグレードの高い官舎に移れます。さらに上位になると、王族の居住エリア近くに部屋を与えられるかもしれません。
シャワーを浴びて、薄衣の夜着に着替え、魔法で髪を乾かします。
そして寝台で横になりました。
「さて、気を取り直して」
指で空中をなぞり、空間表示魔法の半透明の画面を浮かび上がらせます。
>【ユリト】こんばんは、起きていますか?
しばらくの間があって、やがて返信がありました。
>【ミリア】やっほー、ユリトくん。起きてるよ
>【ユリト】夜分にすみません
よかった。ちゃんとお話の続きができそうです。
>【ミリア】いいのいいの。お風呂入って、あとは寝るだけだし
>【ユリト】僕もです
>【ミリア】どんな格好をしてるの?
>【ユリト】ふつうのパジャマです
薄い絹でちょっとスケスケです。これが心地よくて楽なのですが、余計なことは言わないでおきましょう。
>【ミリア】あたしはねぇ……ネグリジェ!
>【ユリト】ゴ……ゴージャスですね
>【ミリア】みたい?
「……」
これは、どう反応したらいいのでしょう?
A:見たい見たい!
B:からかわないでください
C:僕も見せましょうか?
Aはエロい元賢者様みたいで嫌ですね。Bもすこし真面目すぎるでしょうか。
ここはウィットに富んだ返しのCをアレンジして。
>【ユリト】それは勿体ないので、代わりに僕が見せましょうか?
>【ミリア】きゃはは……! そうきましたか
これ以上話を掘り下げると、猥褻な映像の送り合いになりそうです。
話題を変えつつ、他愛もない話をつづけます。
賑やかで楽しい地下の食堂のことが話題になりました。
楽しい友達との食事のこと、大勢の人たちの騒がしい地下の食堂は、ハーレム殿とは正反対の世界でしょう。
>【ミリア】お城の食堂、見てみたいな。
きた……!
ハーレム殿から出てみたい。そういう気持ちはあるようです。
焦りは禁物です。
実際に連れて行きます、見学しませんか?
なんて言えば警戒されるでしょう。
ユリトはハーレムの外に彼女たちを連れ出すのが目的だということは、既に知られているのですから。
ここはさっきの会話とおなじ流れで、無理に押さず、退いてみましょう。
>【ユリト】ミリアさんを連れ出したら、他の乙女さんたちに怒られちゃいます
>【ミリア】それは……そうかも
意外に思ったかもしれません。
でも良い作戦を思いつきました。
>【ユリト】でも安心してください。魔法で城の中をご案内します
>【ミリア】え? え? どうやって?
>【ユリト】分身ゴーレムを使って……。あとは明日のお楽しみ!
<つづく>