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20.女装したおっさんは元王子様を養う

 ベルはアルバイトから帰る途中、サリーの店に寄ることにした。

 今日のバイトは馬車に乗ってアルバイトの宣伝をする、というものだった。アルバイトの宣伝、いやアルバイトを斡旋する会社の宣伝か。

 馬車の後ろに乗ってひたすら会社の名前を連呼する、リズムが独特で耳に残り易い宣伝の歌は今も耳の奥で繰り返し(リピート)している。

 現実世界なら機械が勝手に録音を垂れ流してくれるのだが、この世界では直接しゃべり続けなければいけないので喉の負担が意外ときつい。そこでふとベルは思い出したのだ、確か『魔女の鷲鼻』にはよく効くのど飴があったはずだ、と。

 バイト代でいくらか店の売り上げに貢献しよう、いや他のウグイス嬢にも配って新しい顧客を開拓するのもいいか。

 ベルは公園のトイレでりょうの格好に戻ると今思いついたアイディアを実現しようと『魔女の鷲鼻』がある裏路地に急いだ。


「ミーント♪ ミント♪ 高収入♪」


 上機嫌で鼻歌を歌いながらりょうがいつもの通りまで来ると、何やら揉めている声が聞こえた。


「あんたねえ、こんなところに王子様がいるわけないだろう。そんなことより早く串肉代、払ってよ」

「ははっ、すまない、今持ち合わせがなくてね。でも大丈夫、明日はちゃんと仕事をしてそのお金で払うから。僕は約束を破ったことが無いんだよ」

「おいおい、無銭飲食かよ。ちょっと誰か、衛兵を呼んできてよ」


 通りの串肉屋のおじさんと揉めているのは、間違いない、ウルク元王子だ。


 あの野郎、またバイトを首になってやがる。今日は朝飯も食べられなかったし、あの様子では賄いにもありつけなかっただろうから我慢の限界が来て金も無いのに串肉に手を付けたのだろう。いや、あの能天気ぶりだと料金はつけ払いができるとでも思っていたのかもしれない。

 それにしても、このまま衛兵に連れて行ってもらえば王宮に返品できるのではないか? いや、また麻袋に入れられて戻ってくるのが落ちか。さらにたちが悪いと学院から退学処分というのもありうる。そうなると本格的に無職になった元王子を養わなければならなくなるではないか。


 りょうは頭に浮かんだ最悪の可能性に寒気を感じ、仕方なく揉めている二人に話しかけることにした。


「申し訳ありません、こちらの人。俺の知り合いで。俺が立て替えるのでここはひとつ」

「なに? まあ、払ってくれるなら何でもいいが」

「ふふっ、どこの誰かは分からないが、ありがとう。君の善き行いが祝福の地で報われることを祈ってるよ」


 王子の言葉ならきっとありがたいのだろうが、こいつは今やただの一般市民だ。奢ってもらってその言い草にりょうはイラっとする。今はベルの格好ではない、ここは日ごろのうっ憤を晴らすためにもいつもは言えない説教をするチャンスではないのか。


「あんた、ちょっと顔貸してよ」

「ふふっ、すまない。愛するハニーがスウィートホームで待っているんだ。またの機会にさせてもらうよ」

「大丈夫だ、あんたの家には今は誰もいないから、急いで帰る必要は無い」


 りょうは有無を言わさずウルク元王子を『魔女の鷲鼻』に引きずって行った。



▼▼▼


 りょうはウルク元王子を席に着かせると正面に座って厳しい顔で口を開く。


「あんたは、もしかして紐なんじゃないか?」

「ひも? 縛るやつのことかな?」

「そっちじゃない、女に金をせびって自分は働かない男のことだ」

「ふふっ、そんなことはないよ。確かに今は仕事がうまくいっていないが、それは次の飛躍のための準備期間でしかないのだから」


 それを紐と呼ぶんだよ。


 りょうは言ってやりたかったが、ここは我慢する。ウルク元王子は良く言えば寛容、悪く言えば鈍感で、何を言っても暖簾に腕押しにしかならない。ただ怒鳴っただけではまったく気にしないだろうし改心もしないだろう。

 もっと心に刺さる説教が必要だ。


「あんたがお金を稼がないとさ、あんたと暮らしている女の人、困るんじゃないの? もしかしたら愛想尽かされるかもしれないよ」

「大丈夫さ。僕とベルの間は決して切れない物で繋がっているからね。それは愛の絆って言うんだけどね」

「……、愛もさ、金が無ければ長続きしないもんだよ」

「ふふっ、君は本当の愛に出会ったことが無いんだね。かわいそうに」


 りょうはウルク元王子の言い草にイラっとした。もういっそ正体をばらすか。いや待て早まるな、まだウルク元王子が返り咲くチャンスがあるかもしれない。それにこいつの件以外ではベル・べチカは学院でうまくやっている、その努力と幸運をここで捨てるのは惜しい。


「俺はあんたのために言ってるんだ。もっと同居人の苦労も考えてやれよ」

「もちろんさ、いつでも僕はベルの幸せを第一に考えているよ」


 そう言うと、ウルク元王子は席を立ち『魔女の鷲鼻』を出て行く。その颯爽とした姿は、先ほどまで無銭飲食で逮捕寸前だった男の背中とは思えないほど洗礼された立ち振る舞いだった。

 もう説教する気力が無くなったりょうはそれを見送る。


「あのひとが、おーじさまなんですか?」

「ああいう男には捕まっちゃだめだぞ」

「? わかったです」


 現在進行形で捕まっているりょうは真に迫ったアドバイスをすると深くため息をついた。



▼▼▼


「そう言えば、今日は寂しい男性に会ったよ」

「……」

「本当の愛に出会ったことが無い、悲しい男だったよ」

「……」

「その点、僕は幸せ者さ。君がいるからね、ベル」

「……」

「彼にもそんな女性が現れるとイイね、ベル」

「そう」

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