最後の乙女と、新たなる旅立ち
◇
「君にはしてやられたよ。可愛らしい魔法師くん」
ハイフリホルトが壁際に立っていました。ハーレム殿の外の廊下です。追放された魔法師が、影の中から滲み出てきたので少々驚きましたが。
「……何のことでしょう?」
「ハーレム殿は人形だらけ。すべてフェイク……! そっくりさんのゴーレムとすり替えて、少しずつ故郷に帰すとは考えたものだよ。これなら対外的な体面も保てる」
内通者がいるのでしょう。ハーレム殿の解体の具体的方法、ゴーレム入れ替え作戦については全て伏せられていますから。
ユリトはの携帯魔法端末を構えました。
「極秘事項です。部外者とは何も話せませんね」
「冷たいな君は。可愛い顔をして。小生と君の仲じゃないか」
ユラリ、とハイフリホルトが動きました。影と一体化したまま昏く虚ろな顔を向けてきました。
ハーレム乙女12人中、11人はすでにそれぞれの道を歩み始めました。
故郷に帰った乙女さんが多いですが、新しい土地で別人として暮らし始めた方もいます。
最後の一人を除いて。
「あなたと親しくなったつもりはありません」
「小生をたぶらかした魔女を討ちたいだけだ。そこをどいてくれないか」
空間が断裂しました。
赤黒い亀裂が、ハイフリホルトの周囲に展開し、ユリトを包み込んでゆきます。隔絶された戦闘結界です。
「目的はメリアさんでしたか」
「魔女を逃がすわけにはいかないのだよ」
「魔女だろうがハーレム乙女です。僕は、責務を果たします」
ハーレム乙女に新しい人生を歩ませる。それがユリトの使命なのですから。
「可愛い少年を傷つけるのは本意ではないが」
空間の亀裂から稲妻が襲いかかります。
「くっ!」
ユリトは携帯魔法端末を床に立て、電撃をかわします。見えない壁、防御魔法を幾重にも展開し、激しいスパークが炸裂します。
なんという威力でしょう、上位魔法師の攻撃がこれほどまでとは。
ユリトも光の矢を放ちますが、直前で霧散します。
「稚拙だな、愛らしい少年よ」
相手の展開した戦闘結界ではこちらが不利です。
ハイフリホルトが突っ込んできました。黒い稲妻を放ちます。ユリトはバックステップで逃れます。
隔絶された空間では逃げ場はありません、が。
「――でぇやぁああああ!」
「なにっ!?」
隔絶された戦闘結界が切り裂かれました。崩壊する赤黒い結界の隙間から、魔法剣を持った戦士が飛び込んできました。
「無事か、ユリト!」
「ヘルクート!」
稲妻が襲いかかりますが戦士が盾となりユリトを護りました。手にもった対魔法剣は魔法を絶ち、魔法甲冑は攻撃を受け付けません。
「ずりゃぁ!」
魔法を切り裂き、無効化します。
「く……っ!」
ハイフリホルトが魔法を放ちますが、続々と飛び込んできた特殊部隊員たちが、戦闘結界を破壊し、身柄を拘束しました。
「確保!」
「おかげで助かりました」
「あたぼうよ、親友!」
ユリトが微笑むとヘルクートもフェイスガードを上げ、照れくさそうに微笑み返しました。
「ま……魔女メリアは小生を騙し、ハーレム乙女とすり替わっていたのだ!」
拘束されたハイフリホルトが叫びます。
真実が明かされました。
メリアさん自身がすでに誰かと入れ替わっていたのですね。
キノコゴーレムを通じた映像の録画を再生し確認すると、ユリトはあることに気が付きました。
その家にはすでにメリアさんそっくりの遺影が飾られていました。
これで合点がいきました。
「いちど家に戻った時、メリアさんのご家族は『ありがとう』と言っていました」
あれは本当の家族ではなかったのです。
「なぜ……!?」
「入れ替わった別の誰か。ハイフリホルトさんのおかげで、ハーレムを抜け出すことができた乙女のだれかです」
家に戻りたいと願ったのでしょう。
方法はわかりませんが、魔女メリアさんは彼女の願いを叶えた。
「メリアさんは契約を果たしたのでしょう。ハイフリホルトさんを騙したかもしれませんが……」
所業がバレて追放されたことは同情しますが。
ユリトは踵を返します。
「ユリト……どこへ?」
ヘルクートが尋ねます。
「メリアさんをご自宅へ」
◇
「メリアさんは最後でよかったのですか?」
「えぇ、ユリトくん」
穏やかな笑みを浮かべ、手をつなぎます。
ハーレム乙女、最後の一人はメリアさんでした。
魔女としての素性を隠し潜んでいた彼女も、今日から晴れて自由の身です。
「これからどうなさいますか?」
「何処にでも行けるのよね」
「えぇ、もちろん」
半透明の水晶、飛行結晶魔法がユリトとメリアを包みました。幾何学的な立体パズルのような結晶が、空間を切り離して浮上します。
「海の見える町がいいわ」
「どこへでも、お望みの場所へ」
結晶は蒼空へと滑り出しました。
新しい世界へ向かって。
<Fin>
こうして、ハーレム乙女たちは幸せになりました。
最後に。
ユリトたちのコソコソ噂話を。
ドムニカ「王様の真の愛って素敵だっぺぇ」
ヘルクート「そりゃぁ……真の愛だからな」
ユリト「えぇ、まぁ」
王妃になったお方は、美しいエルフでした。
美形ですが性別は「男」という噂です。
でも!
そんなことは真実の愛の前には関係ありません。王様と王妃様は深く愛し合いましたが、お世継ぎが生まれることはありませんでした。
※養子をもらったようです。
ヘルクート「いい話だなぁ……!」
ドムニカ「ユリトの手を放すだ!」
ユリト「あはは……」
お読みいただき感謝です!
ありがとうございましたっ!★