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10.下着盗難事件の犯人は誰だ! 捜査編

 今、この学院を騒がせている凶悪事件。下着盗難事件を一人の若き探偵が追っている。何故、彼はそんなにも一生懸命にこの事件を追及するのか。


「俺は剣聖と呼ばれた尊敬する祖父からこう教わってきた。強い男というのは常に正義という名の十字架を背負う覚悟が必要だ、と。だから俺は常に正しくあれと、そう自分に言い聞かせてきた。だから許せねえのさ。か弱き女子生徒の下着を盗む卑劣漢が。あと硬派なツッパリは女にもてるって漫画に書いてあった」


 それにしては必死すぎると、匿名の女子生徒から疑問の声が上がっているが。


「いや、別に、俺は何にもやましいこととか、そういうの、ないから。ホントじゃから」


 ネスケくんの視線がいやらしいと思う。どちらかといえばそう思う。と回答した女子生徒は90%だったがこの世論調査についてどう考えるか。


「ワシは、ワシは、この学院を守りたい。それだけじゃ」


 以上がネスケ・ネイクリッドさんの証言です。



▼▼▼

「おかしい。ワシはこんなにも清廉潔白なのに。何故疑われるのじゃ」

「まあまあ、ネスケさん。わたしはあなたを信じています。だから気持ちを強く持って」


 気弱になりなんだかしょぼくれた老人のようなネスケをベルは励ましながら、この場をどう立ち回るべきか頭の中で計算する。

 ネスケが周りから疑惑の目で見られ孤立していくのはベルにとっては好都合だ。弱って孤立したところで見方面みかたづらは恋愛物における常套手段、ここでぐぐっと距離を詰めるとコーネリアスから婚約者をぶん取れる可能性が高くなる。

 しかし、同時にこのネスケが本当に女子生徒から下着を盗んだのなら少し作戦を考え直す必要がある。中身は男であるベルにとってはネスケが下着をこよなく愛する変質者であっても別にどうと言うことは無いのだが、剣聖の孫の名前で剣術道場を開いて左団扇の生活を目標に掲げている以上、その手の悪評は集客に差し障りがある。ここは心の隙に潜り込みつつ、ネスケの疑いも晴らしたいところだ。


「で、ほんとのところは盗んだんですか?」

「ば、ば、ば、ばかなことを。お、お、お、俺が女子生徒の下着など盗むわけ無いじゃろ。ワ、ワシから見れば小娘同然じゃ、ワシは女に興味ないツッパリじゃ。そうじゃ、興味を持つとかありえんのじゃ」


 激しく動揺しながらネスケが言う。一人称が激しくぶれるのはいつものことなので無視するとして、これだけ動揺しているのを見ていると逆に怪しくなくなってくる。だって下着ドロをする人間がここまで肝が小さいとかありえないし。

 ベルは論理的にネスケを白だと判定した。そうするとやるべきことは決まってくる。潔白を証明したいのなら見つければいいのだ、真犯人を。


 


▼▼▼


 そういうわけでベルとネスケは二人で放課後の学院の中を歩き回っている。もちろん探しているのは下着泥棒、できれば証拠品を懐に忍ばせていてくれると手っ取り早くていいのだが流石にそんな馬鹿はいないか。


「ベル、そんな危険人物と一緒にいてはいけない。僕が守ってあげるから、さあこちらに来るんだ」

「ウルク王子。今日はアルバイトの日では」


 ベルはウルク元王子に白い目を向けながら冷静に指摘する。元王子は情熱的な抱擁を避けられて肩透かしを食らっていたがすぐに立ち直った。


「仕事なんて、君に比べたら全然重要なことじゃない。仕事はいくらでもあるが、君は世界で唯一の存在なのだから」

「いえ、仕事は大切なので。王子ができる仕事は滅多にないので。私は私で勝手にやるので、気にしないでください」

「そんな強がりを言う君も、素敵だよ」

「はぁあぁあぁあ」


 ベルは、深い、深いため息をついた。こいつにはなんと言えば通じるのだろうか。なぜ神様はこいつに容姿ではなく言葉を通じさせる機能を持たせなかったのか。なぜ正統派王子様の台詞を現実で言われるとこんなにもイラつくのか。


「ベル、ベル」

「なんですか? ウルク王子」

「ため息をつくと、幸せの妖精が逃げてしまうよ」

「はぁあぁあぁあぁあぁあぁあ」


 いっそのことため息でこいつも逃げてくれればと思いベルは更に大きくため息をついた。そんなベルの様子をウルク元王子はニコニコと笑いながら見守っている。まるでわがままな愛しい彼女を見守るよくできた彼氏のような、そんな外面だけは絵になる元王子により一層ベルのストレスは溜まっていく。

 そんな突然現れてベルにかまいだす元王子をネスケが威嚇し始める。


「なんだぁお前は。もしやお前が女子生徒の下着を盗んだ不届き者だな。あやしい、こういうイケメンはもてるから世の中ちょろいとか思って性格がひん曲がると相場が決まっているのじゃ。ワシが若い頃もそうじゃった。顔と口だけはいい剣士が師範の娘とネンゴロになって、ワシが嵐の日も雪の日も欠かさず素振りをしている間、あいつは、あいつは、師範の娘の床でパッコンパッコンの素振りをしとったんじゃ。ワシは、女に興味ない硬派で剣の強い不良がモテモテじゃと師範に言われて、それで――」

「ネスケさん、ネスケさん。何かよくない電波を受信してますよ。あなたはネスケ・ネイクリッド、将来を嘱望された剣聖の孫です。どこぞの剣術道場の娘など気にする必要の無い立場です」

「はっ、そうだった。ワシ、ちょっと混乱してた。大丈夫、大丈夫、ワシはネスケ・ネイクリッド。剣聖の孫の名前をフル活用してモテモテウハウハの学院生活を送るのじゃ」


 ベルの励ましで持ち直したネスケは再びやる気を出す。良かった、壊れるのなら剣術道場で荒稼ぎして一財産残してからにして欲しい。そう思っているとちょうど良く目的の場所へとたどり着いた。


「ん? ここに用があったのかい、ベル」

「まあ、王子も証人役ぐらいにはなるでしょう。ネスケさん、ここが今一番疑わしい人間がいる場所。この学院でもっとも世俗の欲にまみれた人間がいる部屋です」

「ほう、つまりここにいる人間なら罪を押し付けて、いや真犯人で間違いないのだな」


 ネスケが我が意を得たりとベルの言葉に頷く。

 ウルク元王子も、たぶんよく分かっていないだろうが、微笑を浮かべながらベルに頷いてくる。

 ベルは一呼吸置き軽くノックをするとドアノブへと手を伸ばした。この学院でも特に念入りに磨かれている真鍮のドアノブはこの部屋の住人の位の高さを示している。だが、その程度ではベルは臆したりはしない。何せ、玉の輿がかかっているのだ。

 もう一度、ベルは確認するようにドアに掲げられた名前を見上げる。


『学院長室』


 飾り文字でそう書かれた表札はドアとともにゆっくりと部屋の中へベルたちを導く。部屋の中では二つの視線が彼らを待ち受けていた。一人はもちろん学院長、そしてもう一人は……、


「おーほっほっほっほ、待ちかねましたですわよ。ベル・ベチカさん」


 悪役令嬢、もといコーネリアス・コーラ・コースレア公爵令嬢だった。

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