非正規賢者、ハイホリホルト
「オラが魔獣の乾燥胆臓で、ユリトが可愛い髪飾りって、どーゆうこったヘルクート!」
ドムニカは顔を赤くしてまくしたてました。
「んー、何が不満なんだ? ドムニカの希望どおりじゃねぇか。そいつは滋養強壮、体力回復にいいんだろ」
「うっ……だども。ユリトのほうが可愛い……とか」
ごにょごにょと言いながらうつ向きます。
彼女の気持ちもわかります。お土産ならユリトと同じものをあげればよかったのに。ヘルクートは気が利くのか気が利かないのか、わからない男です。
「まっ! そう言うならよ、今度も買ってきてやるよ、ドムニカ」
背の高いヘルクートは軽い調子で、ぽんとドムニカの頭を撫でました。ユリトも彼女もいつも子供扱いです。ひとつしか年は違わないはずなのですが。
「も……もういいだ」
腰を浮かせていた彼女も、再び椅子に腰を下ろしました。
それでも、手にはしっかりと乾燥胆臓の袋が握られています。
「そのな……。実はその土産は、お守りってか願掛けみてぇなものなんだ」
ヘルクートは微笑みながら、ドムニカとユリトに交互に視線を向けました。
そしてテーブルの上に残っていたドリンクを一気に飲み干します。
「願掛け、ですか?」
初めて聞いた話です。
ユリトの左耳の上には、彼に付けてもらった小さな髪飾りが輝いています。若草色の髪に馴染むグリーンの葉っぱの形の七宝焼きです。
髪には魔力が宿り、邪眼除けの意味があります。
それでユリトは少し長めにしているのですが、可愛い顔立ちと相まって、あまり伸ばしすぎると女の子に間違えられる確率が増えるのです。
いまは顎のラインあたりで切り揃えていますが、ちょっと邪魔。なので髪飾りは実用的で嬉しいお土産でした。
「あぁ。俺たち王立特殊海兵隊は、危険な仕事さ」
「ですよね」
「んだな」
「領域外の魔獣や魔物との戦闘で、いつ命を落とすかもわからねぇ」
国境を挟んだ森林地帯や山岳、川や海などには危険な魔物が生息しています。
魔獣は野生の獣や鳥、植物や虫が魔素を取り込んで怪物になったもの。
魔物は「魔法の始祖」が眷属として産み出したと云われている怪物です。
「だから大きな仕事に挑むときは、帰ったら大切な誰かに渡そうって、土産を買うんだ」
なるほど、それが願掛けの意味なのですね。無事に帰ろうと言う祈りを込めて。
「そう……だっただか」
「初耳ですよ、そんな」
ふたりは顔を見合わせました。今までもヘルクートは時々、その土地のお菓子や珍しい果物を土産に買ってきてくれました。
気軽に受け取っていたのですが……。実は今回はよほど大きな仕事だったのでしょう。
「ヘルクート、ありがとう」
あらためてユリトはお礼を言いました。そっと髪飾りに指先で触れながら。
「ま、気持ちが伝わりゃ十分じゃねぇか」
吹っ切れたように微笑むヘルクート。
「気持ち……」
若干ドムニカは不満げですが、友達を想う気持ちは十分伝わりました。
と、ユリトがテーブルに立て掛けていた魔法の杖、『携帯魔法端末』が軽く音を奏でました。
「あ、失礼」
どうやら文字メッセージの着信です。
聖歴1978の現在――魔法通信は高度化、体系化されています。特殊な魔法処理された基板に、極小の水晶を無数に配置、魔法の情報伝達が処理されるのです。
駆動には持ち主の魔力が必要ですが、微々たるものです。昔は水晶玉や使い魔でやりとりをしていたなんて信じられません。
>【ミリア】やっほー♪
>【ミリア】ゆうごはんだよっ
ハーレム乙女のミリアさんです。
写真が添付されていました。
「わ……! すごい」
テーブルに上級貴族の食卓のような、豪勢で美味しそうな食事が並んでいます。いつもこんなもの食べているのでしょうか。
>【ユリト】美味しそうですね! いいなぁ
>【ミリア】ユリトくんも、食べにおいでよー
お誘いです。
もう夕御飯は食べちゃいましたし。ハーレムの中に立ち入ることはできません。
>【ユリト】そういうわけにはいかないのです。怒られちゃいますし(汗
>【ミリア】えーそうなの?(ぶー
>【ユリト】ごめんなさい
空間表示魔法の半透明の画面は、杖から半径1メルの空間に投影可能です。
視線誘導術式で操作しながら、思考した文字を入力、転送します。音声でもできますがドムニカたちといっしょなので遠慮しました。
>【ミリア】ユリトくんは、いつもどこでご飯を食べてるの?
>【ユリト】お城の地下食堂です。安くて美味しいんですよ
>【ミリア】え!? 地下に食堂があるの? 知らなかったー!
あ、これはいい流れかも。
外に興味を持ってもらえれば、出て来てくれるかもしれません。
ハーレム乙女さんは、かつて城の中さえ自由に歩けませんでした。
限られた王族の居住エリア、塔の上にある王族たちのお住まい、広い入浴場に花の咲き乱れる庭園エリア。ですが今は違います。その垣根はもう無いのです。
「って、何やってるだ、ユリト」
「魔法通信か? まさか……女か!?」
はっとして視線を戻すと、ドムニカとヘルクートが興味津々で、目を皿のようにして見つめています。
「えっ!? あっ……いえ、その」
視覚偏向術式でフィルターしているので、ユリトの視界からは半透明な窓も、向こうからは光の板以外は見えないはずです。
「ユリトの場合、男でも安心できねぇべ」
「そ、そうなのか!?」
「おめぇさんがそれを言うだか……」
ヘルクートの反応に、湿った目付きで応じるドムニカ。
「二人とも何を言っているんですか、もう」
でも、あまり詮索されると面倒です。なんたってハーレム解体は極秘任務。友達とはいえども、今はまだ大っぴらには話せません。
>【ミリア】誰かいるの? 友達? まさか……女の子!?
こちらの反応が途絶えたことが気になるようです。
ミリアさんとの会話は今後の糸口としても大切です。
>【ユリト】すみません、またあとでお話ししませんか? ミリアさんのお食事がおわってから、ゆっくりと。
>【ミリア】んーっもう、まったねー!
「ほっ……」
向こうもお食事の時間のご様子。一旦終わらせることにします。
ドムニカとヘルクートが見つめています。
「仕事ですよ。魔法師なのでいろいろと」
「なんかいつもと違う」
ドムニカの一言にドキリとします。女の子の勘は鋭いです。
「そ、そうですか?」
「まぁ深く聞くもんじゃねぇ。男にゃいろいろあるんだよ。な、ユリト」
「は、はい」
ヘルクートが助け船を出してくれました。でも、杖を手に席を立ちます。
「僕、用事ができたので、これで失礼します。また明日」
「なんでぇ、もういっちまうのかよ」
少しがっかりした様子のヘルクート。
「髪飾り、ありがとうございました」
「お、おう!」
ユリトが微笑むと、ヘルクートは「へにゃっ」とだらしない笑顔で応じてくれました。普段は強面で魔物と戦っているのに、友達の前では子供の頃と変わらない、そんな彼がユリトは好きです。
「では、また」
ユリトは地下食堂と友人たちに別れを告げ、王城内を進みます。
王城内の3階にある官舎――魔法師や官僚が借りられる部屋に戻り、ミリアと文字通信を続けるのがいいでしょう。
だけど、その前に調べるべき事があります。
覇愛麗夢十二嬢姫についてです。
メリアも含む12人のハーレム乙女たち。
王宮魔法師の長老カレティール様から、詳しいことは教えられていません。図書館で調べようとしましたが、ざっと見た限りで記載もありません。
そもそもハーレムの内情は極秘なのです。
存在は誰もが知っていて、いろいろな噂は耳にしますが、厚い秘密のヴェールに包まれています。
「さて、困りました……ん?」
廊下を歩いていると人の気配が消えました。
何人もの人たちとすれ違い、声もしていたのが急に静かになりました。
色彩も変です。淡い色調に変わり、見回しても人の気配がありません。
「異相空間……」
思わず『携帯魔法端末』を握る手に力が入ります。誰かが、ユリトを特殊な結界で包み、世界の断層に誘い込んだのです。
いきなりこんな招待をするということは、魔法戦闘でも仕掛けるつもりなのでしょうか。でもここはお城の中。まさかそんなことをする人は――
「いるんですね」
空間を切り裂き赤い刃が飛んで来ました。三日月のような薄い刃です。
――対空間戦闘、弾道予測オブ転移!
呪文を脳内で詠唱。瞬きの速度で、前面に薄い転移シールドを展開。
どうやら間に合いました。赤い魔法の刃は、明後日の方向へ飛び去って消滅しました。
「誰ですか? 新人いじめですか?」
ちょっと不機嫌にいってやります。危ないことをするのはご法度のはずですが。
「フハハ! なかなかやるではないか、可愛らしい少年魔法師よ」
なんだか癇に障る笑い声を響かせながら、空間がモザイクアートのように揺らぎました。そして、紫色のマントを羽織った男がゆっくりと姿を現しました。
二重の異相空間で身を隠していたようです。
ということは上位の魔法師です。
糸のような目、薄い唇、青いワンレングスにまとめた髪。
「あなたは……」
「小生の名はハイホリホルト。城の裏門の番人、影の魔法師、闇の調停者……!」
「どれが二つ名なんですか?」
「ならば非正規賢者、とでも呼んでもらおう」
「最初のはなんだったんですか……」
思わずユリトはジト目で相手をにらみます。
なんなんですか、この人は。
胡散臭すぎます。
でも、ハイホリホルト? あ……魔法師名鑑で見た気がします。数年前、何かやらかして追放された魔法師だったはずです。
「ちなみに、さっきの魔法は服だけを切り裂く。小生オリジナルのエッチな魔法。むしろ避けずにいてほしかった……くっ!」
悔しそうに唇を噛みます。
「うわぁ」
ヤバイひとに絡まれました。
お城には大勢の人間がいますが、中にはこういうワケのわからない人も潜んでいるのです。
「身の危険を感じたので、制限解除しますね」
殺傷系の戦闘魔法の使用制限を解除。杖を構えます。
でないと何をされるかわかったもんじゃありません。
「まっ、まちたまえ! 可愛い少年魔法師くん」
「近づかないでいただけます?」
ハイホリホルトさんは両手を広げて薄笑い。にじりよってきます。
全身はヒョロガリで、銀色のピッタリしたタイツみたいな服です。股間が妙に気持ち悪い。
「警戒しなくて大丈夫だ。さっきのは君の服を破……じゃない、実力を試したまで。ね?」
「ね、じゃありませんよ」
危険人物認定してますから。
「本題に入ろう。君は……身を滅ぼす!」
変なポーズで指を向けてきました。魔法かと思わず身構えます。いちいち怖いんですけど。
「な、何の事です?」
「ハーレム乙女と交流しはじめた。ちがうかな」
「……!」
なぜそれを。
今日ハーレムに踏み入ったばかりなのに。この魔法の結界でどこからか見ていたのでしょうか。
ユリトの沈黙を肯定と受け取ったようです。
「ムフフン。小生は城の裏事情に詳しい男! 正規労働の魔法師どもの動きも、会話もバッチリこのとおり」
「通報しますね」
「まてまて!? ハーレムに関わったものは身を滅ぼす。だから誰もやりたがらない。手をだせば、必ず滅ぶ……!」
「な……」
「この、小生のようにな」
<つづく>