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2.同人ゲーム制作者、神

「あんたぁ、やってくれたわねえ」


 りょうの目の前には少女の容姿をした神様が額に血管を浮かび上がらせて立っている。何故この子が神様だと分かったのかと言うと、彼女がそう名乗ったからだ。

 りょうはあっさりとそれを信じた。記憶があったからだ。

 冷たいフローリングを体で感じながら流れ出る血が広がっていくのを、意識を失う直前まで見ていた。だから自分が死んだことは知っていた。死んだ後に最初に待っているのは神様の審判だ。だから彼女は神様なのだろう。


「なんで私が怒ってるのか、わかる?」

「あ、いえ」

「はあ?」

「いえ、分かります。すいません」


 なんだか分からないがりょうは土下座の姿勢で神様に謝罪の意思を伝える。営業職であるりょうは知っている。客先で怒っている相手の意見に逆らってはいけない。とにかく相手の怒りを全肯定して怒りが納まるのを待つのだ。


「じゃあ、なんで怒ってるのか言ってみなさいよ」


 だがこの方法には一つ欠点がある。つまり今の状況がそうだ。


「すいません、分かりません」

「あんたあ、さっき分かったって言ってたよねえ。私のことおちょくってるの? そうなんでしょ!」


 これは上司が部下を激詰めしようとしているときの態度だ。終電の時間が来るまでこの説教は終わらない。問題は、この空間に、いや神様の国に終電はあるのかということだ。

 しかし、そのりょうの心配は杞憂だったようだ。神様はちゃんと理由を説明してくれるようだ。


 神様が右手を前に突き出すと何もない空間からノートパソコンを取り出す。画面を開くとりょうが見えるようにこちらに向けた。


「読んでみなさい」

「はい、『ノルスディア・シンデレラ・ストーリー Vol.10』」


 デフォルメされ過ぎて読みにくいアルファベットをりょうは正確に読み上げることができた。なんのことはない、それはりょうが死ぬ直前までプレイしていたゲームだったからだ。


「あんた、これ、やってたわよね」

「はい」

「王子が真実の愛に気付いて身分差を乗り越える勇気を持つ感動的なシーンであんた、なんて思った」

「いえ、あの、お前が一生懸命口説いてる奴、中身はおっさんだぞ、て」


 神様は何も言わなかった。ただ握りしめた左手がプルプルと震えている。

 そういえば。りょうはふと思い出し、神様が持っているノートパソコンの画面を見直す。そこにはこう書かれている。サークル・かみ

 ギャグだと思っていたのだ。だって本当に神様だなんて思わないじゃないか。そうと知っていたらそんな罰当たりなことは絶対にしなかった。

 しかし、やってしまったものは仕方ない。ここからなんとかして挽回しなければ。

 りょうは無茶な営業ノルマで鍛えられたタフネスと経験をフル活用して死中に活路を探す。

 嘘は見抜かれる。アドリブ頼りの、問答パターンを想定していない嘘は簡単にボロが出て逆に相手の怒りに油を注ぐ結果になる。重要なのは真実だ。真実を膨らませ、心の片隅にちらりとでもいいから思っていたことを誇張しながら訴えるのだ。


「あの、神様、それは、俺がそう思ったのはですね。そう、リアリティがあったからです。キャラクターや世界観や歴史設定が細部に至るまで作り込まれていて、まるで本当にそこに彼らが生きていて考えて生活していると、そう思えたからです。だからこそ、こう王子が女主人公に告白するシーンなんかは、本当に目の前で告白されているような気がして、それで、そんな風に思ってしまったんです。決してバカにしようとかそういう意図があったわけじゃないんです。」


 言っているうちに本当にそれだけが本心だったかのように思えてきた。そう思い込むと、口が滑らかになり言い訳に手応えを感じる。神様の怒りが徐々に収まっていくのがその左手の震えが止んでいくことでわかる。


「そ、そう、そんなに良かった?フフン、まあ私が作ったゲームだから当然なんだけど」


 ちょろいぜ。いやもとい、誠意が伝わった。

 どうやらあの同人ゲームは神様がかなりの情熱をかけて作ったものらしい。できれば同じぐらい現実世界にも情熱をかけて欲しいところだが、今はそこに言及するのは止めておこう。


 ピロン♪


 会話が終わったのを見計らったかのようにノートパソコンが何かの着信を教える。通知を知らせるポップアップの文章を読むと、どうやら『ノルスディア・シンデレラ・ストーリー Vol.10』にレビューが付いたようだ。


「え? え! もしかしてレビュー付いちゃった? ホント? マジで? ちょっとちょっとどうしよう、なんか緊張してきちゃった。あんた代わりに読んで。いい? 私の心の準備が出来たら言うから、そしたら読み上げるのよ」


 りょうは神様からノートパソコンを押し付けられる。この神様が作った同人ゲームは残念ながら今の流行とは完全に外れていて鬱要素とかドンデン返しとか予想を裏切る展開とかそういった物が一切ない。そのせいでレビューが一つも付いたことがない不人気ゲームなのだ。正直、自分以外の人間がこれをやっていたことにりょうは驚いていた。

 しかし、これはチャンスだ。ここで褒めちぎるような内容のレビューなら神様の機嫌は完全に治るだろう。そうなったらりょうは無罪放免、このまま天国に招かれるに違いない。

 りょうは受け取ったノートパソコンのタッチパッドを使ってレビューを開く。そしてひと目見て、絶望した。


 え? どうすんのこれ。いやお前、わざわざこのタイミングでこんなの書くなよ。お前、今お前が喧嘩売ってるの、神様だぞ。分かってないだろ。俺がとばっちり受けるんだよ。俺が天国に行けるかどうかの瀬戸際なんだよ。地獄に行きたいならお前一人で行けよ。お前。


「いいわよ。読み上げて」


 神様の心の準備が出来てしまったらしく、目を閉じて待ち構えている。若干緊張しているのか頬が紅潮しているのが可愛らしいが、りょうにとってはその期待している様子がこれから起こる悲劇の前フリのようで恐怖しか感じない。


「早く、早く」


 なんとか誤魔化したい。しかしここでノートパソコンを破壊したところで神様の力を使えば一瞬で直ってしまうだろう。覚悟を決めるしかない。

 りょうは乾いた唇を舐め、思った以上に乾いた喉から出るかすれた声で読み上げる。レビューはたったの一言だ。




『リベラル主義者と共産主義者のファ◯ク』

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