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16.盗賊を追え

 なにやら、この国の元王子が不穏なことを言っている。

 ウルク元王子が言っているディープステートとやらはこの国の王族を人形のように操りまつりごとをほしいままにしている連中ということになるのだが、そんな連中を野放しにしていた記憶でもあるのだろうか?

 いや違うか。もしかしたらもうウルク元王子には自分がこの国の王子だったという自覚が無くなっていて楽しげな陰謀論の輪に入りたくなったのかも知れない。


「王子、とりあえず、その危険な発想は他所では言わないでください」

「何故だい? ベル」

「王子は考えなくていいので私の言う通りにしてください」

「ふっ、分かったよ、ベル」


 本当に大丈夫だろうか? 

 不安になるベルだったがこれ以上釘を刺してもぬかを相手にするようなものだ。諦めて話を進めることにする。

 元王子の陰謀論は置いておくとして、思いがけずウルク元王子は重要な情報を持ち帰ってきた。これは使えるのではないか。りょうのブラック企業勤めの勘がそうささやいている。


「決まりですね。私たちがターゲットにするべきはこの義賊です。義賊を捕まえて一躍、町の人気者になりましょう」



▼▼▼


 ベルたちは方針が決まると早速、義賊を的に絞った聞き込みを開始した。


「しかし、あれじゃのう。義賊というのは良いことをしているんじゃろ? それを捕まえたらワシらが悪者にならんかのう」


 ネスケはどうやらベルの考えに納得していないらしい。元が老人のせいか時代劇的な世界観が染み付いているらしく義賊を単純にヒーローのようなものと捉えているようだ。


「甘いですね、ネスケさん。いいですか義賊というのは為政者が最も嫌うタイプの人間です」

「そうじゃろうか? 官警が手を出せない悪人を懲らしめておるんじゃから影でこっそり応援したりしているんじゃないのかのう」

「甘々ですね、ネスケさん。いいですか、為政者が最も恐れるのは自分たちが決めたルールに縛られない人間が英雄として持て囃される事です。そんなことがまかり通ったら自分たちの面子が丸つぶれですから」

「そんなものかのう」

「ええ、そんなものです。私にはここからの展開が手に取るように分かります。最初は皆この義賊を権力への挑戦者として持ち上げます。日頃の不満を代弁してくれる人間を求めていますからね」


 ベルはネスケに説明していたが途中から何かのスイッチが入ったのかしゃべる舌がヒートアップしていく。


「しかーし! 徐々に大衆は手のひらを返します。自分たちは我慢しているのに、あいつが風波を立てるせいで余計な仕事が増えていく。あいつがサビ残に反対するせいでしわ寄せがこっちに来る。そうやって徐々に徐々に不満の矛先を会社側から訴えた奴にシフトさせて行くんですよ。見ていてください、これから盗賊取締りのために市民の自由や娯楽がどんどん削られていくので。そうしたらもう手のひら返しまですぐそこですから」


 ベルが経験談を語るように確信を込めて言うとネスケは押し黙った。何か触れてはいけない闇をベルの瞳に見たのかも知れない。



▼▼▼


 まず、三人が最初に向かったのは貴族街とは反対側、貧民が多くいる区画のスラム街だった。

 まだ義賊の存在は一般には伏せられているせいで下手に貴族街で聞き込みなどしようものなら衛兵が飛んで来るだろう。かといって衛兵たちが全く捜査をしていないということも有り得ない。おそらく最初は脛に傷持つ人間が隠れやすいスラム街を中心にローラー作戦で捜索を行い、噂が隠し切れなくなったところで平民や一般貴族のところにまで捜査の網を広げるのだろう。


「いいですか。スラムの人たちは基本、金さえ払えば何でもしゃべりますけど金欲しさに大嘘で歓心を引こうとします。ですから嘘かどうか相手を見て判断を―――」

「あっ、元王子の兄ちゃんだ。兄ちゃん兄ちゃん、今日は勝ったのか? 勝ったんならおすそ分けしてくれよ」

「はっはっは、今日の僕は真面目な用事があって来たんだ。分かった分かった、今度勝った時にはチョコでも持ってきてやるから今日は話を聞かせてくれ」


 ベルがウルク元王子とネスケに注意をしていると途中から元王子がスラムの子供たちにたかられ始めた。いや、どちらかというと親しみを込めてじゃれつかれていると言った方が正しいかもしれない。それも王子の身分で慕われているのではなく、人柄とか普段からの交流とかで好かれている様子だ。


「あの、王子。とりあえず説明してもらってもいいですか」

「ああ、この子たちは普段僕が施しをしている孤児の子たちでね」

「なに言ってんだよ、元王子の癖に。兄ちゃんがカジノでぼろ負けしたときは俺たちの漁り場に連れてってやってるのに」


 そういえば、ウルク元王子は学院が休みの日は昼飯を持たせずに放り出している。ちゃんと働いた給料で何か食べていると思っていたが、よくよく考えるとこのギャンブル狂いが昼飯のための金をカジノにつっこむぐらい昼飯前だ。そうするとカジノで素寒貧すかんぴんになった日などはどうしているのかという疑問が出てくる。いやしかしまさかスラムの子供たちと一緒に残飯漁りをしていようとは想像だにしなかった。

 その事実を知ってから子供たちの目を見ると、ウルク元王子に向ける視線には崇敬よりも同類に向けるような親近感がある。中には自分よりもの者に向ける哀れみすら目に浮かべている子供も。

 もしかしたらウルク元王子はこのままずるずると堕落していくように見えて、落ちた先でちゃんと幸せを見つけるのかもしれない。まあベルには関係のない話だが。


「ところで君たち。最近、盗賊について兵士から聞かれなかった?」

「ああ、なんか聞かれたけどしらねーって答えた。ほら、ばっちゃが何も言うなって言ってたから」

「ばっちゃ?」


 子供たちはベルもウルク元王子と同類だと認識しているのか媚を売るような態度ではなく馴れ馴れしい感じで答える。今はそれは好都合だ。彼らの口ぶりは見返りのために嘘や誇張を混ぜている雰囲気ではない。むしろ気安さから本来言うべきではないことをポロリと漏らしている。そんな雰囲気すら有る。

 ばっちゃ、というのが衛兵にすら伝わっていない義賊に繋がる有力な手がかりであると、ベルは確信した。



▼▼▼


「やあ、婆様。調子の方はどうだい?」


 話を聞くとウルク元王子も件のばっちゃと知り合いだったらしい。ウルク元王子が気安い感じでばっちゃがいるらしいあばら屋の戸をくぐる。

 このスラム街の奥にある見た目には何の変哲も無いあばら屋。だがここまで来る道中、明らかにこちらを監視する視線をいくつもくぐって来た。さらに入り口にたむろしている浮浪者はよくよく見ると老いさらばえた人間にはありえない鍛えられた肉体をぼろの中に隠している。

 この奥にいる者は只者ではない。そんなベルの緊張を他所にウルク元王子はずかずかと能天気に腐りかけの木戸を開けて中へと入っていく。


「王子はご存知だったのですか? この奥にいるというお婆様について」

「ああそうなんだよ、ベル。ちょっと町で恵んでもらっていたらね、ここに招待されたのさ」


 それはおそらく、勝手に乞食の縄張りを荒らしていたので制裁される前に保護されたのだろう。

 しかし、そんな可能性は露とも思い至っていないウルク元王子は近所の親切なおばあちゃんに会いに行く子供のような気楽さで、このスラム街を牛耳っているであろう人物に会いに行っている。


「おお、おお。その声は城の坊やかえ」


 しわがれた、いかにも人のよさそうな声の主はあばら屋に似つかわしくない毛の長い絨毯の上で小さく座っていた。揺れるロウソクの火はその部屋の中心以外を闇で塗りつぶしている。明暗のひどく別れたその光景の中では誰かが潜んでいても簡単には気付けないだろう。


「おお、おお、そこに一緒にいるのは。噂の坊やのいい人かえ」


 婆様が白く濁った目をベルの方へと正確に向ける。明らかに視力を失った見えていない目を、声も出していないベルの顔へと正確に。


「はっはっは、そうなんだよ。ベルは恥ずかしがり屋さんでね、こう言うと怒られるんだけど将来を誓い合った仲なのさ」


 いつものウルク元王子の戯言にも今のベルは何も言えない。さっきから婆様がこちらの目をしっかりと見ているからだ。

 魔法の学生服の幻惑の効果は顔の形だけを誤魔化すわけではない。身長を含んだ体形全般について見る者を騙してくれる。その関係で相手がベルに目を合わせようとするとりょうの首の辺りに視線が来ることになる。しかしこの婆様はまるで全てを見透かしているかのようにさっきから完全にりょうの目線に合わせその濁った目を向けてくる。


「ウルク王子、義賊の話を」

「ああ、そうだったね」


 ベルはこの婆様にこれ以上自分の情報を与えるべきではないと判断し、小さな声でウルク元王子に本題に移るよう促す。しかし、元王子が話を切り出す必要もなく婆様は最初から承知していたかのように自分から話し出した。


「おお、おお、そうじゃったのう。馬屋の坊やのことじゃったのう。どうしたものかえ。でも城の坊やに任せた方が良き目が出そうだえ。ふむ、坊や、あの子に会いたいなら次の落月の夜に太っちょの貴族様に会いに行くとええ」


 てっきり義賊を保護している婆様とやらはとぼけるか警告するかしてくると思っていたのだがあっさりと義賊が次に狙う場所を教えてくれた。太っている貴族なら片手では足りないほどいるが、義賊が狙う最近羽振りが良くなった者といえば一人しか思いつかない。以前に魔法薬を売りつけたあそこなら顔が利くし待ち伏せにはもってこいだろう。


「ありがとう、婆様」


 ウルク元王子が礼を言ってあばら屋から出て行きベルもそれに続く。最後の最後で何か言われるのではとびくびくしていたが結局、婆様はこちらを意味ありげに見るだけでそれ以上言ってくることは無かった。


「ありゃ、あやかしの類じゃの」


 何も言わずに周囲を警戒していたネスケがそうポツリとつぶやいた言葉にベルは内心で大いに同意した。

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