5.ようこそ、ここはあなたの望みが叶う店。『魔女の鷲鼻』
「い、いらっひゃいまへ」
令が入った建物はどうやら何かの雑貨屋のようだった。店内には用途不明の商品が特に分類もされずに置かれている。なんというか、とりあえず並べました、という感じだ。
「ど、どういっひゃごひょうけんれひょうか!」
そしてさっきから噛みっぱなしで何を言っているのか分からない少女がこの店の店員のようだ。黒い野暮ったいワンビースに同色のとんがり帽子。
まるで魔女のコスプレだな。令はそう思った。
いや待てよ、ここは魔法と剣のファンタジー世界。ということはこの子は本物の魔女か?
「あの、あの、と、当店の目玉商品はですね、この藁人形、です。これは、あの、南にある土海という国の珍しい魔法道具で、あの、こうやって呪いたい相手の髪の毛を入れて、えい! こうやって釘を刺すと、相手は悶え苦しんで死にます。いかがですか、今ならなんと30%オフです」
「すいません、俺はちょっと気持ち悪くなって休ませてもらおうと」
令は青い顔のまま適当な理由をつけて怪しげな商品を断ろうとした。しかし、令の言葉を聞いた少女はその言葉を字義通りに受け取り慌てたように言う。
「あわわわわわ、すいません、気付かなくて。あの、それじゃあ、これを」
少女は取り出した香水瓶を令に向かって一振りする。霧のように薄っすらと広がるその香水はしかし劇的な効果を令にもたらした。
まるで突風に吹き飛ばされたかのように、令の周りにまとわりついていた悪臭が一瞬にして消え去る。いや正しくは令の周りからだけ消え去った。令を守るかのように清浄な空気が包み込み悪臭を寄せ付けなくしている。
まるで魔法だ。
「もしかして、君は、いやここは本当に魔法の道具を売っているのかい?」
あの安っぽい藁人形はさすがに何かのジョークだと思うが、さっきの香水瓶の効果は間違いなく魔法道具のそれだ。
令の知っている魔法は特殊な職業についた人間かレベルアップで魔法に関するステータスを一定以上に上げた人間だけが使える特別な技能だ。当然、安くその恩恵に預かれる代物ではない。
結果的に安い肉体労働者で事足りるものはそれで済ませようとするのだから令の食い扶持を考えれば都合がいいのだが、ファンタジー世界に少なからず夢を見ている者としては縁遠い存在に残念な気がする。
そんな特殊技能の最たるものである魔法が今の一瞬で行われた、しかもほんの子供の手によって。
まさか魔法道具というのはジョークグッズとか手品の種の類ではなく本物の魔法を使える道具ということなのか?
「ええ、ここは何を隠そう魔法道具店『魔女の鷲鼻』。そして、私がこの店の店主サリーです。えっへん」
威厳も何も無く。サリーと名乗る自称店主は可愛らしい鼻を誇らしげにこすると胸を張って言ったのだった。