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10.動乱の王国

 ホークロア王国の首都、王城を構えるこの都では今、常の静謐な雰囲気は何処かに去り人々が争う音が響いている。

 いや、争いと言う説明では大人しすぎるだろう。もはや様相は戦争の体を帯びている。人の血が流れているのだ。


「報告します! 王城正面への突撃は大規模な魔法(トラップ)によって甚大な被害を受け、撤退しました!」

「……」


 首都の外縁部、王家への反乱を企てたクーデター軍の司令部では現場からの報告が続々と届いている。


「どういたしますかな? ルペン知事。また突撃を敢行いたしますかな?」

「……」


 司令部に集まった人々の視線が中央に座る一人の男に向けられる。男は元から皺の深かった顔に更に苦渋の表情を浮かべ腕を組む。そして、しばしの黙考の後、発言した。


「当然だ。突撃こそ我々の意志を奴ら王家に知らしめる唯一の手段。その威容をもって奴らの心胆を寒からしめるのだ」

「おおっ」

「さすがはルペン殿」

「やはり華々しさがあってこそ我らの正義が流布されるというもの」

「なに、王家の抵抗も、もう幾分と保つまい。突撃精神を貫くのだ」


 口々にルペンの決定へ賛同する。司令部の空気は先程までの重苦しいものから打って変わり明るくなっている。まるでもうこの戦争に勝ったかのような調子だった。


「それではルペン知事、いつもの演説で突撃隊を鼓舞してくだされ」

「うむ」


 ルペンの隣に控えていたいつもの太鼓持ち、もとい忠臣が促すとルペンは立ち上がり司令部のテントから外へ出る。司令部の面々もそれに続き、軽口など叩いている。まだ、真っ昼間の外の空気に照らされた彼らの顔はどれも明るく輝いていた。ただ一人、報告に参じた現場の指揮官を除いて。



▼▼▼


 隣国であるホークロアで政変が起こったという知らせは瞬く間にウェスホークの首都にまで届いた。それ以来、首都の上から下までその噂を聞かない日はない。

 首都の中間層よりも下の労働者たちが好んで通う、この串肉屋でもそれは例外ではなかった。


「聞いたか? 何でも今回のクーデターの首謀者はホークロアの州知事連合らしい」

「ああ、知ってる。だが州知事といえば結構なご身分のお貴族様だろう。なんで王家に反乱なんて話になったんだ?」

「お前、遅れてるなあ。いいか、何でも向こうの国じゃあ州の間を自由に商人が行き来できるらしい。それは良かったんだが、そのせいで商人が売り上げを誤魔化し易くなったようでな、ほらあれだ、脱税ってやつが横行したんだと」

「そりゃ、州を治めるお貴族様からしたらたまったもんじゃねえよなあ」


 いつものようにりょうとサリーが昼食をとっている横で二人の中年が件の噂話に興じている。身分も職も関係なく政治と戦争の話は娯楽性が高い。特に現在進行形で事態が進行していればなおさらだろう。手前勝手に政治と戦争を酷評しては楽しんでいる様子だ。

 りょうがそんな背後の喧騒を聞くともなしに聞いていると、隣のサリーが興味を持ったのか同じ話題を振ってきた。


「ぺろぺろ、お隣さんはたいへんなんですね、ぺろぺろ」


 串肉そっちのけで皿の方を丹念に舐めながらサリーが言う言葉はある意味で的を射ている。誰が悪いかなど伝聞の情報で確定などできない、間違いなく言えるのは隣国の状況は国民にとってはいい迷惑と言うことだけだ。

 ただ一つだけ気になることがありりょうはサリーに聞いてみることにした。


「サリーちゃんはこのクーデター、成功すると思う?」

「くーでたーですかー? うーんうーん。くーでたーはわるいことなので失敗するとおもいました」

「そうだよね、クーデターは悪いことだよね」


 どうやらこちらの世界の常識は地球のものと同じらしい。そのことに安心しつつ、しかしそれならばより一層疑問が残る。

 クーデターと言えば国が最も重罪に指定するほど危険視し、当然対策も行っているものだ。成功の確率はそもそも高くない。しかも、聞くところによるとクーデター軍は王城の正面突破にこだわり完全に侵攻が停滞している。

 クーデターは早急に権威を奪取し内外に自分が正統であることを宣言する必要がある。さもなければ周囲からは混乱の元凶として煙たがられ支持を失っていく。

 そしてある程度支持を失うと、次は恩を売りたい周りの勢力が白馬の騎士(ホワイト・ナイト)として介入して来る。

 現状はクーデーター側が攻めているとはいえ実情は追い詰められていると考える方が妥当なはずだ。しかし、ウェスホークの国民の評価はどうやら逆らしい。


「しかし聞いたか、ルペン知事の演説。あの演説があればクーデター側の勝利は間違いないな」

「ああ、あのホークロアを一つにまとめる演説、実に感動的だった」


 なぜかこのクーデターの首謀者らしいエンパイア州のルペン知事という人物の演説が如何に素晴らしいかという話だけで今回のクーデターが成功することが間違いないように語られている。

 まあそれが異世界の常識だと言うならりょうがとやかく言う問題ではないのでいいのだが。ウェスホークが国として隣国の内乱に関わるのであればぜひとも勝ち馬に乗って欲しい、そうすればりょうの商売にもチャンスが巡ってくるのだから。



▼▼▼


 日がとっぷりと暮れた頃、ベルはいつものアルバイトを終えて寮へと帰っていた。

 例によってウルク元王子とネスケの二人はまともに働かず寮で晩御飯ができるのを待っているのだろう。それを考えるとベルの頭は憂鬱で痛みだす。


 いけない、もっとポジティブなことを考えなきゃ。


 最近、女装が板についてきた関係で思考もベルに引っ張られるようになったベルだが、それには気付かず最近あった良かったことを考える。


 何か、何かあったはずだ。そう、この前、明らかにヤバめの臭いがする鶏肉をじっくりと焼いて食べたがまだお腹の調子は大丈夫だった。あれは実にラッキーだった。他には、他には、他には……。そうだ! あの王子、うちの元王子ではなく隣の国のホーランド元王子、あれに引っかからなかったのは我ながら冴えていた。あれは良かったことに入るだろう。


 あれからホーランド元王子は勘当された後、学院には来なくなった。その後、ホークランド国でのごたごたで大使館から人がいなくなりすっかり元王子の所在は分からなくなった。

 もしも、万が一、ホーランド元王子に粉をかけていたら。間違いなく今頃は寮に養わなければならない人間が一人増えていたことだろう。

 本当に危なかった。ぎりぎりで最悪の事態を回避できた。今はその幸運を喜ぶことにしよう。

 

 ベルの気持ちが軽くなると足取りも軽くなる。心なしか周りの雰囲気も明るくなっている気がする。日が暮れた夜の寒い街中でどこかの家から笑い声が聞こえてくる。そんな幸せな家庭から気持ちだけおすそ分けしてもらいベルは寮に帰るまでのこの時間だけはくよくよせずに歩こうと、そう思えた。古いアニメ映画の陽気な音楽を鼻歌で口ずさみながらベルは家路をたどる。

 心の持ちようなのか、次第に笑い声が大きく、近くなっている気がする。なぜかその笑い声が段々と不快なものに変わっていく。夜の街を暖かにしていた笑い声がいつの間にか馬鹿騒ぎのそれになっていく。ベルはそして足を止めた。理由はごく単純だ。目的地、ベルが住んでいる寮に着いたからだ。明るく、煌々と灯りが付いた寮の窓から件の馬鹿騒ぎが響いていることは確信に変わっていた。



▼▼▼


「だっからさあ、くよくよしたってしょうがないんじゃよ。あれよ、ワシなんて剣術道場の娘の下着泥がばれた時は永久追放言われたんじゃよ。それが今じゃ剣聖の孫じゃから」

「ふふふっ、ネスケくんが言ってることは極端だけど、僕も王子の座から追放されたけど今では立派にギャンブル界の風雲児と呼ばれているからね。肩書きなんてものはその時々のありようで変わって当然のものなんだから、気にすることないよ」

「いいや、余はもうお仕舞いなのだ。王子と言う肩書きを失った余に価値などないのだ。こんな、こんな、ただ美しく品格に優れ才知に溢れるだけの一般市民は周りから嫉妬され、世間からつま弾きにされるだけなのだ」

「がっはっは、こいつ、これだけ言えるのは肝が据わっている証拠じゃ」

「はっはっは、ホーランドくんは思った以上に愉快な人なんだね」

「余は、こんな掃き溜めのような場所にいれば必ずや嫉妬を買い理不尽な目に合ってしまうのだ。なんと不幸なことか」


 なにやら寮の奥から愉快な声が響いている。聞き慣れた声が三つ。一つはセクハラでギルドから追放処分を受けているネスケ。もう一つは能天気が災いして王家から追放された挙句にギャンブル狂いにまで堕ちたウルク。そして最後の一つは、つい最近、隣の国の王家から追放され、ついでにその国ではクーデターの真っ最中で最早、帰るべきよすがも無い男、ホーランドだ。


 避けたはずの地雷がおうちに届いている。

 ベルは唐突に力が抜け目の前が真っ暗になった。

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