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14.雪が融けるまで

 瑞雪ずいせつがホークロアの首都を白く飾っていた。

 雪はホークロアでは良いことが起こる兆しと捉えられ、この季節になると降雪日を予想するチラシが幾箇所にも貼りだされる。

 そんな風習は置いておいて、ルペンにとっては雪は心をそば立たせ何かを始めるきっかけとなる。子供の頃から雪が降るとルペンは新しいことに挑戦していた。それはクーデター軍の総司令といういかめしい肩書きを持った今でも消えることの無い習性だった。人は老いと共に失うものとより強固になるものの二種類を持つようだ。ルペンにとってはこの雪にまつわる自分の性は後者だった。


「今日こそは、あの権威と堕落の象徴である城門を突破し、我らの意気を示そうぞ!」


 ルペンは世間の言い伝えと自分の本能に従い今日この時に勝負を決めると決意した。

 彼の前に居並ぶ陣容は度重なる突撃に耐えた、誰もが威風を感じさせる猛者ばかり。その荒々しい殺気がルペンにまでひしひしと伝わってくる。殺意のこもる視線は間違いなく彼らが王家を今日、妥当することを信じさせる。


「さあ、私に続けえ!」


 その場ののりでルペンは突撃の先頭を突き進まんと号令をかける。回りの将兵たちが慌てているが、テンションがキマッテいるルペンにはそんなことは小さな問題だ。ルペンを取り巻く兵士たちから大地を揺さぶるような雄叫びが上がる。いや、この響きはクーデター軍からだけではない。この首都を囲う四方から響いてきている。


 あまりの大音声にすぐ隣にいる副官の声すらルペンには届かない。


「なんだ、何が起こっている?」

「敵です、敵襲です。ウェスホークが首都にまで侵攻してきました」

「バカな、国境の守備隊は何をしている!」


 自分が敵に回している王国軍に属する守備隊の怠慢を非難するのはどこか滑稽ではあるが、それでルペンを笑うのはいささか可哀想であろう。まさか、クーデター憎しで外敵を招き入れる愚を犯すなど想像だにしていなかったのだ。


「迎え撃て! いや待て、ウェスホークの狙いが占領統治なら先に王国側を討つはずだ、そこを背後から挟撃、いや王国側に打ち勝ち油断したところを襲撃。これだ!」


 やはりこの雪は吉兆だったのだ。

 勝利への道をルペンに示している。


「いえ、それが……」

「なんだ?」


 副官がルペンの名案に何か言おうとして言いよどむ。だが、意を決したのか覚悟を決めルペンの目を見ながら自分が見たものについて報告する。


「王子です。ウェスホーク軍の先頭を走っているのは、追放されたホーランド元王子です」


▼▼▼


 ホークロア王国の王城はクーデター以来、静まり返っていた。

 散発的に行われる反政府軍による王城への突撃は、確かに国軍を預かる将軍の采配でいなすことに成功していた。しかし、クーデター側の兵士が絶叫を上げながら罠に体を貫かれ、それでも背中を押され突撃を止めない姿は敵側に被害を与えているという安心感よりも恐怖心が勝っていた。

 日々、王城の前に積み重ねられる死体の山はまるでこれから自分たちが彼らに無理矢理払わされるツケのようで、空恐ろしさに王城の住人たちは震えていた。

 王城から人が減ると逃げたのか寝返ったのか、しのび声で噂がささやかれる。その様子は死人の館で亡霊たちが交わす声のような不気味さを生んでいた。


「王妃様、いかがでしょうか。陛下と離縁しただの公爵令嬢に戻られれば反政府軍の矛先から逃れられるやもしれません」

「あら大臣、浮気のお誘いなら陛下のいないところでして下さるかしら?」


 老いぼれの大臣にそんな気が無いことを承知の上で王妃は奇矯な返事をする。その意図を十分に理解した大臣は楽しそうに笑い、その冗談に乗った。


「カカッ、この大臣めの人生最後の告白だったのですが、どうやら振られてしまったようです。陛下」

「なんだ、余がいることに気付いていたのか」


 窓を塞ぐ分厚いカーテンからホークロア王が出てくると最後の策が失敗してしまったことに落胆する。それでも、説得できないものかと王は王妃に言った。


「王妃よ。お前まで死ぬことはないのだぞ。息子は廃嫡になったことで見逃されておる。ウェスホークも保護してくれているようだ」

「陛下、子供が巣立ったら二人で小さな農園でも借りて余生を過ごしましょうとお話しましたが、一人では退屈で死んでしまいますわ」

「……、そうか、それは困るな」

「ええ、困りますわ」


 政略結婚だったが意外と馬が合った二人には、こんな時でも冗談を言って笑いあうことができた。ただ、そんな楽しい気分も長くは続かない。最後は寂しげな表情になると王妃はぽつりと言った。


「もう長くは持たないのですね」

「ああ、今日が山場だな。もう兵が持たん」


 カーテンをわずかにめくり外の様子を見る。王都は一面雪化粧でこんな時でなければバルコニーに出て市民に手でも振っていただろう。


 ホークロア王は雪が嫌いだった。

 雪の降る日はいつも悪いことが起きる。王位を継いだのもちょうどこんな雪の日だった。

 王になどなりたくはなかった。知恵ある者が決めればいい。賢き者が示せばいい。勇気ある者が立てばいい。自分はそのどれでもないのだから王になどなるべきではなかった。だから、全てを貴族と市民に任せる道を歩んだ。

 この一面の銀世界が自分の最期に見る光景になる。そう思うと憂鬱になる。

 せめてもっと晴れやかな日が良かった。せめてもう一度息子の顔を見たかった。せめて、雪が融けるまで、




「陛下! 大変です!」

「どうした、ようやくルペンが動いたか?」

「いえ、それが、ウェスホークが、ウェスホークの軍隊が王都に侵攻しています!

 その先頭に王子が、ホーランド王子がいらっしゃいます!」

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