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13ー1.対岸の火事 その1

 ウェスホーク王国の中心である首都のさらに中心。白い石造りの王城には日夜、様々な国から来た貴族や商人たちが出入りしている。

 人の流れは国にとっては血流のようなもの。一部の者たちだけが政治をほしいままにすれば新鮮な知見を得られなくなった国は腐り落ちる運命にある。だからこそウェスホークの王家は広く門戸を開き常に血が凝り固まらぬよう腐心していた。それは褒められるべき美徳ではあったが、同時に欠点でもあった。例えばこのような輩が王城を跋扈するのを許してしまったのは失敗であっただろう。


「ワイはホークロア王家相手に商売してやしたから、あそこの内情は何でも見てきやしたよ。まあひどいもんでやんした。だからルペン知事が義によって反旗を翻したときはついに来たかと、胸が熱くなる思いでやんした」


 そこはかとなく胡散臭いしゃべり方をするこの男は、名をダッツ・ゼイと呼ぶ。

 そのしゃべる内容からも分かるとおり今話題のホークロア王国からやって来た商人だ。彼は一代で財を成した傑物であることは間違いないが、しかしその商売はホークロア王家に取り入り発毛剤で手広く稼いだことを考えると彼が大恩あるホークロア王家を貶すことに眉をひそめる者も多い。


「ホークロアではこれからは貴族様の時代やって、ビッグウェーブが来とるって評判でやんすよ。あれでっしゃろ、王家なんちゅーもんは上でふんぞり返ってるだけで、実際に国を盛り立ててるんは貴族様や」


 だがダッツ・ゼイを囲む面々はそんな周囲の目も気にせず彼の言葉に気をよくしている。


「なるほど、さすがはホークロアだ」


 彼らはダッツ・ゼイの言葉を頭から信じていると言うより信じたがっていると言ったほうが正しい。よく考えもせずにダッツ・ゼイの言葉を支持してしまった、その一度の誤ちを認められずにズルズルと誤ちを重ねているのだ。

 とはいえ、そういった熱烈な支持者は最早ごく一部でしか無い。

 反政府クーデター軍の誤魔化しが露見するにつれて懐疑的になる人々が増え、今は遠巻きにして判断を決めかねているのが大半だ。


「しかし困ったものですな、大局を見れない小貴族の連中は。あれではホークロアの国王派が盛り返したときに言い訳できなくなる。そうは思いませんか? コースレア公爵」

「……」


 そんな遠巻きにしている貴族の一人に話を向けられ豊かな白髭を蓄えた初老の男、コースレア公爵はしかし期待には応えず沈黙を保った。

 公爵は周りからの期待の視線をよく理解していた。自分たちを良き方向へと導いてくれという期待と依存が相半ばになった視線だ。

 だからこそ公爵は簡単に道を示すわけには行かなかった。王家ではなく公爵家が行く先を示す、そうした振る舞いがやがては王家の力を削ぎ、ウェスホーク王国が次のホークロアへと転がり落ちる末路への端緒に成りうるからだ。


「さて、それは陛下の沙汰次第でしょうな」


 白髭を一撫でする沈黙の後、公爵は短く周りに聞かせるように言った。


「確かにそのとおりですな。ことは外交に類すること」

「あまり僭越なことを言えば王国を混乱させるだけ」

「陛下にも遠謀があるのでしょう。近視眼的に物事を決めていては国が滅んでしまう」


 公爵の意を汲み取った近しい貴族たちが口々に賛同する。太鼓持ちをしているのではない。ホークロアへの介入は王家の専権事項であるという空気を醸成することで、貴族たちが王家の判断に不満を持つことそのものを押さえつけているのだ。

 クーデター側に同情する流れができていたウェスホーク王国内部の大勢をホークロア王家側へと押し返す下地が着々とできつつあった。

 しかし、その速度が十分であるかと問われれば残念ながら否と答えるしかない。

 できれば陛下自ら積極的に後押しして欲しい。そう思う公爵だったが、その危険を冒すことで国内貴族に恨みを買い後になって高い代価を払わされる可能性も確かにある。その可能性が万に一つもある以上、国王に強くは進言できなかった。

 今次の王は賢いが大胆さに欠ける。市井でのその論評はうなずけるものだったが、公爵もまた同じ評価をされていることを知っていたので笑うことなどできない。

 国王と公爵、ウェスホーク王国を背負っている二つの肩は似ているがために阿吽の呼吸を強みとし、しかし同じ弱みも抱えているのだ。


 大胆といえば、ウルク王子は大胆な方だった。まさか婚約を破棄するのにわざわざ衆目の面前で行う必要などなかったろうに。

 婚約破棄をされたのは当の自分の娘だというのに公爵はどこか小気味よさそうな表情で思い出す。もしかしたらあれも何か深い考えがあってのことなのかもしれない。内々に進めようとすれば握りつぶされることを心配するのは道理が通っている。

 そんな可能性をふと思いついた公爵の頭にある考えがよぎる。もしかしたら王子は今の王国には必要な存在だったのかもしれない、とそんな妄想だ。

 本来ならばそれらは日ごろの疲れから来る逃避の類でしかなかった。しかし何の神のいたずらか、今回はただの妄想には終わらないらしい。

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