15.剣聖の孫、手柄を立てに行く
剣聖の孫、ネスケに関する厳しい視線が下火になったところでベルたちは次の手を打つことにした。
「それで、次は何をすればいいんじゃろか?」
「ふう、ネスケくん。君も少しは考えたらどうかな」
「あの、王子は呼んでいないのですが、何故ここに?」
ネスケとベルが学院でこっそり話し合っていると何故かウルク元王子が加わっていた。
元王子の存在は今のところ不要なので大人しくアルバイトにでも行って欲しいのだが、どういうわけか、やたらとネスケとベルがいる所に割り込もうとする。
「ふふ、それは勿論、ベルのことが心配だからさ」
「はあ、そうですか」
流し目でこちらを見てくるウルク元王子にベルは気の無い返事を返す。できればうちの家計の心配をして欲しい所なのだが、こいつは言っても聞かないだろう。無駄な努力はすまいとベルはもう何も言わない。徒労感しか残らない作業にウンザリしたのだ。
「なんじゃ、お前。まるでワシがベルに何か不埒なことをするみたいな言い分じゃが」
「ふっ、ネスケくん。君からは何か邪な欲望が漏れている。僕の勘がそう言っているのさ」
なるほど確かに。ネイクリッドは何せ欲望に忠実な老人だからウルク元王子のその指摘はまったくもって正しい。だがしかしネイクリッドの趣味はもっと肉感的なギャルっぽい娘なので薄い体つきのベルに興味が向くはずはない。
「ウルク王子、それは誤解です。ネスケくんはコーネリアスさんの無駄に大きなお乳とお尻にご執心なのですから」
「そ、そうじゃ、ワシは乳と尻が大好きじゃ」
ネスケが同意しているのを見てベルはうんうんと頷く。もっと言ってやれ、そうやってコーネリアスに気があることをアピールすれば、ほら、王子が嫉妬し始める。
「ふん、ネスケくん。君の魂胆は分かっているからね。悪いが好きにはさせないよ」
よしよし、いいぞ。そうやってウルク元王子にコーネリアスとの仲を勘繰らせるんだ。横からかっさらわれる危機感が嫉妬になり、そしてまた恋の炎を燃え上がらせる。
松ぼっくりに火がついた。
計画が上手く行っている事に満足すると、互いにライバル心を募らせるウルク元王子とネスケにベルは生暖かい励ましの視線を送った。
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さて、ウルク元王子の乱入で中途半端になっていたがネスケの失地回復の計画は次の段階に進んでいる。
名づけて手柄を立ててヒーロー大作戦だ。やることは一つ、作戦名そのままに何か派手な手柄で名声を高め悪い噂を完全に消し去るのだ。そうなればあの利に聡いコーネリアスのことだ、またネスケにアプローチを掛け始めるだろう。そうなればもうこちらのものだ。
「ところで手柄を手っ取り早く立てるにはどうすればいいんでしょう?」
「はて? とりあえず隣国に行って大将首の一つも取って来ればええんかの?」
「いやいやいや、いいかいネスケくん。今の国際情勢は協調路線なんだ。そんなことをしたら君、周辺国から袋叩きだよ」
「なんだか色々と大変なようですね。とりあえず、町の皆さんに聞いて回るのが一番かもしれません」
君主制の国でも大衆の支持というのは無視できないほど強力だ。その辺は抜け目無い貴族のほうが熟知しているだろう。
手っ取り早く町民に聞き込みをしてやっつけて欲しい悪者を手分けして探すことにした。
「世の中を悪くしている奴は誰かって? そりゃ、貴族どもに決まってるだろ。知ってるか? ここだけの話なんだが、ディープステートって言う政治を意のままに操る奴らがいてな、ここだけの話なんだが、そいつらは串肉屋の屋台を使ってな、違法な薬を売りさばいてるんだよ」
「ああ、知ってる知ってる。なんでも人の寄り付かない怪しい裏通りで魔女が人の心を惑わせる薬を売り捌いてるんだと、その薬で人を串肉の虜にしての大金を稼いでいるんだってよ」
「俺が聞いたのは、実は串肉屋のおっさんは隣国の女スパイで魔法の前掛けでおっさんに化けてるんだってよ。それで串肉屋の常連になると正体を現して、ムフフ、誘惑されちゃったりなんかしてスパイに仕立て上げられるんだ。こういうのをスリーパーセルって言うらしいぜ」
なるほど、今般の市井では陰謀論が渦巻いているらしい。平和が長引くと刺激を求めてかこういう噂に飛びつく人が増えるのだろうか? それとも平和というものが長続きしないと心のどこかで疑っているせいで凶兆を先取りして安心したいという欲求に勝てないのかもしれない。
雲の動きとドラゴンの羽ばたきを関連づける民間伝承というのはどこの国にもあるらしいし。
「しかし、これじゃあ参考にはならないな。串肉屋を成敗しても警邏の兵士に捕まるだけだし」
令の聞き込みは空振りのようだ。まあそれも仕方ないだろう、そんなに簡単に見つけられるような悪者なら国の衛兵辺りがさっさとしょっ引いて行きそうなものだ。
令はベルの格好になると寮で他の二人が戻るのを待つことにした。
すると、程無くして寮にネスケが駆け込んでくる。
「た、大変じゃ。この国はスリーパーセルに乗っ取られかけておる。女スパイが、女スパイがワシらウェスホークの血気盛んな男を狙っておるのじゃ」
ネスケは言葉とは裏腹に危機感よりも歓喜で興奮している様子だ。血走った目を忙しなく動かし、まるでどこかに潜む女スパイを見逃すまいとしているようだ。
「ネイクリッド翁、安心してください。それはデマです」
「デマ?」
「はい。よくあるACのネタが願望と入り混じって広がりやすくなっただけで、ただのデマの一つに過ぎません」
「いやしかしのう、有り得なくも無いのではないのかのう。だってほら、ワシらの国はこんなに栄えておるし、周りが虎視眈々と狙っていてもおかしくないじゃろう」
「だからといって女スパイである必要は無いですし、そもそも剣聖と呼ばれていた需要人物のネイクリッド翁に接触して来ないんですから、元からそんなのはいないんですよ」
「それはほら、慎み深いとか恥ずかしがり屋さんの女スパイなんじゃよ、きっと」
徐々にネスケの主張も尻すぼみになる。
認めたくは無いのだろうがベルを説得するだけの根拠を示せないことが分かったのか女スパイの可能性を主張することは諦めたようだ。しかし、その瞳は女スパイそのものを完全に諦めた訳ではないことが見て取れる。
残るはウルク元王子だけ。正直、少しも成果が期待できない相手なのでベルはもう既に他の可能性を考え始めていた。
そんなベルたちの元にウルク元王子が戻って来る。
「やあ、待たせたようだね。すまないスロット台が僕を放してくれなくてね」
こいつ、またカジノに入り浸っていたのか。ベルは一つ鉄拳で分からせてやろうかと腕まくりするとウルク元王子は慌てて言い訳を始めた。
「いや違うんだ、聞いてくれベル。カジノというのは独特の高揚感があってね、あまり他所では口に上らないこともぺらぺらとしゃべってしまうものなんだよ」
最近のウルク元王子はベルに怒られ慣れてきた影響か、いっぱしに口が回るようになった。
ベルはウルク元王子の言葉を聞いてとりあえず拳を引っ込める。納得したわけではないがそこまで言うのだから何か成果があるのだろう。
ベルが席に戻ったことでウルク元王子は元の余裕のある能天気な態度で話し始めた。
「これはいつものギャンブル中毒の浮浪者のおじさんたちから聞いた情報なんだけどね。どうやら最近、金持ちを狙った盗賊が出没しているらしいんだ。しかも、その盗賊はあくどく儲けている商人や貴族しか狙わないときている。僕はね、それを聞いて気付いてしまったんだ」
ウルク元王子は自分の思いつきに余程自信があるのか、しゃべる口調は徐々に熱を帯び握った拳を振り始める。
「僕たちもこの感心な義賊に協力してこの国に巣くう悪のディープステートを成敗してやろうじゃないか」
元王子は自分がかつていた場所の記憶をすべて失ってしまったのか、すっかりと陰謀論に染まった瞳でそうのたまった。