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13ー2.対岸の火事 その2

 ガヤガヤと今日は王都の夜が騒がしい。何か特別な祭日というわけでもなく、かといって大きな事件が起きたわけでもない。その喧騒の中心はりょうがよく行く串肉屋だった。


「だからですね、俺は、いや私はこう思うんですよ。これは横暴な王家への不満が集まった結果だって。いえね、もちろんうちの国の王家は真面目な方々ですが、ホークロアのは……」

「はっはっは、そんなに気を使う必要はないよ。僕も王家の人間というのは気取ったしゃべり方をする連中だと、常々思っていたからね」

「いや、それは、ウルク王子がそれを言ってはおしまいってものですよ」


 ウルク元王子がいつもの上品な口調で言うのをその辺の酔客がおどけて突っ込む。それを聞いていた周りの客たちもドッと笑いに包まれた。

 最近、夜の営業で酒を出すようになった串肉屋には労働帰りの首都の市民たちが集まっている。商売の嗅覚に人一倍優れた串肉屋の主人は最近隣国のクーデターの話で盛り上がっている客の姿を見てすぐに夜は居酒屋にしてしまうことを決めたのだ。何せ、政治と戦争と野球の話をするのに酒は欠かせない。酒で酔った頭はより白熱した議論を生むのだ。


「いやしかし、なるほど、僕は今日、目が覚めたよ。王城では市井の民というのはただ好き勝手に日頃の不満をぶつける相手ぐらいの気分で政治を語っているとか言われていたが、君たちのほうがよっぽど素直に世の中の事を受け止めている」

「いやぁ、そうですかね。いえここだけの話、あっしも今日仕事でやなことがあったんでちょっと口が悪くなってたりはするんですがね」

「おめぇはいつも仕事で失敗して愚痴ってるんだから、わかりゃしねえよ」


 周囲がまたドッと笑い出す。

 ウルク元王子の人当たりの良さはお世辞が嫌味に聞こえない、半分はお世辞だと分かっていてもそれはこちらを思いやってのものだと分かる人の良さが伝わってくることにある。そういった相手におだてられると人は案外素直になるものだ。ようは自分に非があると他人から責められると気分は悪くなるが自分から悪かったと認めるのは案外気持ちがいいということに気付けるか否かなのだ。


「僕も最初はホークロアのクーデターの話を聞いてね反政府軍の方を応援していたんだ。これは父上には秘密だよ。何せ、僕も恨み言の一つもあったからね。でも結局、何が正しくて何が間違ってるか、僕らに判断させてくれない相手を信用できないなって」

「ああ、なんとなく分かりやす、その気持ち。あっしはバカだからこれが正しいって言ってくれると楽ですけどね、たまには頭を働かせたくなることもあるんすよ」

「バカが考えたって仕方ねえのになあ」

「はっはっは、僕も楽なのは好きだけどたまには苦労をしたくなるときもあるよ」

「そうそう、そうなんですよ。たまに頭を動かすと気持ちよくなるって言うか。そういうときにね、折角やる気になってんのに相手が考えるための材料をくれないんじゃ、萎えちまいますよ」


 うんうんと頷く人が増えていく。そういった経験がある人間は意外と多いようだ。そうして同じ経験というのは共感を生んでいく。


「なんか、そうするとあのクーデター軍のルペン知事っていうのはいけすかねえな。いくら自分が正しいからって被害を誤魔化してたら、俺たちは何を基準に正しいかどうか決めるってんだ」

「そうだよ、いつも戦争でも何でも一番に被害にあうのは俺たち市民なんだ。だのに俺たちは考えなくていいって言ってるも同然なんだぜクーデター側の連中は」

「それは確かに許せねえな」


 クーデターを支持していた風が徐々に逆風へと転じていく。その台風の中心にいるのは穏やかにたたずむウルク元王子だった。



▼▼▼


 ウェスホーク王国軍の教練所は朝から多くの兵士が集まり一つの方向を向いていた。彼らの表情は最近の浮かないものとは打って変わって強い決意に満ちている。


「我々は座して見ているだけで良いのか! 隣国の争いが我が国にまで波及することは火を見るよりも明らか、だというのに我らはただ燃え上がる炎を前にこうして待たされるだけではないか!」


 よく通る声の持ち主は遠目でも分かる巨漢の男、兵士長だ。兵士長は何かと嫌われやすい性格をしているがこういった人を鼓舞する場面ではその苛烈な性格が良い方向に回る。


「軟弱者だと、後の歴史家から笑われる、そんな屈辱に耐えられるのか? ウェスホークの軍隊は怖気づき引きこもっていたせいで戦乱を収める唯一の機会を逸した。そのようにあの賢しらぶった歴史家どもに言われるのだぞ!」


 その言葉は兵士だけでなく本来ならその場を収めるべき指揮官たちにも胸に刺さる。

 ウェスホーク王国軍は長い歴史を持ち、その分だけ失敗も重ねてきた。そして、後知恵でそれらの失敗を大上段から批判する歴史家や評論家をいつも苦々しい思いで見ていたのだ。


「俺は、ここに、その悔しさを良く知る人物を連れて来た。彼は若輩ながら、かの有名な剣聖からも賞賛される剣の腕前を持っている。しかーし、非情なる中傷によりその名は地に堕ちた。俺は、ぜひとも、彼の言葉を、皆に、聞いて欲しい」


 練兵所の熱気が一段と高まる。彼ら兵士は互いに強い仲間意識が芽生えるよう訓練を受けてきた。そんな彼らにとって謂れなき中傷で武に身を捧げる同志が傷ついているという話は非情にセンシティブな部分を刺激するのだ。

 壇上にそんな傷ついた仲間が立つ。ネスケはまだ歳若い容貌ながら大勢が集う前に堂々と立ち、話し始めた。


「諸君、俺にはお前たちの気持ちが良く分かる。この平和な時代で祖国の剣となり盾となる、そんな気構えを理解してくれる人間は少ないだろう。合コンに行けば何かノリが暑苦しそうと言われ、街コンに行けばなぜか男たちから筋肉を褒められる。己の肉体を鍛えた者より、シタの滑りを良い者が評価される(下ネタ)」


 ネスケの言葉は兵士たちのどこかの琴線に触れたのか、練兵所は火が点いたかのように雄たけびで包まれた。その様子を見て宴会の最初に下ネタをぶち込んでウケを狙う面倒臭い役員のような満足げな顔でネスケが頷いている。

 調子に乗ったネスケの演説は止まらない。


「諸君、俺も酷い中傷で名誉を傷つけられた身だ。あろうことかおっさんの下着を盗み味わったと、謂れもないデマを流された」


 ここで一旦声を震わせ、涙をこらえる仕草を忘れない。ネスケの告白に一同は静まり返り言葉の続きを待つ。ネスケはそんな彼らを焦らし十分なタメを作ったところで声のトーンを落とし同情を誘う声音で再開する。


「俺は最初、自分を恥じた。そんな噂が立つのは自分に何か非があったからではないのか、と。だがそれは間違いだった。黙れば噂は肯定され、誰も同情などしてくれない。諸君、俺が、言えることは唯一つだ。

 黙っていても人は省みてはくれない。祈っていても名誉は守られない。声を上げるべきだ、拳を挙げるべきだ。我々が何をすべきか、君たちは分かっている。そうじゃないか?」


 最後は疑問系で締めることで聴衆のレスポンスを良くする。聞かれたのだから遠慮なく声を上げていい、そういった心理を熟知した基本に忠実なアジテーションでネスケはウェスホーク軍の意見を反クーデターへと傾けていった。

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