1.あなたの夢は何ですか?
人はどんな時にも夢を持つ生き物だ。それは決して悪いことではない。夢は人を前に進める原動力になる。
「余は魔チューバ―になろうと思うのだ」
「おー、えーぞえーぞ」
「魔チューバ? というのは何だい? 新しい管楽器の名前かな?」
「はっ、これだからウェスホークの田舎者は」
「ワシ知っとるぞ。えちえち女子がえちえちな格好で料理する魔動画のやつじゃろ」
「いや、余がやりたいのは、そういうのとはまた違うというか。文化的なやつで」
寮の食堂でいつもの三人が時間つぶしにだべっている。昼食が終わるとやることがないのか、最近はいつもこんな調子だ。
「余はな、ホークロアの進んだ文化を紹介する、こう、社会の役に立つ文化振興的な」
「思い出した。僕がよく行くカジノで聞いたことがあるよ。アルコール中毒の人が人気とか」
「いや、余がやりたいのは……」
「ワシ、ゲームやりたいゲーム! アベックスじゃろ、若い女子とコラボできるんじゃろ!」
「じゃあ、私はバイトあるんで」
三人の騒ぎを背にしてベルは働きに出る。自分にはあの連中の様に遊んでいる暇など無いのだ。
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「それで、どうだったでしょうか? うちのネスケ・ネイクリッドは。剣聖の孫ですから戦力としては申し分ないと、自負しているのですが」
ベルはウェスホーク王国軍に営業をかけていた。前回のホークロア内乱に参加させたネスケの活躍はかなり目立つものだった。敏腕営業マンである令がそんなチャンスを見逃すはずがない。
相手はウェスホーク王国軍の人事を司る人事局の軍人だ。内勤らしい弛んだ顎肉は威圧感はないが地位を感じさせる落ち着きがある。
そんな太っちょ軍人がしばらく悩んだ後、答える。
「うーん、ネスケくんはねぇ、現場に人間には評判いいんだけどねぇ」
「ええ、ええ。ネスケは軍の鼓舞にも一役買ったそうで、当方ではそういった訓練も行っておりまして」
「だけどねー、事務方の評判がねー、特に女騎士の人たちがねー」
「……、ちなみにその評判というのをお聞かせいただいても」
ベルは大方の予想はついていたが今後のためにもクレームはちゃんと聞いておかなければならない。
「ネスケくんはねぇ、人との距離の詰め方がねぇ、独特っていうのかねぇ。女騎士の人たちに連絡先聞いて回るらしくてねぇ、それでまあプライベートの話ならこちらもねぇ、だけどちょっとしつこいってねぇ」
そこまで言うと太っちょ軍人は何やら書類を探して取り出した。
そこには件の女騎士たちからの苦情が羅列されていた。どうやら個人を特定できる文句や名前そのものは黒塗りで潰されているがそれでも十分に内容は読み取れた。
やたら予定を聞いてくる。彼氏とうまくいっているのかしつこく話題に挙げる。唐突に『どしたん、話聞こか?』と言ってきてうざい。etc.
「まあねぇ、今回はご縁が無かったということで、ねぇ」
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ベルは疲れた体を引きずりながら寮へと戻る。
最近はこちらの格好でのバイトをメインにしていた。令の格好で働ける仕事はあまり多くなく、しかもそのほとんどが稼ぎの悪いものばかりだ。
そう言うわけで今やすっかり信用と人脈を築いた貴族学園に通う没落令嬢ベル・べチカの名前での稼ぎがほとんどになっている。
ちなみに魔道具店『魔女の鷲鼻』の方はサリーがバズり間違いなしの新製品を開発するとかでこもっているのでとりあえず休みにしている。その話が出たのはちょうどホークロアの王子が留学して来た頃なので、思えば随分とサリーとは会っていなかったことに気付いた。
今度、店に寄ってみるか。
販路も広がり、随分と店の経営状態も良くなっていたので油断していたが、そろそろちゃんと黒字化させなければならない。
そんなことをつらつら考えているとベルは寮にたどり着いていた。
今日の失敗はあまりくよくよ考えていても仕方ない。あの三人も間違いなく成長している。出会った頃のあのどうしようもない状態から、前回のホークロアでの活躍など想像できなかったのだから。
無理やりに自分を元気づけ寮の扉を開ける。
「ただいま、帰りました」
出迎える言葉はない。ただ、出た時と同様、いやそれ以上に騒々しい声が食堂から漏れている。
「余の、余のキャラが死んだではないか。チートではないかこんなもの。運営はなにをやっておるのだ」
「次、次ワシの番じゃ」
「はっはっは、ネスケくんはさっきやったばかりだろう」
遊び惚けておる。俺がバイトに行くと言って、寮を出てから恐らくずっと。
あいつらに申し訳なさとかそう言う人としてのあれは存在しないのか。
「むっ、ベル・べチカ帰ったのか。余は腹が減ったぞ」
「今日は疲れたからのう」
「僕は簡単なものでいいよ、疲れているんだろ? ベル」
だったらお前らが作れや。
そんな視線で三人を見返すベル。しかし、彼らはもうこちらを見ていない。ゲームを再開して魔PCのキーボードの取り合いを再開していた。
ベルは何もかもを諦めた顔で台所に向かう。そこからは何かの恨みを晴らすようなまな板に包丁が打ち付けられる音がし始めた。
「しかしなんじゃかうるさいのう、ワシ繊細じゃからゲームに集中できんわい」
「軟弱者め、なら早く余に代わるのだ。この程度の騒音で集中できないようではプロゲーマーになどなれんからなぁ」
「はっはっは、そろそろ僕もやりたいんだけどなぁ」
しかし、ゲームに夢中な三人にその音の意味までは届くことは無かったのだった。
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深夜。皆が寝静まったころ、令は一人起きだし食堂に来た。
ベルに変身するための魔法の学生服は一着しかない。一日中歩き回って汚れたままというわけにもいかないので、誰にも見られないこの時間にこっそり洗おうと考えたのだ。
そこで、ふとあの三人が騒いでいた魔PCを見る。
そう言えば、確か魔動画を作って再生数でお金を稼ぐとか言っていた。あれはいったいどうなったのか。
大して期待はしていない。でももしかすると。何せあの三人は腐ってもそれなりの有名人。肩書だけで視聴者を釣れるかもしれない。
予防線を張りつつもしっかりと期待している令は魔PCを立ち上げホーランド元王子のアカウントを見てみる。
投稿動画数1、視聴数10、不評。
感想:「声がうるさい」「下手すぎ、王子のファン止めます」「偶に入るおっさんの下ネタが不快だった」
魔PCを閉じる。どっと疲れが肩に乗り、令は最早、何もする気が起きなくなった。
「洗濯は明日でいいか」
足を引きずるようにして令は自分の部屋に戻っていった。
日頃より、お読みいただきありがとうございます。
NTRものを書きたい欲求が抑えられず、本作は本章でいったん完結とさせていただきたく、
ご理解のほど、お願い致します。