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12.道を間違えたのなら引き返すのが早道

 りょうがいつもの下級貴族に営業で回っていると大抵この話題で盛り上がる。


「つまりだ、私が考えるに反政府クーデター軍が損害を誤魔化していたのは大した問題ではないのだよ。その証拠に指導者層の入れ替えは起こっていないだろう。あれが大問題ならルペン知事は引きずり降ろされているはずであろう?」

「はは、確かに確かに。さすがのご慧眼です」

「そうであろう、お前は話が分かってよい。しかし困ったものでな、何かと言うと私を攻撃してくるものがいるのだよ、私が反政府軍の肩を持ていると。あいつらは私を攻撃できる口実ができたと喜んでいるだけでな、大した問題でもないのに」

「まさにまさに、困った人たちですねえ」


 ホークロア王国で起こっているクーデターについて熱心に持論を展開する下級貴族にりょうはゴマすりの常套句で相槌を打つ。こういう時は気の利いた言葉よりも相手にしゃべらせたいだけしゃべらせるのが一番いい。

 現代の営業経験から熟知しているりょうは余計な感想は言わずに経験則に従った。


「ではこちらにサインをお願い致します」

「おお、そうだったな。これでよいか?」


 取引が無事に完了するとまだ話足りないという雰囲気の下級貴族の誘いを丁寧に辞して館から脱出する。

 相手の話に最後まで付き合うというのはプラスにもマイナスにもなる。より強い結びつきが得られるチャンスでもあるが、まだ話足りないという不満足感は次の訪問への期待につながる。今回は正直もう面倒くさいので適当な理由をつけて逃げただけなのだが。


「さて、次の営業先は」


 りょうは硬い植物紙に書かれた名前を上から順に消化していく。それらはどれもりょうの身分でも直接面談できる下級貴族ばかりだ。当然そこでの話題は他と大差無いものになる。



「だから私は言ってやったのさ、あんなのはデマだって。ホークロアの国王派の連中がクーデター側の名声に傷をつけて有利に立とうとしているんだよ。そんなデマを信じる連中はただの間抜けなんだよ」

「私が思うにね、今回の情報元は実はうちの国からなんじゃないかね? いや確かに実際に反政府軍が損害を隠していたのは事実だろうが、それは戦争なのだから敵に情報が筒抜けになるのを防ぐのは当然だろう? それをことさら大げさに言ってるのはうちの連中だ。つまり私が言いたいのは……」

「なんですの? わたくしそういうお話は好きではありませんの。やれ誰が悪いとか、誰が嘘をついたとか。だからやめてくださる?」

「ふん、私は機嫌が悪いのだ。つまらぬ話は聞き飽きた。口を開けばやれルペン知事は嘘つきだの、あれを持ち上げた連中は見る目が無いだの。私をコケにするために吹聴して回る。よいか、私の前でホークロアの話はするんじゃないぞ」

……。




▼▼▼


「はえ~みんな、くーでーたーのほうをおーえんしてるんですね~」


 りょうが『魔女の鷲鼻』に帰り留守番のサリーに話して聞かせると、サリーは目を丸くして感心した。


「くっくっく、そう思っちゃうか、まあそうだよね、そう思うよね」

「ちがうんですか?」


 子供相手ではあるがりょうは自分の知識をひけらかせる機会を得て若干調子に乗っている。異世界で現代知識無双する連中はきっとこんな気分なんだろうな。いざ自分がその立場になると確かにこれは、夢中になるのも分かる。


「いいかい、人間というのはね失敗すると失敗を認めるまでに5つのステップを踏むんだ」

「????」


 今の説明ではサリーには少し難しかったようだ。りょうは噛み砕いて説明する。


「つまりだ、人は、例えばサリーちゃんが転んだらそこから起き上がるのに手順があるだろ? まず両手を地面について、体を起こして膝立ちになって右足から立ち上がって」

「でもいたいいたいだと立てないです」


 サリーは自分が転んだ想像をしてしょんぼりしている。感受性が強いせいかただの例え話だけで本当に転んだような気持ちになったのだ。


「そうそう、そういうことだよ」


 だがそんなサリーの少し頓珍漢な反応にりょうは我が意を得たりと膝を打つ。りょうが言いたかったのはまさにそれだ。


「転ぶと痛くて悲しくなるだろ? で、痛みが引いてくると悲しくなくなるけど、次は転んだことに腹が立ってくる。そして怒りが引いてくると転んだことが恥ずかしくなって、立ち上がろうって気になるのさ」

「そーです、なりますなります」

「大人もね、同じなんだ。そしてこれは転んだときだけじゃなくって何かに失敗したときも同じように順番に感情が湧いてきて最後に失敗を認められるんだよ」

「はえ~」


 サリーが再度、目を丸くして感心する。それに対してりょうは改めて自慢げに解説を再開した。

 さあ、仕切り直しだ。


「人は間違えるとまず『否認』する。つまり、それは間違いじゃない、正しいんだ、間違いと言っている連中が間違えているんだ。そういう風に考える。

 その次が『攻撃』だ。間違いを親切に指摘してくれる人たちは自分を攻撃するために言っているんだ、と考える。それらの指摘は全て自分を攻撃するために理論立てられたもので、そんなものに説得なんてされないぞ、となる。

 その次に間違いを『矮小化』する。確かに自分は間違えたかもしれない、でも間違いはほんの些細なもので目くじらを立てるものじゃない。本質はそこではない、もっと重要な話をすべきだ、そんな具合に話をすり替えにいく。

 次が『無視』。徹底的に無視する。そんなものは存在しない。存在しないのだから間違いもくそも無い。だって存在しないのだから。

 そうして最後にようやく『妥協』する。確かにあれは間違いだった。でも間違いは誰にでもあるし、いつでもやり直せるし、反省してるし、だからセーフ。その分をちゃんと取り返せば間違いじゃなくなる。

 大体、この5つのステップを踏んで人は間違いを克服・・していくんだ。わかったかな? サリーちゃん」

「……、ぐーすぴー、っは。きいてましたきいてました。すごいです、すごいです」


 どうやらこのレベルの話はまだサリーには早かったようだ。だが重要なのはそこではない。この話の本質はもっと先にある。


「つまり、要するに、だ。人は間違えると皆同じステップを踏むんだ。そこに賢さは関係ない。ステップを如何に早回しで踏んでいくかで間違いから立ち直る早さが違ってくるぐらいだ。強いて言うなら慣れとストレス耐性と知識ぐらいしか関係しない。だから、つまり、俺たちは予想ができるんだ」

「よそーですか?」

「そう、次に彼らが、失敗した彼らがどういう反応をするのか、何を考えるのか予想できるんだ」

「はえ~」


 三度目のサリーの感心だったがりょうは最早良い気分にはなれず、ただ現代にいた頃に何度も見てきた失敗した人間たちのことを思った。


 ブラック企業というものは惹かれ合うものだ。

 どういうわけか、りょうが勤めていたブラックな会社の取引先もまた劣悪な労働環境だった。そしてそういう会社というのは得てして長続きしないものだ。潰れていく過程を何度も見てきた。

 会社が潰れそうになると、普通想像するのは、我先に社員が逃げ出していく光景だろう。だが実際には潰れそうなときほど社内は熱気に満ち社員一丸となっていたりするものだ。それを見て取引先等は、ああ悪い噂は嘘だったのかと安心する。そうやって売掛金の回収に失敗するのだ。

 なぜ彼ら社員は自分たちの会社が潰れそうだというのにのん気に働いているのだろうか? 会社側が完璧なコンプライアンス体制で情報の漏洩を防いでいるのか? いやそんなことは無い。ブラック企業のコンプライアンスなど使った後のちり紙よりも価値が無い。情報など常にだだ漏れ状態だ。社員はあの契約がご破算になった、上が夜中まで会議している、あの役員を見なくなった、そういった噂が自由に社員の間を泳いでいる。冷静にそれらの情報を集めて判断すれば自分の会社が潰れそうなことくらい容易に想像ができる。

 では、なぜ彼らは潰れそうな会社でむしろやる気になっているのか?

 簡単だ、人は間違いを認めるのに時間がかかるのだ。

 悪い情報に直面するとその情報は嘘だと思い込む。情報を正確に受け取り忠告する人間は裏切り者だと攻撃する。よしんばその情報が正しかったとして、それぐらいで潰れるはずが無い、そんなの以前に何度も乗り越えてきたとなぜかよりいっそうの忠誠心を会社に向ける。挙句の果てには見なかったことにして耳をふさぐ。そして、ようやく会社が潰れそうだと認められる心境になる頃には全てが手遅れだ。退職金もなんなら給料の未払い分だって手に入らなくなる。


「だーから俺は言ってやったんだよ、何度も何度もやばいって、この会社潰れますよって、退職金出るうちに逃げて転職活動した方がいいですよって。だーのにあいつら俺を目の敵にしやがって。折角の親切を」

「はえ~」


 なにやら過去にいやなことでもあったのかりょうが愚痴りだすのをサリーは感心したように見ている。

 サリーには何のことだか分からないが、ただ一つだけ言えることがあった。


「おとなって、たいへんなんだとおもいました!」

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