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9.下着盗難事件の犯人は誰だ! 事件編

 ベルはコーネリアスとネスケの様子をつぶさに観察し、この二人の婚約関係にヒビを入れるヒントを探していた。しかし、当の二人は日増しにラブラブぶりを激しくするばかりだ。


「ハァハァ、な、なあコーネリアス。ちょっとだけでいいんだ。ちょっとだけ触らせてくれればいいんだ」

「もう、ダメですよ。ネスケさん。そんなはしたないことは、結婚するまでお預けですわよ」


 ネスケは血走った目をコーネリアスの胸部へと向けている。そこには女に興味のない硬派な不良を気取っていた頃の面影はない。

 だがその視線は年若い犬が極上の肉を前にしてお預けで焦らされているものとは少し様子が違う。

 ベルには分かる。外見は乙女だが中身はただのおっさんであるベルにはその僅かな違和感を察知することができた。

 あれはどちらかといえば余命幾ばくもない老犬が自分に残された今生における最後のチャンスにむしゃぶりつこうとしている、そんな妄執めいた熱を帯びた視線だ。

 いや、今はそれは重要ではない。

 ベルは雑念が浮かぶ頭を振ると今考えるべきことに集中する。今にも暴発しそうなネスケ、そこにチャンスがあるはずだ。



▼▼▼


「いっち! にぃ! いっち! にぃ!」


 剣術道場に若者たちの汗と情熱が木霊している。ネスケの腰が回復してからは本格的な指導が始まり、徒弟たちの素振りも日ごとに様になり自信を深めていっている。


「どうしたぁあ! 肩が下がっているぞぉお! 敵に疲れを悟らせるなぁあ!」


 ネスケの激が飛ぶ。それは叱り付けると言うよりは激励の声だ。今までのはよかったぞ、思い出せ、あと少しだ。その意図が、これまでの指導から徒弟たちは分かっている。だからこそ彼らの掛け声はより一層覇気に満ちていく。


「よし、ラストォオ! いっち! にぃ!」


 一際大きな踏み込みの地鳴りと木剣の風を切る音が道場に響く。徒弟たちは残身の間にその音の名残を聞いている。この瞬間の疲労感と達成感が彼らにとっての最大のご褒美だ。筋肉が発する熱と汗が風で冷まされ春のような心地よさを感じながら若者たちが互いに笑い合う。そんな青春の一ページにあのネスケも自然と混ざっている。


 おかしい。


 ベルはその様子をこっそりと覗きながら自分の疑問を確認するためにもう一度凝視した。

 ネスケが笑っている。さわやかに。青春ドラマのワンシーンのように。あの押さえ切れぬ獣欲に身を焦がし、その辺に落ちている腐肉にも食い付こうとしていたあのネスケが。


 スポーツで発散? アホくさ、そんなの頭が沸いた性教育の授業ぐらいでしか聞いたことが無い。そんなものには昇華できないからこそ若者は常に一生懸命なのだ、女の尻を追いかけるのに。間違いなく今朝から放課後の今までの間に何かがあったはずだ。劣情を空へと解き放つ何かが。


 ベルは自分が目を離した瞬間を思い出す。タイミングと言えばいつものようにウルク元王子に昼飯を与えて、水の節約のために校庭の水道で弁当箱を洗っていた瞬間ぐらいだ。あの一瞬でいったい何ができるのだろうか。

 ベルが考え込んでいると見学していた女子生徒の群れに教師が近付く。なんだろう、遅ればせながら貴族の子女としてはしたないとお叱りにでも来たのだろうか?

 そう思って見ていたがどうもそんな様子ではない。女子生徒たちは互いに心配げに話をし始めるだけで解散するそぶりがないのだ。それどころか次第に女子生徒たちが集まり人の輪が広がっていく。そしてついにそれを見かねたのかネスケが女子生徒に近付き事情を聞き始めた。


「な、なんだってえええ。女子生徒の下着が盗まれただってえええ」


 ネスケが剣術で鍛えた肺活量で学院に響く大声を上げる。まるで今初めて知りました、そうアピールするように。


「許せねえ、誰がそんなことを。なにいい、昼休みに保健室から盗まれただってええええ」


 ネスケがまたもよく通る声で叫ぶ。これならば学院にいる全員に聞こえ証人になってくれるだろう。ネスケくんは下着泥棒があったことをずっと知らなかったと。


「そんな卑劣な奴、俺が、硬派なツッパリの俺が絶対に見つけ出してみせる。この剣聖と呼ばれた祖父の名に賭けて」


 ネスケが尊敬する祖父の名前を出して、これまた学院に響き渡る声で誓う。この場にいる全員だけではない。学院にいる全員が証人になるであろう。今までネスケが声を響かせて主張していた全ての台詞が彼らの耳に入っている。もはや言い逃れはできない。


 ベルはその様子を遠くから観察していた。

 ネスケは気付いていない。自分の大げさな演技に一生懸命で周りの、特に女子生徒たちの視線に疑心が宿っていることに。ベルが見た限りでは先ほどのネスケの身振り手振りに怪しげなところは無かったように思う。完璧に探偵役に滑り込んで、一番の安全圏に脱したはずだった。しかし彼の思惑とは裏腹にネスケは容疑者レースの先頭に踊り出している。その様子は二位から三馬身差をつけて独走態勢だ。

 いったいネスケはあの短い会話の中でどんな墓穴を掘ったのか。ベルは記憶を探りながらそのヒントを探していたのだった。

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