働かざるもの、食う寝る遊ぶ
新連載です!
よろしくお願いします★
「みなさーん、このハーレムは閉鎖が決まりました!」
ユリトは明るくはっきりとした声で告げました。
しん……と静まり返った室内。ハーレム殿には甘いお香の煙が漂っています。ピンクの魔法照明が淡く照らす紗幕の向こう側に、妖艶な女性たちのシルエットがいくつか浮かんでいます。
……あれ、無反応?
思わず小首をかしげます。が、
「「「はぁあああああ!?」」」
「ざっけんなよ、コラァ!」
「断固拒否じゃボケぇ!」
一瞬の静寂を破って怒号が爆発。地鳴りのような大ブーイングが響き渡りました。
「で、ですよねー?」
ユリトは顔にひきつった笑みをうかべ、思わずあとずさり。
「今さら追放しようなんて、もう遅い! ぜったいに出て行かないんだからね!」
ツンデレ幼馴染みたいに全力で拒否されました。
乙女たちの顔や姿は薄暗くて見えませんが、ゴゴゴ……と凄まじい圧を感じます。
ハーレムで暮らすのは12人の乙女たち。
王様のありとあらゆる欲望、性癖や趣味趣向に対応できるよう、あちこちからスカウトされた選りすぐりの精鋭たち。
「これが噂の『覇愛麗夢十二嬢姫』……!」
通称――トゥエルブ・プリンセス。押し寄せる乙女たちの強キャラ感に圧倒されます。
「ところでキミ、見かけない顔ねぇ、新人さん?」
「半ズボンに青マント……。王宮魔法師かしら?」
「あ、ハーフエルフなんだね、かわいいー!」
「あれれ、君ってば女の子? 男の子?」
「ぼ、僕は男ですっ! 王宮魔法師になったばかりです。申し遅れました、ユリトっていいます。ユリト・アチャーモレノ」
くりっとしたどんぐりみたいな眼に、愛嬌のある整った顔立ち。若葉を思わせる色合いのさらさらストレート髪から、先のちょっと尖ったエルフ耳が覗いています。
手には杖型の携帯魔法端末。ユリトは王宮でも珍しいハーフエルフの魔法師なのです。
「かっ……! 可愛い!」
黄色い歓声があがりました。バカにしてるんですか、もう。
「ボク、いくつかなー? うふふ、こっちにきて、お姉さんたちとお話しよっか?」
こうみえても16歳。子供に間違われますが、成人です。
「ハァハァ……。遊ぼう、ね? 脱いで、脱ぎっこしてあそぼうか? いい子だから、ハァハァ」
かなりヤバイ人もいるみたいです。イタズラする気満々です。夜道でよく遭遇する手合いそっくり。ねっとりと絡みつくような視線を感じます。怖い。
「いっ……いえ、僕はそういうのは……ちょっと、遠慮しときます!」
まさに「とって食われ」そうな雰囲気です。
ギラギラした欲望の眼差しを紗幕越しに感じます。正直、女郎蜘蛛の巣に迷い込んだ蝶って、こんな気持ちなんでしょうか……。
すっかり逃げ腰、というか逃げ出したい。
こつん、と踵に何かがあたりました。
「いっ?」
お酒の空き瓶でした。見れば床一面にゴミが散らばり、脱ぎ散らかした衣服や下着が散乱しています。
甘い匂いに混じり酸っぱいような臭いも……。
華やかで妖艶なハーレムのイメージに、ちょっと退廃的な空気が漂っています。
現王陛下は「真の愛」に目覚め、ハーレムには一度も足を運んでいないとか。
清廉潔白な現王陛下はお優しいお方ですが、ハーレムには興味がないようです。
そのせいでしょうか。噂以上に乙女のみなさんの心も荒んでいるような……。
だからって逃げ帰るわけにも行きません。
使命があるのです。
まずは乙女さんたちとお話だけでもしなきゃ。相互理解が大事です。それで友達になれば、悩みなんかも聞き出せるでしょうし。
そこで救いの声が聞こえてきました。
「ごめんね。お姉さまたち、飢えてるから」
「怖がらせちゃったカナ? カナ?」
「いっ、いえ! そんなことないです」
なぁんだ、まともな人もいるじゃないですか。薄い天幕ごしに優しげな声は続けます。
「ここの暮らし、けっこう気に入ってるんだ」
「ごはんはタダ、遊んでていいし」
「働かなくていい、一日中ゴロゴロしていられるもんねー!」
「王様もぜんぜん来ないから、暇だけどにゃ」
「どこにも行くあて無いし……ここがいい」
「そうですか」
なるほど。
ハーレムで暮らす女性のみなさんは、閉鎖には反対みたいですね。
お考えはすこし違うようですが、やっぱり、というか当然の反応でしょう。
衣食住すべて無料。
給仕たちが朝昼晩、食事やお酒を運んできます。横には大浴場も完備、プレイルーム……個室も共同寝室も快適な温度に保つよう、24時間魔法で空調されているのですから快適そのもの。
外出の自由はありませんが、それなりに娯楽もあるのだとか。
最近は魔法通信による魔法端末を使った娯楽が人気。魔法の動画サイトで冒険者の投稿動画を見たり、酒場の人気歌い手さんの真似事を投稿したり……。魔法の通信対戦ゲームも人気らしいです。
つまり、悠々自適のエリート・ニート生活を満喫されているわけですから。そりゃぁ出ていきたくないでしょう。
働かざるのに食う寝るあそぶ。
普通なら許されません。羨ましい限りです。
「こんな生活、僕がしたいくらいですよ」
むーっ、と頬をふくらませるユリト。いけない、思わず本音が出てしまいました。
快適なハーレム生活をやめてまで、出て行きたくないって気持ちもわかります。
うーん。
これは骨が折れそうです。
だったら、
食料を減らして兵糧攻め?
衛兵で強制的に排除すればいいって?
いえいえ、とんでもない!
そんなこと出来ません。人権第一、乙女のみなさんの気持ちこそ大事です。
それに……。今や世界はひとつ。超高速の『魔法通信』によってあらゆる情報が一瞬で世界に伝わります。
王国の臣民たち、貴族も庶民にも一瞬です。他国にだって伝わります。映像と音声がたちどころに全世界の知るところになるのです。
手荒な真似や強引な手段はぜったいダメ。
それこそ世界中に醜聞を晒し、非難の的になって炎上してしまいます。
ここ――神聖ヴァームヴゥフェン王国の評判は、地に落ちてしまうでしょう。
それはまずい。
実にまずいのです。僕の初仕事なのですから、がんばらなきゃ。
『乙女たちの社会復帰をサポートするのじゃ』
王宮魔法師の長老カレティール様からはそう言われたのですから。
――穏便に事を進めるのじゃ。
手段は問わぬが、手荒な真似は絶対にダメじゃ。優しく、親身になることじゃ。
そのかわり、資金も魔法も。いくらでも使って構わぬからの。
乙女たちの願いを叶えるのじゃ、ユリト。
彼女たちの、社会復帰、帰郷、起業でも、なんでもよい。願いを叶えてあげることじゃ……!
『はいっ!』
今更ですが、とても大変な仕事だと思い知らされました。
というか、こんな新人の僕――ユリトに白羽の矢が立ったのは、こんな面倒な仕事、誰もやりたくないからなんでしょうねー。
大人ってずるい。
「さて、どうしたものでしょう」
ユリトは頬にかかる長めの髪を耳にかきあげ、しばし考えます。
まずはハーレムを、乙女のみなさんのことを知らなくては。
己を知り、ハーレムを知れば百戦危うからず。
さっそく魔法の杖『携帯魔法端末』を操作します。
「僕と……友達になってください!」
十二人の乙女たちが全員持っているハンディ・タブリュート。
ユリトはそれらに『ともだちアカウント』を送信しました。
ハーレム乙女たちのアカウント名は、王宮人事院から事前に入手済みです。
ピンピロリン♪ 着信音がして乙女たちのタブリュートが輝きました。手のひらサイズの手鏡、あるいはお化粧用品のコンパクトみたいな形です。
「あ……なんか来た」
「ユリトくん? わ、友達登録だ」
「べ、別にいらないんだけどね! しょ、しょうがないから……登録してあげる!」
「ヒッヒヒ、未成年……男の娘アドレス……ゲット」
「ハァハァ……男……友達ィイ」
「ブロックよ! だまされないで」
「いーじゃない、姉さんこれぐらい」
「登録、おねがいしますね。まずは皆さんとお話ができたら嬉しいですし……」
反応はさまざまですが、どうやら第一歩はうまくいったようです。
ピンピロリン♪
早速、返信が返ってきました。
「あ、ありがとうございます!」
嬉しいです。
空間表示魔法で投影、半透明の画面に内容を投影、手元の30センチメルの空間に映し出します。
「……ッ!?」
それは全面肌色でした。谷間が写っています。
「わぁあっ!? だ、誰ですかこんな……、は、裸の写真を送ってきたのは!?」
ユリトは赤面し思わず顔を背けました。
そのウブな反応に含みわらいがおこります。
「きゃはは……! それ、あたしの二の腕だよーん!」
「え? あっ、ほんとだ。もう! やめてくださいよ、からかうのは」
「ごめんねー。でも期待どおりのいい反応が見れたなーって」
明るい笑い声と同時に、空間表示魔法にアカウントネームが浮かび上がりました。
>ミリア
>ユリトくん面白い……♪
「あ……」
どうやら、最初の友達ができたみたいです。
<つづく>
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