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19.拷問令嬢

 ネスケは水瓶を傾けると水滴が一定間隔で落ちる絶妙な塩梅を探していた。

 その横ではウルク元王子が氷屋から買ってきた冷蔵庫用の氷の塊を団扇で仰ぎ冷気が漂うようにしている。

 そして肝心のベルは何をしているのかと言うと定規をしならせて机を打ち、納得の音が出るように手首のスナップを工夫している。

 しばらくして三人はそれぞれ自分たちの作業に納得がいったようだ。互いに目を合わせると頷き、いつもの寮の部屋にいる見慣れない客人へと目を向ける。

 客人は丁寧に簀巻きにされ椅子の上に座らされた姿勢で目元は黒い布で目隠しをされている。

 まだ気を失っている義賊の少年、ウルフはそのような快適とは言い難い体勢にも関わらずイビキをかいて寝ていた。

 そんな肝の太いその少年の鼻に向けてベルは大きく息を吹きかける。


「くっさっ! なんだ? なんだよこれ? おい、ふざけるなよ! 俺を解放しろ!」


 嗅覚の刺激に秒で目を覚ました少年が自分の状況を瞬時に理解し縄を解くよう主張してくる。なかなかに聡い少年だ。盗賊なんてやっているぐらいだ、馬鹿ならすぐに首と胴が離れているだろうから、つまりまだ繋がっている彼は頭が良い部類なのだろう。

 しかし、こんなに喚かれては話が進まない。ベルは手に持った定規をしならせ机を叩き少年を黙らせる。


「お黙り! 私が良いと言うまで黙っていなさい!」


 ベルの合図を受けネスケが水瓶から水滴を落とす。

 ぽたっ、ぽたっ。メトロノームのように決まったリズムを刻むその音に合わせて今度はウルク元王子が氷を扇いで冷気を送る。

 少年はベルの声に含まれる危険な香りと周りの音と冷たさにここがどこかを悟ったようだ。


「俺を地下室なんかに閉じ込めてどうするつもりだ」

「ふふ、わたくしがこれからあなたの体にたっぷりと聞いてあげるのですから。多少騒がれても問題ない屋敷の地下室に招待したのですよ」


 ベルが言うとネスケがより激しく水滴を落とす。ぽたぽたぽたぽたぽたぽた。ウルク王子も対抗するように団扇を全力で扇ぎ冷気の風を強くする。

 地下室とは思えない煩さと隙間風の強さに少年がベルの言葉に疑いを抱きだした。


「本当か? なんか声も響かないし、普通の民家なんじゃ――」

「お黙り! わたくしの名前はコーネリアス。疑うのでしたら開放された後にその名前の貴族を探してみるといいわ。わたくしの悪名に震え上がることでしょう。まあ、それだけの元気があればのお話ですけれど」


 ベルはしれっと嘘をつき少年を脅す。ついでに定規で机を叩くのを忘れない。流石にその如何にも痛そうな音には少年も強気ではいられないのか首をすくませる。


「わかったよ。それで俺に何を聞きたいんだ?」

「それじゃあ、まずはあなたのお名前を」

「……。俺の名前はウルフだ」


 一瞬ためらった後、少年が名乗る。

 いかにも偽りの名前を考えたような間の取り方。おそらくこの少年、ウルフはこちらを試している。どこまで自分の情報を知られているのか、もしくは嘘を見抜けるような魔法をこちらが所持しているのかを。

 当然のことだがこちらはついさっき捕まえた身元の分からない少年の情報など持っていないし、嘘が分かるような気の利いた魔法も用意していない。だが、剣の達人であるネスケがその代用になる。

 呼吸と声の動揺、発汗の変化を観察すればネスケにはそれが嘘かどうかなどすぐに分かる。少なくとも子供の付け焼刃の演技程度では騙されない。

 ネスケが頷くとベルもそれに黙って頷き返し、少年、いやウルフへと話しかける。


「どうやら、お上品な顔通りに正直な性根のようですね」


 自分の演技が見透かされ正解を言い当てられたことでウルフの警戒感が増す。

 だが緊張し、感覚を鋭敏にすれば同時に恐怖心が増していく。特に視界を塞がれ想像力を掻き立てるように誘導されれば、その効果はより絶大なものになる。


「正直者のウルフくんにはごほうびを上げましょう」


 ベルの口調は優しげだがそこに含まれている真意をウルフは正確に理解した。演技で相手を測ろうとした性根の悪いガキにはお仕置きが必要だと、そう言いたいのだ。


「さあ、グリフォンをここへ」


 ベルの合図と共にウルク元王子が羽団扇を片手に躍り出る。

 四足歩行の猛獣になりきったウルク元王子はそれらしい足音を立てながらウルフの周りを一周してから正面に座る。そしてグリフォンの羽でできた団扇で少年の首筋を撫でた。


「うわっ、なんだ気持ち悪い」

「ふふふ、今グリフォンの羽があなたの首筋に当たったのよ。そうやってグリフォンは獲物の品定めをするの」


 ウルク元王子は先ほどネスケが役に立ったことに対抗しているのかやたらとやる気を出して羽団扇でばっさばっさとウルフを撫でる。


「おい! くそ、くすぐったいから止めさせろ!」


 恐怖心というよりくすぐったさを我慢できずにウルフが叫ぶ。予定とは違うがウルフの反応に気をよくしたベルは本題に入ることにした。


「それじゃあ、ウルフくん。歌ってもらいましょうか、あなたが盗んだ財宝の在り処を」



▼▼▼


 なかなかに強情な少年だった。

 ベルは額の汗を袖で拭くとようやく全ての財宝の在り処をしゃべったウルフの様子を観察する。

 靴どころか靴下まで脱がされた素足の裏はグリフォンの羽の団扇で丹念にくすぐられ若干赤みを帯びている。笑うのを限界まで我慢していた影響か、足の指はあらぬ方向によじれウルフの激闘の名残を残している。

 ウルク元王子は年少の頃に培ったグリフォンのまねを存分に発揮していた。

 グリフォンなど間近に見たことがない人には全く伝わらないが、グリフォン討伐でよく目にしているネスケは大爆笑のグリフォンの仕草をカンコピした名演は、しかし特に役には立たなかった。

 ウルフ元王子の十八番の気があるメスに求愛したいけど恥ずかしいので尻の羽だけが動いてしまうオスグリフォンの演技はウルク元王子が団扇を股に挟んで行われた。さらにその団扇の羽でウルフの足の裏をくすぐるという無駄に器用なことをしていたが、結果的にそのくすぐりでウルフはギブアップしたのだ。


「さて、用も済みましたし今日はもう寝ましょうか」


 すっかり暗くなった外を見てもう深夜の時間帯であることにベルは気付いた。

 財宝の回収は明日でも十分に間に合う。それにこのウルフ少年も衛兵の詰め所に連れて行かなければいけないのだから、明日は忙しくなりそうだ。十分に睡眠をとって今日の疲れを取ろう。


「ならば、ワシが見張っておこう」


 ネスケが名乗り出てくれたので快く任せることにする。一般人とただの元王子の二人には今日はなかなかにハードな一日だったので深く考えることなくそれぞれの寝室へと帰っていった。




 部屋に二人きりになったネスケとウルフは特にしゃべることも無い。

 ネスケはこう見えてもそれなりに修羅場をくぐってきた人間だ。例え子供だろうと逃がしてやろうなどと甘い考えを持つことは無い。その雰囲気が伝わっているのかウルフも哀れみを請うような余計な言葉は言わなかった。

 しかし、時間が経つにつれウルフが涙をすする音がし始める。ネスケにはそれが演技だと分かっていたがその音を一晩中聞かされるのもうんざりするので適当に話を向けて黙らせることにした。


「なんだ、何か言いたいことがあるなら、まどろっこしいまねは止めるのじゃ」

「ぐすん、はい、すいません。俺の姉ちゃんが心配で」

「……そうか姉がいるのか、そうか姉が。ふむ、姉が、なるほど」


 ネスケが言外にウルフに話を進めるように促している。


「姉は弟の俺から見てもきれいで、やさしくて、気立てがよくて、誰にでも好かれていて、あと、あと、そうだ、おっぱいがおおき―――」

「何! おっぱいが!」


 ウルフが探りながら架空の設定を付け足していくと最後の一つに食い付いた。


「どれぐらいじゃ? どれぐらい大きいんじゃ? いや待て果物で例えるんじゃ」

「あーそーですねー、あれですあれ、メロ―――」

「メロン! 何号じゃ、何号メロンじゃ」

「え? 号? えっと、じゃあ5、いえ6号で」

「ろ、ロ、炉、ろくごーじゃと!」


 できればもう少し声のボリュームを押さえて欲しい。他の人が来たらこの明らかに嘘くさい話がバレてしまう。ウルフはそう思ったが注意するわけにもいかない。


「あの、それでですね、その6号メロンの姉がですね、病気でですね、今から俺が薬を届けるって言う話で解放して欲しいんですよ、今すぐ」

「解放したら、お姉ちゃんを紹介してくれるかの?」

「しますします」

「嘘じゃないんじゃろ?」

「ないですないです」


 ネスケは一度目を閉じ考える。このウルフとか言う小ざかしい少年の言葉は8:2いや9:1で嘘だ。ネスケが長年に渡って自分の命を預けていた勘がそう言っている。

 しかし、だが、待って欲しい。この世界には期待値というものがある。

 例えば6面ダイスで1が出れば銀貨10枚、それ以外なら銀貨1枚。さてどちらの賭けるのが賢いか? そう問われれば勿論答えは1が出る方だろう。つまりこの世界は確率と報酬の掛け算で選択を決めねばならないのだ。

 そうするとどうだ。金髪巨乳ギャルとワンチャンある可能性が10%あるということだ。ワシの勘が言っているのじゃ、金髪巨乳ギャルとワセッセできる可能性が10%()あると。

 ネスケは常に自分の勘を信じてここまで生き残ってきた。だからこそ、今回もその勘を信じるのかと問われれば答えはもう決まっている。



▼▼▼


 チュンチュンチュン。ホーホーホー。


「おい」

「むにゃむにゃ。もうメロンはこりごりなのじゃ」

「おい、起きろ、じじい」

「むにゃむにゃ。はっ、なんじゃ! しまった! ワシとしたことが。何たる失態。たかが小童と油断してしまった。なんたることじゃ」


 ネスケが一通りの言い訳を終えるのをベルは白い目で見ている。

 ネスケはしゃべりながら徐々に目が泳ぎ、脂汗が出て、口元が震える。それらは特別な訓練を受けていないベルにも何を意味するのか分かった。


「行くぞ」

「はぃ」


 ベルが短くどすの効いた声で一言言うとネスケは大人しく消え入りそうな声で答える。彼らはウルフが白状した盗品の保管場所にこれから向かうのだ。

 なお、王子は朝が弱いので一人では起きて来ない。

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