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3.食べられないし嬉しくもないケーキ

『へーてんします。ながいごあいこ、ありがとです』


 魔法道具店『魔女の鷲鼻』は倒産していた。何もかも不景気が悪い。いや、定期的な購買層を開拓したことですっかり油断して放置していたりょうが悪いのだ。

 あのサリーに経営の才能は皆無なのだから油断などする余裕はなかったのだ。

 失敗の中で一番後悔するのは、注意すれば避けられたと思う時だ。あの時、僅かでもその可能性が頭を掠めていたのに何とかなるさ、とスルーしてしまった。その後悔がいつまでも苛み思考を堂々巡りにさせる。


 いや、ダメだ。これはダメなループだ。


 りょうは過去の経験から気持ちを切り替える。反省は必要だが、そこに固執してはいけない。今は何か解決策が必要なのだ。そのヒントを探すために時間を費やそう。

 りょうは『魔女の鷲鼻』の店内へと足を踏み入れる。幸い、預かっていた鍵はちゃんと使えるようで、案外すんなりと中に入ることができた。

 店内は以前よりも雑然としている。サリーは商品の陳列、いやそもそも整理が苦手のようだったのでこれは盗みが入ったとかではなく、サリーが出て行った後、そのままの状態なのだろう。

 その証拠に店の真ん中に異様な雰囲気をかもし出している猫の像があった。

 金目の白猫、見ようによっては縁起の良い像ではあるが大きさが大人の男が2人肩車してやっと届く大きさなので気味悪さが先に立つ。その猫は尻を床につけ前足は揃えて体に前に置いている。そして右肩から生えた5本目の足がこちらを招くように肩の上まで上がっている。こんないかにも呪われそうな像が置いてある店に泥棒など入るはずがない。


 招き猫? 一瞬そう思ったが、しかし足が5本ある猫というのはいかにも妖怪じみていて不気味だ。

 なんだかこちらを見ているような気がしてりょうはそそくさと猫の像から離れる。


「と、とりあえず、何かヒントを探そう」


 独り言のようにつぶやきながら商品棚を見て廻る。自分の中で整理するためというよりあの猫の像に言い訳をしている、と言った方が正しいだろう。自分が泥棒ではないことを証明するために自分の目的を口に出して探す。


「そうだ、俺はこの棚であの制服を見つけたんだ」


 りょうが見ているのは初めてこの店を訪れたときに魔法の学生服を見つけた棚だ。思えば、なけなしの全財産をはたくとは今考えてもどうかしていたのかもしれない。あの選択が正しかったのかどうかは今でも時折悩む。

 魔法道具と現代の知識を合わせて一攫千金という手もあったのではなかろうか? あの時、学生服を選んだのは確か、あの女神のことが一瞬頭をよぎったのだ。

 女神が作った乙女ゲーをおっさんの身でありながらエンジョイし、逆鱗に触れてしまった。いやよくよく考えれば、一番女神を怒らせたのはあのレビューではないか? 俺はとばっちりを受けただけではないか?

 いやこれ以上、考えるのはよそう。どこの誰だかは分からないが最早、取り返しはつかないのだ。過去のことを責めるよりも未来のことを考えよう。

 あの時、俺は魔法の学生服を見てこれだ、と思ったのだ。この学生服で学園に通い王子様と恋愛すればあの女神の怒りも収まるのではないか、と。よしんば、そうはならなくとも王子の心を射止めれば時の権力者の寵愛を受けられるのだから将来安泰なことこの上ない。自分は何も、全く、これっぽっちも間違ってはいないはずだった。なのに、どうして。

 思わず自己憐憫が涙となって頬を伝う。


「いけない、めそめそしている場合ではないのだわよ、ベル・ベチカ」


 すっかり板についたお嬢様言葉で自分を奮い立たせるとりょうは立ち上がった。気持ちを切り替えると、先ほどまでこちらも見ていた気がした猫の像も何となく目線をそらしている気がする。


「そうだ、あのときサリーちゃんは言ってたはずだ」

『これはですね、一年前に一個売れていて当店ではもうこれだけしか残ってないんですよ』



 確か、そんなことを言っていた。つまり少なくとも魔法の学生服は一品物ではないということだ。もしかしたらどこかにスペアがあるのかもしれない。他にも何か引っかかるがそれは後にしておこう。

 希望の火がりょうの胸に点る。


「頑張るですわよ、ベル・ベチカ」


 己にエールを送りりょうはごみの山のような状態の店内からたった1着の制服を探す。その熱意に押されたのか、あの不気味な猫の像も後ずさりしている。

 しかし、残念なことにサリーの言葉通り、あの魔法の学生服はりょうの手に渡ったものが最後だった。

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