11.男三人寄れば謀る
ベルが朝、目覚めると寮の食堂には昨夜の惨状がそのまま残っていた。
酔っぱらってそのまま服を脱ぎ散らかして雑魚寝を決めた三人はまさにゴミ溜めのゴミそのもの。ベルは思わず唾を吐くと学院へと登校した。
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あれからどういうわけかホーランド元王子はまた学院に通うようになった。
何かやる気が出たというより寮でウルク元王子やネスケとくだを巻いてそのまま一人だけ寮に居残るのは寂しいからついてきただけのようだ。そんなわけで学院でも例の男三人は仲良し三人組として認識されている。
「やあ、ベル。僕たちの今日の昼食は何かな?」
ウルク元王子が三人を代表してベルに昼食をたかりに来た。ベルは口まで出掛かった言葉を飲み込むと精一杯世間体に妥協した三人分の昼食をウルク元王子に投げてよこす。
「やった、今日は当たりだよ二人とも。僕はこの焼きそばパンに目が無くてね」
「ワシも最近は顎が疲れて、こういうやーらかいのが良くなってきたのう」
「ああ、なんという落ちぶれよう。王子ともあろう余がこのような貧民の食べるものを口にしようとは」
ウルク元王子とネスケが喜ぶのとは対称的にホーランド元王子はひどく落胆した様子だ。
あんだてめえ、ただ飯喰らい分際で。
思わず腕まくりして立ち上がったベルをウルク元王子とネスケがなだめる。
「まあまあ、彼も本心から言ってるわけじゃないから」
「そうじゃよ、あいつはああいうキャラで売ってるだけなんじゃ。内心じゃ喜んどるよ」
本当か?
二人の説得の言葉は疑わしくて仕方なかったが、しかしホーランド元王子よ様子を見る限りではどうやら本当のことらしい。
「もぐもぐ、このような、もぐごくん、品性を、はむもぐ、疑う、もぐ、乱暴なソースの味と、ごくん、歯ごたえに一体感の無い、もぐ、パスタとパン、もぐもぐ、まったくこれだからウェスホークは、もぐ、まったく、ごくん、ほらもう無くなってしまったではないか。はぁ」
ホーランド元王子はぶつぶつと文句を垂れながら一瞬にして焼きそばパンを平らげる。その食べっぷりにベルは何となく鬱憤が晴れ、振り上げた拳を下ろしたのだった。
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「ZZ~、余はなんと不幸なのだ~、ZZ~、天は余になぜこのような仕打ちをするのだ~、ZZ~」
何となく学院ではホーランド元王子を受け入れるような空気になっていたが、その考えは甘かったようだ。ベルがアルバイトから疲れ果てて帰ると寮には晩飯の前に一眠りを決め込んだホーランド元王子がいた。寝言ではなにやらこの世の不幸全てをその身に受けているようなことを言っているが、寝相悪く腹をかきながらよだれを垂らすその姿は怠惰という名の幸福を満喫しているようにしか見えない。
「むにゃむにゃ、余はこのようなうだつの上がらぬ者たちの掃き溜めで一生を終えるのだ、なんと不幸なのだ、むにゃむにゃ」
「はっはっは、見たかい、ベル? ホーランドくんは本当に愉快だね」
「ワシはこういうの知っとるぞ。あれじゃろ、ネガティブ芸というやつじゃろ」
アルバイトで疲れ果て、帰ってくれば働きもせずに食べるだけの奴らが遊んでいる。こいつらを早くどうにかしないと。いや、一歩ずつ確実に行こう。まずはこの役立たずの上にやたら文句だけは一流のホーランド元王子からだ。
ベルは気付いていた。ウルク元王子とネスケの態度が以前よりも大きくなっていることを。原因は分かっている。ホーランド元王子だ。
人は自分よりも役立たずの人間を見ると安心するのだ。自分よりも下がいると気付いただけで自分が立派な人間になった気分になれるのだ。あいつらは口ではホーランド元王子が可哀想だの哀れだの言って拾ってきたが本性では全く別のことを考えている。あいつらは自分よりも下を寮内に作ることで自分たちが気分良く怠惰を囲えると、そう気付いたのだ。
ベルは心に決めた。必ずやあの厚顔暴慢たる元王子を除かなければならない。
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いつもの串肉屋で令はどうにかしてあのホーランド王子を追い出せないものか悩んでいた。
まず押し付け先として真っ先に思い浮かぶのがホークロア王国。
ぜひとも製造者責任を問いたいところだが、しかしかの国はクーデターの真っ最中。仮にあの元王子をホークロアに引き渡したとして扱いに困って送り返される未来が見えている。
ホーランド元王子はタイミングの良いことにクーデターが起こる前に王子を首になっている。そうなると反政府軍も大手を振って元王子を処刑するわけにも行かないだろうし、名目上は一般人なのだから人質として王国軍を脅すのも外聞が悪い。結局は特に役にも立たない厄介者として送り返されるだろう。
では次の候補であるウェスホーク王国はどうだろうか。
友好国としてホーランド王子を匿うという可能性はあるだろうか?
しばらく考えてその可能性はなさそうだと令はため息をついた。仮にホーランド元王子をウェスホークで匿うとホークロア側に政府側を支援していると見られてしまう。そうなるとクーデターがいざ成功したときに新政府との関係がギクシャクすることになるだろう。
かといって積極的にホーランド元王子を捕まえて反政府軍に引き渡すと、今度はクーデターが失敗したときになんと言われるか分かったものではない。
つまりウェスホーク王国もホーランド元王子はいないものと無視を決め込んで令の元に送り返されるだろう。
八方塞。その言葉が頭に浮かび、思わず令は頭を抱えた。
「どーしたんですか? りょーさん。あたま、いたいいたいですか?」
串肉屋で昼食を共にしているサリーが平和そうな顔で聞いてくる。いつものように串肉のタレを舐める表情は幸せそうでうらやましい限りだ。
「ああ、ちょっと厄介事があってね」
「あたまいたいいたいのときは、たのしーことかんがえましょー」
子供らしいアドバイスに令は頷く。
そうだな、悩んでも解決しないのなら何か楽しいことを考えていた方がましだな。
「わたししってます! たのしーこと! みんなむちゅーです! おとなりで、くーでーたーがすごいんです!」
「はは、そうだね。その手のは話は皆好きだからね」
令とサリーが話していると丁度良いタイミングで後ろの席で件の話が始まった。
「聞いたか? お隣のクーデターの話。何でも反政府軍の連中、被害を誤魔化してたらしい。最悪だよ、失望した」
「なに言ってるんだよ、お前。クーデター軍の突撃作戦は元々被害が出ることは当たり前なんだから、誤魔化す必要なんて無いだろ。あんな報道、信じるなんて情弱ぐらいなもんだぜ」
串肉屋を常連にしている日雇い労働者が喧々諤々の議論を始めている。自分たちにはおよそ関係が無い、しかしそんなことはお構い無しに熱心に話し合う彼らの表情はどこか楽しそうだ。
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ホークロア王国の王城を攻める反政府軍は一時の停滞を余儀なくされていた。
なぜならその本陣では今、反政府軍の指導者ルペン知事を糾弾するある疑惑で揺れているからだ。
「ルペン知事、どういうことだね。突撃隊の損害を誤魔化していたというのは」
「いや、私はそのようなことはしていない。本当だ。このノルスディア大陸の慈母神アレスに誓って、本当だ」
詰め寄る幕僚に向けてルペンは淡々と答える。その様子は感情を抑えた、実に正々堂々としたもので、周りで聞いている者たちはそれだけで納得してしまいそうになる。
だが、そういった空気に流されない者も中にはいた。
「そんなことを言って、突撃隊の隊長が暴露したんだぞ! 突撃隊で負傷し、野戦病院に担ぎ込まれてから死んだ人間は突撃の損害にはカウントしなかったと! どう言い繕うつもりだ!」
「私は、私は大いなる母アレス神に誓って世に背くような行いはしていない。確かにその隊長は嘘をついたわけではないが、しかしそれは事務処理の問題であって決して突撃隊の損害を誤魔化す意図で行ったわけではない。それは信じて欲しい」
何にも恥じることなく淡々と訴えるルペンの態度に本陣の空気が彼の支持へと傾いていく。必死に彼を糾弾する者たちはそんな無言の圧力に徐々に声が小さくなりやがて黙りこくってしまった。
その期を見逃すようでは反政府軍の指導者などできない。
「皆、聞いて欲しい。我々は今、大きな苦難に直面している。そんな時、誰かにその苦難の原因を求めてしまうのは仕方の無いことだ。だが忘れないで欲しい。苦難を乗り越えるのに必要なのは断頭台ではない、議事堂だ。皆が手を取り合い王家に立ち向かおうと拳を上げた、あの議事堂を思い出して欲しい。我々は今一度一つになるべきだ。違うか? 私に責任があるのなら、後からいくらでもその責任を取ろうではないか。だから今だけは、今だけは私に協力してくれ」
流れは決まった。最早、彼の犯した罪を糾弾できる者などいない。そんなことをすれば、敵を利するために仲間を攻撃する裏切り者の烙印を押されてしまうからだ。
本陣のテントの中ではのぼせそうなほどの熱気が渦巻いている。ルペンを中心に彼を信奉する司令部の面々が最早勝利を手にしたかのように威勢を挙げている。
その一方でテントの外では寒々とした冬の風が王城を囲む人々に吹きすさんでいた。