8.花には引き立て役が必要
「ベル・ベチカさん、あなた没落した貴族の娘さんなんですってね」
(きましたわ)
編入の挨拶を済ませて令が席に座っていると、周りを如何にも貴族の子女という感じの髪型と態度の少女たちが取り囲んだ。ベルはそれを待ち望んでいた。
「まあ、だからその制服も新品ではございませんのね」
(いいですわぞ、もっとおねがいしますわぞ)
お嬢様言葉を使い慣れていないベルはとっさに間違えないよう、心の中でもお嬢様言葉を使うようにしていた。
「髪飾りの一つもつけていないなんて」
(もっとやってくださいまし)
そんなベルが最初にやらなければならないのは同情を買うことだ。
貧しく健気な美少女といえばもう金持ちのボンボンは無条件で養いたくなるもの。そういうムーブをかますためにもこうやって嫌がらせをしてくる貴族の娘というのは必要な配役なのだ。
ベルは編入してくるまでどうやったらそのポジションになれるか考えていた。クラスに馴染んでからでは遅い。なるべく初めからそういう感じになっておくと刷り込み効果で養いたくなるものなのだ。
だから、ドジっ子アピール、無駄に高い声音、変な語尾、色々と考えていた。しかし、それらは全て不要だった。
なぜならこうして頼もしいクラスメイトたちが勝手に引き立て役を買って出てくれるからだ。
よし、後は適当に涙を我慢する演技をすれば完璧だな。
「なんて、可哀そうなのかしら」「辛かったら言ってくださいまし」「心細いでしょう、今日はわたくしたちと一緒に学院を回りましょう」
「え?」
▼▼▼
(かっしーなー、なんでやろなー)
令は心の中で何度も首をひねった。だって突然編入してきた女子生徒が満点で美少女で健気とくればもう嫉妬を石炭にしてお嬢様たちがシュッシュポッポじゃないのか? 数々の乙女ゲーで男を落としてきた令にとってはこのパターンしか知らないため今の状況には困惑するしかなかった。
「さあ、こちら、うちのシェフに作らせたムニエルですの、はい、あーん」
「あーん」
「まあずるいですわ。ベル様、こちらのエスカルゴはパンとご一緒にいただくとおいしいのです、あーん」
「あーん」
「まあまあずるいですわ。こちらの鴨のコンフィはいかがですか、あーん」
「あーん」
中庭でベルがお嬢様に囲まれて餌付けされている。
予定では今頃は学院の嫌味なお嬢様たちに教室から追い出されてジメジメした校舎裏で便所座りしながら焼きそばパンを食べていたはずだったのだ。それがどういうわけか日の当たる中庭でお食事会になっている。
「ベル様、そちらのパンは何ですの」
「あらパスタを挟んだパンなんて斬新ですわ」
「でもこのパスタ不思議な色合い、イカ墨かしら」
ベルの持っていた焼きそばパンがお嬢様たちに見つかってしまった。興味津々に覗き込まれたために隠すタイミングは無かった。
「これはその、違いますの、家にあったものを適当に挟んで来たものですの」
なんとなく恥ずかしくて言い訳をする。しかし、お嬢様たちは心まで麗しくていらっしゃるようで物珍しさからの興味はあっていてもバカにしているような様子は無い。
ベルはほっとしつつもどこか残念だった。
まあ、こんな平和な一日も悪くは無いだろう。悪役令嬢はきっともう流行っていないのだ。
そんな麗らかな陽だまりの中で唐突にその声は木霊した。
「おーほっほっほっほ、なんですのなんですの何やら貧乏くさい匂いがいたしますわよ」
「あら、コーネリアス様、ごきげんよう」
「コーネリアス様は今日もお元気ですのね」
「コーネリアス様の高笑いを聞くと、一日が始まった気がしてわたくし安心しますわ」
なんかチャイム扱いされているが彼女はもしかして悪役令嬢なのだろうか?
色とりどりのアニメみたいな髪色の同級生の中でも目立つ、紫がかった豪奢な長髪をたなびかせた令嬢の登場に令は思わず期待する。
両足を肩幅程度に広げ、左手は腰に、右手はどこで売ってるのかわからないやたらと羽毛が付いた団扇を斜めに顎に添えて、高らかに笑うその令嬢のポーズは間違いなく悪役令嬢がやっているやつだ。間違いない。
いやしかし、それにしては周りからの扱いがなんか軽い。もっとこう変に持ち上げられるか嫌われているか、悪役令嬢というのはそういう扱いなんじゃないのか? もう少し様子を見てみよう。
「そちらの方が、新しくいらっしゃった編入生かしら。なんだか貧乏くさいですわよ」
「うふふ、コーネリアス様は人とのコミュニケーションが苦手ですの」
「なんだか語尾が変でしょ。これでも随分ましになったんですのよ」
「編入当初は確か、ですわぞ、とおっしゃっていらしたわ」
確か俺の前に編入試験で最高得点を取っていた令嬢がいたはずだ。噂話でしか聞いていなかったがどうやらこちらの令嬢が件の編入生だったようだ。しかし強烈だな。
「あの、初めまして。私、ベル・べチカと申します。あの、生家が没落していまして、すいません」
「あらあらあら、没落? ぼ、つ、ら、く、ですの? 怪しいですわよ。最近は没落した貴族の隠し子を名乗る詐欺師がいるとかいないとかいるとか。これは怪しいと、わたくしそう思いますわよ」
「ぎくー」
ベルの額から汗がだらだらと流れる。この悪役令嬢、ギャグ枠かと思っていたが意外と鋭い。いや一応、編入試験歴代2位なのだから当然と言えば当然なのだが。
ベルは歴代1位の頭脳をフル回転して考える。とにかく言い訳を並べなければ、沈黙は肯定を意味してしまうのはディベートの基本だ。
「わたし、その、お母様が愛人で、ぐすん、お家のことはよくわかりません。教育も普通の一般家庭のもので、上流階級のことはよくわかりませんし。偽物と言われても仕方ありません。ぐすん」
完璧だ。これはもう同情不可避だろう。その辺のP活おっさんなら諭吉さんを援助してくれるだろう。純真なお嬢様ならなおさらだ。
「まあ、なんて可哀そうなのかしら」「わたくしたちはいつでもベル様の味方ですわ」「さ、こちらのガレットを召し上がってくださいまし」
ベルの周りにいるお嬢様たちは一斉に同情して疑いなど一つも抱かない。だが一人だけ、自分の思い通りにならなかったコーネリアスが悔しそうに見ている。
「きー、覚えてらっしゃい。いつか化けの皮を剥いで差し上げますわぞ」
気が高ぶったのかコーネリアスが昔の語尾をつけた捨て台詞を吐いて走り去っていく。漫画の様に上がる土煙が穏やかな春の日差しにアクセントを入れる。
そんな麗らかな中庭でお嬢様たちはコーネリアスの後姿に手を振っていた。
(今日び、あんな完璧な悪役お嬢様、おらへんで)
お嬢様から差し出されたガレットをかじりながら令はそう思った。