17.潜入! ディープステートの真実!
スラム街の妖怪との対談が終わってから令は義賊の捕縛に向けて準備に余念が無かった。件の準男爵家に足繁く通い義賊が侵入してくる当日に自然と居合わせられるように予定を組んでいく。
その一環として『魔女の鷲鼻』の店主、サリーに依頼したいことがあった。
「そういうわけだから、例の精力剤の製造をもっと増やせないかな」
「はふはふ、串肉おいしおいし」
令は表通りの串肉屋でサリーと昼飯がてら、これからの販売計画を話していた。
何故かサリーが串肉には手をつけずに匂いを嗅ぎながら白米を食べている。令はそのことにはあえて触れずにビジネスの話を進める。
「原料とかは大丈夫かな? もし足りなくなりそうなら別の商品を売り込んでみようかと思うんだけど」
「だいじょぶです。お馬さんからたくさんもらってるので」
サリーは食事の手を止めて言った。馬? なんだろう、馬の生き血が精力剤になるとかいう話なら現代でも聞いたことがあるし、この辺でもそういう民間伝承があるのだろうか?
令は一人納得すると食事に戻った。
串肉屋は庶民が手っ取り早く食事を取れる場所として重宝されている。そのためか日銭稼ぎの労働者がよく利用する。彼らは少しでも給金の良い現場にありつくために情報交換を怠らない。そんな彼らの会話が令の耳にも自然と入ってきた。
「なあ、知ってるか? 例の義賊様の話」
「ああ、知ってる知ってる。あれだろあくどく儲けている貴族や商人ばかり狙ってるって言う」
緘口令の効き目も大分弱くなってきていた。ついこの前まで周りの視線を気にしてからでないとその話題を持ち出すことなど無かったはずだが今は特に気にもせず噂話で盛り上がっている。
「お前は情報が古いな。あの義賊の話には裏があったんだよ」
「裏?」
「ああ、そうだ。あくどい金持ちだけを狙う義賊ってのは真っ赤な嘘でな。本当の狙いは別にあったんだよ」
「へえ、そうなのかい」
「ああ。実はな、義賊はとある商人に雇われた盗賊でな。その商人ってのが国の政を裏から操って利益を貪っている奴なんだよ」
「それなら俺も聞いたことがあるぞ。ディープステートって奴だろ」
「ああ、それだそれ。その商人が邪魔になった貴族を闇に葬るために盗賊に財産を盗ませて、しかもそれが不名誉みたいに噂を流してるんだってよ」
「そうか、いや俺も怪しいと思ってたんだよ。義賊なんて都合のいいのが突然ポンッと生まれるはず無いってよお」
「正しいことをしてるってのに正体を隠す必要なんてねえんだから、これは後ろ暗いことがあるに違いねえよな」
二人の労働者は一通りしゃべり終わると休憩時間が終わったのか串肉屋から出て行く。それをなんとわなしに聞いていた令は黙って見送り、彼らが十分に離れたところで串肉屋の主人に質問する。
「ご主人。あの二人、見かけない顔だったけど最近よく来るのかい?」
「さあ? あっしにはなんとも」
如才ない串肉屋の主人はあいまいな言葉で返答を濁す。
なるほど、もう国は動いているということか。いよいよ例の義賊を捕まえる算段がついたところで評判を落としておこうという腹積もりなのだろう。下手に民衆のヒーローを捕まえて打ち首獄門なんてした日には革命の一つも起きかねない。
こうやって下準備を整えて義賊に対して民衆が疑念を持ったところで見事捕まえれば逆に国は良くやっていると評価を上げることも可能だ。
だがその獲物は残念ながら俺たちのものだ。
令は不適に笑みを浮かべた。
「お皿もおいしです。ぺろぺろ」
ハードボイルドごっこをしている令の横でサリーは皿に残ったタレをきれいに舐めとっている。そんな怪しげな二人に対しても如才ない串肉屋の主人は何も言わない。ただ心の中で早く出て行かないかと、そう思っていた。
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落月の夜。スラム街の妖婆が指定した日にベルたち三人は件の準男爵家にやって来ていた。
「こんばんわ、お初にお目にかかります。今までは世話役の者がご厄介になっていましたが、当夜は主人であるわたくしめがご挨拶に伺いました。ベル・ベチカと申します」
「おやおや、これは。噂に違わぬ美しい淑女でいらっしゃる。王子が婚約者から鞍替えしたというのも頷ける話だ」
「まあ、お恥ずかしい。王子とのいきさつには誤解がありますの。それが悪い風に伝わってしまって。ですからわたくしは早く王子とコーネリアス様が仲直りしてくださると嬉しいんですが」
ベルが長いまつげを憂い気に伏せるとそんな嘘八百でも男はころりと騙される。準男爵も例外ではなく膨らんだ腹を揺すりながらベルに同情していた。
令はネスケとウルク元王子を伴い魔法の学生服で女装して準男爵家に来ている。今夜は夜会があるとかで、これ幸いと令の主人という設定のベルを招待してくれるよう依頼したのだ。
没落した貴族の子女がこういった集まりで何とかして伝を作ろうというのは何も珍しい話ではない。それにベル・ベチカは学院の内外でそれなりに名が知られてきている、準男爵としても客寄せ程度には役立つと思い招待することを快諾した。
「しかし、本当に噂に違わぬ美しさですなあ。どうですか、お家再興に私も一枚脱ぎましょうかね。いやいや、いやらしい意味ではなくですぞ。ムホホホホ」
『魔女の鷲鼻』特製の精力剤のおかげで不死鳥のように蘇った下半身は思考にも影響しているらしく、準男爵はいやらしげな顔を隠すことなくしゃべっている。
まあ、令も中身は男なのでこれぐらいは別になんとも思わないのだがそれを許せない人間がここにはいた。
「おほん。準男爵殿、誉ある王国貴族としていささか羽目を外し過ぎなのでは」
「あまりおいたが過ぎるようじゃとワシの手が滑るやもしれんのう」
ウルク元王子に加えて何故かネスケも不機嫌そうに準男爵を脅す。
「はっはっは、これは失敬。つい美しい花を見ると口説きたくなる性分でしてな」
特に気を悪くした様子も無く準男爵は冗談めかして笑っている。まあ、品性はどうあれ大物であることは間違いないのだろう。下半身でものを考えるようになったせいでプライドとかの優先順位が下がっただけのような気もするが。
準男爵との挨拶も済んだところでベルたち一行は夜会の会場から離れた宝物庫へと向かった。事前に商品を納入する際に場所を把握しておいたので迷うことは無い。
予想通り、ゲストの安全を優先した警備のおかげで誰に見咎められることも無くすんなりと目的地までたどり着くことができた。
「なるほど、義賊はこれを狙っていたから今夜忍び込むのか」
あの妖婆の言葉を最早疑う気も無いベルは義賊の企みに納得する。これだけ貴族の習性に詳しいということはもしかしたら本当にどこかの貴族か商人に繋がりのある人間が義賊なんていうのをやっているのかも知れない。
「さて、ベル。これからの計画は?」
「ウルク王子は役に立たないのでもう帰ってもいいですよ」
もし万が一、面倒くさそうな貴族に絡まれたときに羊にするために元王子を連れてきたのだが、ここからの荒事には全く役に立たないことがわかっているのでベルは冷たくウルク元王子に言った。
「そうじゃ、帰れ帰れ。ここからはベルとワシだけで十分じゃ」
ネスケが調子に乗ってウルク元王子を挑発し、それに元王子もあっさりと乗る。仲の良い二人を放っておいてベルはこれからの展開を予想することにした。
今は丁度警備が手薄になっているがそれは一時的なことだろう。客の到着がピークに達しているせいでそちらの警護に全神経が注がれているからだ。つまり警備の目は外側に向いている。もしも自分ならこの機に動き出すはずだ。最初から内側に侵入しておき、警備の目が内側から離れているこの一瞬を狙う。
令がそこまで考えたところで準男爵の館から一斉に灯りが消えた。




