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7.お嬢様対決

 ベルは今、コースレア公爵家の別荘に来ている。ここは公爵が首都の学園にご息女が通うことになった際に建てさせた、コーネリアスだけの邸宅だった。

 流石は王国有数の貴族が所有するだけのことはある、実に見事な白磁の館は中に住む令嬢の高貴さを物語っている。何も知らない人間は少なくともそう勘違いするだろう。


「あー、ゴホゴホ、それでベル・ベチカさん。今日は何のようですわよ」


 コーネリアスは風邪気味なのか枯れた声で来客であるベルに話しかける。病気ともなれば毛布をかぶった無作法な姿も致し方あるまい。むしろ、そんな時でも学友の頼みを無下にしない心根の良さを称賛すべきかもしれない。


「コーネリアスさん。今日はなんだか声が野太いですね」

「そういう貴方は、なんだか逞しくていらっしゃいますわよ」


 しかし、互いに投げかける言葉はどこか棘があり、病気を押して友好を温める間柄には見えなかった。


「コーネリアスさん、もう腹を割って話し合いましょう。あなたは魔法の学生服で変装していますね?」

「ふん! 何をバカバカしい。貧乏で頭がイカれたのですわよ?」


 あくまで白を切るコーネリアス。当然だ、ただの没落貴族であるベル・べチカと公爵家の令嬢では失うものを違いすぎる。単純な弱みのトレードオフに見せかけた一方的な取引をコーネリアスの慧眼は見逃さなかった。


「別に私はコーネリアスさんをどうこうしようなどと考えてはいません。ただ、お互い協力することができるんじゃないかと。そのためにも正直に話し合うべきだと思うんです」

「……」


 ベルは一度撥ねつけられても諦めることはしない。根気強く頑なな心を解きほぐそうとする。

 その姿に心を打たれたのかコーネリアスはわずかにためらいを見せる。

 よし、あと少しだ。もう少しでコーネリアスから弱みを引っ張り出せる。そうなればこちらのもの、公爵令嬢からたっぷりと金を搾り取って優雅で自堕落な生活を送ってやるのだ。ベル・ベチカとしての生活が風前の灯火となった今、一発逆転の機会はここにしかない。

 ベルは内心で悪い顔をしながら、表面は親切そうな淑女のまま、ただ体はムキムキの異様な風体でコーネリアスに真摯に向き合う。


 りょうがコーネリアスの正体に疑いを持ったのは意外にも早く出会ってすぐのことだった。

 何が怪しいって、あのお嬢様言葉以外にないだろう。最初はふざけているのかと思ったが、本人は至極真面目。何か間違った教材で学んだ結果あのような言葉使いになったに違いなかった。

 そうやって疑いの目で見ていると他の人間には分からない違和感がボロボロと出てくる。

 演技臭い喋り方に、服装は常に学生服。入学がちょうど一年前。そして、何かと男に粉をかける。


 分かる、分かるぞ。


 りょうにはコーネリアスの正体が手にとるように分かった。もしもおっさんがある日突然美少女になったら。それでちやほやされた日には。

 とりあえずイケメンを捕まえたくなるのだ。どうでもいい男でもとりあえず自分に惚れさせてキープしておきたくなるのだ。そうすることで自尊心が最高に満たされるのだ。

 りょうもそうだったから分かる。

 つまり、コーネリアスの中身がおっさんであることは間違いない。そうすると、これはウェスホーク王国でも類を見ない醜聞となる。何せ公爵令嬢として社交界を賑わせていた美少女が実はおっさんで、つまり貴族のボンボン共は雁首揃えておっさんを口説こうと躍起になっていたのだ。こんなことが明るみに出れば、ウェスホークの明日を担う若きエリートたちの心に消えない傷が残り、もしかしたら新しい性癖に目覚めてしまうやもしれない。

 それは絶対に回避したいはずだ。そのためなら一人の人間が一生遊んで暮らせるぐらいの端金、ぽんっと出してくれるはずだ。間違いないはずだ。

 期待に予想を上乗せした際どい吊橋を、しかしりょうは渡らねばならない。そうしなければ明日にも野垂れ死んでしまう。異世界で生きていくというのはここまで過酷なことなのだ。


「……。分かりましたですわよ。ベルさん、貴方の言う通り、わたくしは実は本物のコーネリアスではないのですわよ」


 勝った。


 勝利を確信したベルは目を輝かせる。そんなベルの様子に気付かずコーネリアスは続ける。


「実は、わたくしは、ただのしがない美しいだけの村娘だったのですわよ」

「は?」


 だがしかし、コーネリアスの言葉はりょうが期待したものではなかった。


「嘘を付くな嘘を。お前はどう考えてもおっさんが美少女に化けたんだろ。その野太い声は酒やけだろう」

「嘘ではないですわよ。わたくしは、あくまでも美少女ですわよ」


 流石は、コーネリアス。ここまで伊達にイケメン共を誑かしてきただけのことはある。

 ここで白を切られてはりょうに次の手はない。ここで終わりなのか。夢の働かなくとも贅沢できる生活はもう手が届かないのか。そう思った刹那、天から助けが舞い降りた。


「りょーさーん、お元気でしたか―」


 天から舞い降りたのはサリーだった。

 唐突に空間に湧いた魔法陣を通って少女が現れる。


「いやーまいりました。とつぜん、おししょーに呼ばれて、なんのことかと思ったら、温泉りょこ―だって。はい、これ温泉まんじゅーです」


 手渡された茶色いスイーツはまだ暖かい。どうやら旅行先の温泉から直行で来たようだ。


「あれ、りょーさん、どーしたんですか? そのかっこう?」


 温泉に入りツヤツヤになったもち肌でサリーが無邪気に聞いてくる。

 りょうの魔法の学生服は最早暴走寸前で体のムキムキ具合は本来の肉体を遠く離れ、ステロイドをキメた人間にしか到達し得ない領域に足を踏み入れていた。


「サリーちゃん、それがカクカクシカジカで」

「はいっ、わかりました。だいじょーぶです。こんなこともあろうかと、実はいっちゃく、お客様にげんてーで、とくべつぷらいすでご提供です」


 魔法のように取り出したのは、まごうことない新品の学生服。ボロボロになったりょうのものとは違う。期限切れを起こしかけているコーネリアスのものとも違う。

 あの制服があれば。


 りょうは手を伸ばしその学生服を掴む。そして、そっと引き寄せ、……、引っ張り返された。

 よく見れば学生服の反対側を掴む中年男性がいる。先程までコーネリアスが被っていた毛布は床に無造作に放り出されていた。中にいたはずの少女はどこにもいない。ただ中年が一人。


「やっぱり男じゃねえか」


 その一言でついにかろうじて残っていた魔法の学生服の効力が切れた。顔だけベル・ベチカだったのが完全に女子学生服を来たおっさんに変身する。しかし、相手も負けてはいない。女子学生服から覗くすね毛だらけの足を惜しげもなく踏ん張り制服を引っ張る。

 うんとこしょ、どっこいしょ。それでも学生服を奪えません。

 互いが本気を出す。その結果、魔法の学生服は無残にも2つに分かれたのだった。


「そ、そんな」

「なぜこんなことに」



 争いを忘れ、涙を流し後悔する2人のおっさん。人の愚かさを体現したその光景にサリーは申し訳無さそうに言う。


「すいません。いっこだけっていうのは嘘でした。実はざいこがいっぱいなんです」

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