5.懐かしいあの日々
ホーランド元王子はすっかり人気魔チューバーとなっていた。
お隣の国をディスるのは常に一定の需要があるらしく、しかも色々あって今は微妙な時期なので政治系魔チューバーのかきいれ時なのだそうだ。さらにホーランド元王子は由緒正しき追放された元王家のご子息。そのポジションは他の有象無象が真似できるはずもなくこのジャンルの人気を濡れ手で粟のごとく掠め取っていっている。そのせいか、最近は他の魔チューバーたちから叩かれたり、成りすましによるコメント荒らしも来ているが昇り調子の元王子には上昇気流の足しにしかならない。
「やっぱ、余ほどになると、言葉一つで大衆が沸き立って仕方ないな。なぁ、お前もそう思うよなぁ、ネスケ」
「そ、そうじゃの」
「人間、生まれは似てても才覚次第で差がついてしまうものであるなぁ、なぁ、お前もそう思うよなぁ、ウルク」
「そ、そっすね」
ホーランド元王子は調子に乗っていた。
他2人の人気が自分にあやかったものであると気付いたときから、彼の中で序列は決まっていた。
余の尻についてくるだけのフン。
彼の目はそう物語っていた。
「はー、もう動画編集とか面倒な仕事は余のような人気魔チューバーがやる仕事ではないなあ」
「いや、じゃが、業者に任せるというのはファンに対してあまりに不誠実というか」
「業者ではなくお前らがやれば誠実であろう?」
「まあ、はい、その通りです。いえ、このウルクに是非ともやらせて下さい」
屈辱に顔を歪めながらウルク元王子とネスケがホーランド元王子の動画編集作業を代わりに行うことになった。
ホーランド元王子のチャンネルには過去の動画が一覧になっている。その一番上には最初に投稿した動画が、一際少ない再生数で目につく。その動画の中で笑い合う3人の関係がどこか物悲しく、もうこの世にはない日々がそこにだけ残されていた。
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ホーランド元王子が炎上した。
「燃やせ、燃やせ、もっと薪持って来い!」
比喩ではなく。実際にである。
「お、お前ら、余にこのようなことをして、歴史上の損失であるぞ。後世から指を刺されてバカにされるぞ」
必死で叫ぶその姿はまさに歴史に聞く磔獄門火刑の如くであった。
「いや、明るくてきれいじゃのう」
「本当に、こんなにライトアップされてホーランドくんもさぞや本望だろうね」
二人の友人は目を細めてホーランド一世一代の大舞台を見守っている。
この事態に陥った経緯を順を追って説明しよう。
きっかけはより鮮烈なネタを求めてちょっと際ど目の陰謀論を唱えたことだった。実はウェスホーク王には隠し子がいて、王位はその子供に継がせるからウルク元王子はポイされたのだ、というよくある噂の類だった。
それが見事に着火した。理由はいくつか推察される。一つはホーランドがウルク元王子と親しい仲であると思われているため、そういった世には出てこない内情を知っているのでは、と信憑性を与えてしまったことだ。そのため、よくある噂の一つとして消えていかずに広まってしまった。その結果、ウェスホーク王国が正式にそれはデマであると声明を発表するまでになった。
2つ目は、ホーランドが目立ちすぎたことにある。政治系魔チューバーとして、その辺の怪しげな界隈で名前が売れるだけならお目溢しもあったかもしれないが、変な肩書のせいでちょっとした煽動家並みに世の中を混乱に陥れる危険性が危惧されていた。
2つの要素が丁度、機を同じくして臨界点に達したため、世の善意溢れる人々の手により無事炎上したのだった。
そうしてリアル中世の民度しか持ち合わせていないウェスホーク民は私刑といえばこれしかないと、ウキウキで磔台を用意し、そこに薪を集めてバーベキューの如くお祭りが始まったのだ。
まあ、そうなるだろうな。分かりきっていた結末に悔しさよりも納得が令の腹に落ちる。だがそう簡単に割り切れない人間がそこにはいた。
「な、なぜだ。皆、余の意見に賛同していたではないか、なのになぜ急に手のひらを返すかのように」
ホーランドが言っている皆というのはこの世界のごく一部のことであり、今回彼を吊し上げているのはそれとは別の人々なのだが、その違いを認識するのは難しいだろう。
「なんじゃ、なんじゃ。あれだけ大口を叩いておきながら、大衆などちょろいと言っていたのはどの高貴なお口じゃったかのう」
「はっはっは、まあそう言ってやるなよネスケくん。ほら、ホーランドくんが顔を真赤にして可哀想じゃないか、はっはっは」
ネスケとウルク元王子がやんややんやと煽る。ホーランドの命は風前の灯だ。
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「ひ、酷い目にあったのだ。これだからウェスホークの劣等国民は」
大衆の憂さ晴らしが終わり解放されたホーランドは死にそうになりながらもなんとか寮まで帰ってくることができた。
何のかんの言いつつ人死にが出るのはまずいので、ある程度民衆の気が済んだところを見計らい衛兵が出張って解散させたのだ。
この辺りも含めて予定調和のようで皆大人しく家へと帰っていく。薪も煙が出ないタイプのもので、民衆の方も間違って死なないように配慮していたようだ。そういった事情を知っていたのでウルク元王子とネスケは余裕を持って、煽ることまでしていたのだ。決して本気でホーランドを亡き者にしようとしていたわけではない。
しかし、あれだけ酷い目にあったというのにホーランドは未だに何か一発逆転の方策はないかと考えている。
「そ、そうだ。チャンネルを乗っ取られたことにすればよいのだ。余の成功を羨んだどこかの国の元王子とどこぞの剣の腕だけのモテない男がチャンネルを乗っ取ったのだ」
また、つまらない喧嘩が始まる。そう思ったベルだったが当のウルク元王子とネスケは怒るどころか視線を逸らす。
まさか、こいつら。
「のう、ホー坊。もうええじゃないか。そんな虚像の人気などに拘泥するのはお主らしくない」
「そうだよ、ホーランドくん。君には僕たちがいるじゃないか」
2人が裏表のない綺麗な顔でホーランドに話しかける。しかし、その様子がいっそう怪しさを引き立てる。
「お、お前ら、まさか、やりやがったのであるな」
ホーランドも遅ればせながら気付いた。
慌てて最近投稿された、やけに不評が付いている魔動画を開く。それは、編集をネスケとウルク元王子に丸投げしたもので間違いない。
『やっぱり、ちょろいのであるな。愚民どもは。何というか余がちょろっとホークロアを貶しただけで喜んでからに。こんなんお金のためにやってるに決まっているというに』
酒によったホーランドがつい本音をポロリしている場面が克明に記録されている魔動画だった。
「こ、これは悪質な切り抜き動画であるぞ。余はこのようなこと、ほんのちょっとしか考えてないのであるぞ」
「まあ、何と言えばいいのじゃろうな。無理をしているのが見ておられんのじゃ」
「そうだよ、ホーランドくん。お金のために心にもないことを言う君が辛そうだったから」
「自分の生まれた国じゃ、悪く言うのはさぞ辛かったじゃろう」
「僕たち友達じゃないか。君ばっかりに無理はさせられないよ」
そう言うと2人はホーランドの両脇から腕を掴む。決して振りほどかれないよう、しっかりと。ホーランドが動画を削除しようとする腕は机の上に押し付けられて動くことはかなわない。
表面的には落ち込む友人の手を取り励ますように、しかし内実は一人浮揚するのを許さず引きずり下ろすように。
そんな美しくも醜い友情が、今宵また復活した。
それはともかく、ホーランドが垢バンをくらったことでまたあの3人の収入がゼロになった。
ベルにはもう他に道はない。あの宿敵の悪役令嬢コーネリアスに頭を擦り付けてでも脅してでも金を引っ張ってくるしか。