6.『魔女の鷲鼻』、ご注文は魔女の秘奥ですか?
「サリー、ちゃんはこの町は長いのかな?」
「そうですね、もうこの店を開いて3年になります。えっへん」
サリーが右手の3本指を立てようとして薬指を立てられず、諦めて両手を使って3を示す。何がそんなに偉いのかは分からないが3年間の営業実績はサリーにとっては重要なことなのだろう。
とりあえず、サリーは見た目に反して実は老婆とかではなく見た目通りの年齢、少なくても精神の方はお子様であると考えて良さそうだ。
「そっか、3年間もなんて偉いね。それじゃあ常連のお客さんとかもいるのかな?」
「……」
令としては相手が自慢している話題には積極的に話を振るのが営業の鉄則なので、その習慣に従ったまでなのだがどうやらサリーの地雷を踏んでしまったようだ。
「じつは、あんまり、お客さん、こなくって」
さっきまで自慢していた手前バツが悪いのか黒いとんがり帽子を目深に被り令の視線から隠れるようにサリーは言った。
しかし、それは仕方のないことのように思える。
なにせここでは立地が悪すぎる。ただでさえ薄暗い裏路地なのにさらに悪臭と不吉な噂で客など寄り付かないだろう。令はこの小さな健気に頑張る店主を元気づけるためにとりあえず褒めるところを探す。
「でも、偉いよ。それでも3年間もお店を開けるってことはそれだけ利益率が高いんだろ。それに他には真似できない独自性があるからこんなに立地が悪くてもやっていけるんだろうし」
「りえき? りつ? どくじ? せい?」
サリーには少し難しい言葉だったようだ。とにかく令はすごいすごいを連発してサリーを煽てた。そのお陰でサリーは元の自信満々の態度を取り戻し3年間やってこれた営業秘密を令に自慢しだした。
「えっへん、実はですね。ここはお家賃がすっごく安いんです。大家さんがあなたは100万人目のお客さんだからって特別に安くしてくれたんです」
それはもしかして騙されているんじゃないだろうか。その大家はクソ立地過ぎて店子がつかないこの建物の家賃が安いことに疑問を持たせないよう、適当な営業トークをしたのではないだろうか。
「しかもですね、私がネズミを追い出すために、ちょっと魔法の臭い玉を使ったら、なんか周りの人たちがいなくなって更にお家賃を値引きしてくれたんです」
それなら、まあ、どっちもどっちということで、いいんじゃないだろうか。大家にもバチが当たったみたいだし。
しかし、そうするとこの店に客が寄り付かないのは立地が悪いのと店主のお手製臭い玉が効きすぎてネズミだけでなく人間も追い払った結果ということになる。
通りであの悪臭への対応策を用意しているはずだ。これ以上突っ込むのも可哀想なので令は話を他に移すことにした。
「それにしても色んなものが有るね、これ全部魔法の道具なのかい?」
「はい、そうですよ、ささ、お手にとって見ていってください。ささ、えんりょなさらず」
どこかで覚えたのかしつこいタイプの接客トークでサリーが魔法道具を令に勧める。あまり金に余裕がない令としては無駄使いするわけにもいかないので適当に冷やかした後で退店することにした。
可哀想ではあるが仕方ない。
そうやって興味があるふりをしながら見回していた令の視線がある一点で止まった。
ただ見覚えがあったからだけが理由ではない。それはある意味因縁のある代物だったからだ。
だがどうしてこれがこんな所に?
「あの、これは、どういう物なんだい? いや何かは分かるんだが、どういった効果のある魔法道具なのかな?」
「あ、これですか、これはですね、一年前に一個売れていて当店ではもうこれだけしか残ってないんですよ」
相変わらずどこからか仕入れた接客トークの言い回しでサリーが説明を始める。その説明を聞きながら令は確信した。
間違いない、これだ。俺はこれを待っていたんだ。今のこの袋小路の生活から脱出するそのチャンスはこれだったんだ。
令はこの突然降って湧いた幸運に生唾を飲み込む。まるで急けば飛んで逃げてしまう幸運の鳥を捕まえるように慎重にサリーに問いかける。
サリーにそんな腹芸はできないだろうが、交渉というのは自分が切羽詰っていると悟られれば足元を見られるもの。そんな現代で身に着けた習性が自然と令の口数を減らし、ただ必要な一言だけを口に出させる。
「これは、いくら?」
「これはお客さんだけの特別価格ですよ。本来ならあれがあれするんですが、こんかいは特別で、特別価格なので、えーと、じゃあ100銀貨で」
令が1年間で貯め込んだ貯金とちょうど同じ値段。もしもこれが令が待ち望んでいたチャンスではなかったのならこれで人生は詰むかもしれない。もう今までのようにがむしゃらに命を削って次のチャンスまで耐える精神力も体力も残ってはいない。それでも令のブラック企業勤めの勘が言っている。
逃がすな、と。
「買った!」
「まいど!」
令の血と涙と汗が染み込んだ銀貨100枚をサリーに渡す。その銀貨を一枚一枚数えるサリーの瞳は嬉しそうに輝いている。だが瞳の輝きなら令も負けてはいない。
令は自分が手に入れた、自分の心血と交換して手に入れたものを広げて掲げる。間違いない、これだ。それは貴族や上流階級の子弟が通う学院の制服、それも女子制服だった。
令にはこの制服に見覚えがあった。何を隠そう因縁の『ノルスディア・シンデレラ・ストーリー Vol.10』の舞台となった学院の制服だからだ。
「待ってろよ、これで俺はこの運命から、生活から脱出してみせる。絶対に」
こうして定金令は魔法の学生服を手に入れた。
それは来た者を外見だけ美少女に見せる魔法の学生服だった。
もしかしたらあの学院で女神を納得させる、乙女ゲーの何かが得られるかもしれない。
よしんば、そうはならなくともこれを着て俺は玉の輿に乗れれば、一生養ってもらえるのだ。金持ちの男、できれば王子様とかに。