18.『魔女の鷲鼻』繁盛記
「ぱくぱく、白米おいしいです」
サリーは店番のついでに昼食を取っている。しかし、机の上にはお米がよそってある茶碗が一杯あるだけ。それを握り箸でサリーは少しずつ食べ、時折、横に置いてある紙袋を手に取るとその中身に口に当てている。
「すーはーすーはー。やっぱり串肉のにおいはおかずにいちばんですね」
サリーは表通りの串肉屋の煙を紙袋に集めておかずにしていたのだ。以前は屋台の横で堂々と匂いをおかずに白米を食べていたのだが、営業妨害だと怒られてからは仕方なく紙袋に匂いを閉じ込めて持ち帰ることにしている。
「ふう、ごちそうさまでした」
米粒一つ残っていない茶碗を前にサリーは手を合わせて一礼する。
くくぅ~。
しかし、育ち盛りには一杯では足りないのかお腹がおかわりを要求している。
「うぅ、でもがまんがまん。令さんにおきゅーりょーあげたいですから」
サリーは机の引き出しからカエルの財布を取り出すと中の銅銭を数える。令から貰った魔法の学生服の代金の銀貨は溜まっていた家賃の支払いでほとんど無くなってしまっていた。
「ひー、ふー、みー。もうちょっとたまるまでがんばりましょう。おー」
決意を新たにすると、お客さんがいつ来てもいいように店の扉を注視する。前回、令が来て以来鳴っていない扉のベルをサリーは飽きることなく待ち続ける。
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令は『魔女の鷲鼻』の商品を売り込む営業に励んでいた。学院が長期の休暇に入ったおかげで余った時間でアルバイトに精を出すことができるのだ。
そういうわけで、今回は商家に売り込みをかけている。
「いかがでしたかお客様。当店の新製品の化粧水『しわのびーるくん』は」
「いやあ、なかなかだったざます。ぜひとも大量購入したいざます。それにご近所さんにも勧めたいざます」
「それはありがとうございます。しかし大変申し訳ないのですが、こちらはお客様一人一人に合ったものを提供しますので、まずは試供品でお試しになってから製品の提供という形をとっています」
「あら、そうざますか。なんだか難しいざますわね」
残念そうにしている商家の奥方の表情に騙されないよう令は注意する。
販路の確保は商売の基本。こちらの商人の奥方はそれを分かっていて提案したのだから油断できない。彼女に頼ってこの辺り一帯の取りまとめを頼んだらそのまま販路を抑えられて頭が上がらなくなる。なるべく失礼にならない理由をでっちあげて令は断った。
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なかなかうまくいっている。現代で生きていたころは効果も実証されていない健康器具を口八丁で売りさばいていた。そこで鍛えた営業トークとこの魔法道具のすさまじい効果をもってすれば異世界人に高額商品を売りつけることなど造作もない。フヒヒヒヒ。
内心の余裕がつい口に出てしまったところで、令は後ろから声をかけられた。
「おう、お前が最近この辺で商売してるっちゅー奴か」
「なんだお前ら」
上機嫌で『魔女の鷲鼻』に帰ろうとした令をガラの悪そうな男たちが取り囲む。
今いるのは商人たちが暮らす邸宅が立ち並ぶ区画、それなりに治安がいいはずだ。そんな場所で絡んで来たということはたまたま目についたというわけではないのだろう。狙いは令の扱っている商品か売上金か、誤魔化すのにも限界がありそうだが時間を稼ぐためにもできるだけのことはやっておく。
「い、言っておくがな、俺のバックには怖い輩がいるからな。俺はただの使いッぱしりで、元締めはマジでしゃれにならないからな」
「おっそうか、じゃあ案内しろや」
ガラの悪い男たちは令の精一杯の脅し文句にあっさりとうなずくとアジトに連れて行けと促した。
信じるのかあ。
そのパターンは想定していなかった令は呆れながらもこれからどうしようかと悩む。取りあえず、その辺をうろうろするか。
「おい、さっきから同じところをぐるぐるしてないか?」
「お前ぇ、もしかして」
ギクッ。流石に適当過ぎたか。
令は嘘がばれたかと思い身構える。この数の男たちから暴力を振るわれたら無事では済まないだろう。
「方向音痴か!」
「わかるわかる」
「そういう時はな、遠くに目印を置くんだ。ほらまずは城が最初にどの方向にあったか思い出してみろ」
いい人たちだあ。だがこれで油断して店に案内したところで暴力に訴えないとも限らない。やはりここは一芝居打つことにしよう。
「ああ、思い出しました思い出しました。こっちですよ」
令は今唐突に道を思い出したふりをして歩き出す。男たちもよかったよかったとついて来る。
しかし、男たちの顔が徐々に驚愕に変わっていくのに時間はかからなかった。
「おい、ここはお貴族様が通う学校じゃねえか」
「ええ、そうです。俺の元締めはここのお嬢様なんですよ。今、呼んできますので少々お待ちを」
今は休暇中で人のいない学院に令は忍び込む。
通っている人間なら誰もが知っている柵の抜け穴を使って学院の中に入ると荷物に隠していた魔法の学生服を着込んだ。後はそのまま、説得力を持たせられるようになるべく貴族らしい態度で男たちと相対するだけだ。
「それで、わたくしに何の御用なんですわよ」
「すげえ、お嬢様言葉だ」「ああ、俺は聞いたことがある、語尾にですわよって付けるんだよ」「まじかよ、それじゃあホントに貴族様がバックについてんのか」
言葉遣い一つでこの信頼度。やはり俺のお嬢様力は順調に成長している。
この国は治安が良く貴族に喧嘩を売る考え無しは見たことが無い。この男たちもそれだけの分別はあるようで、令の元締めが貴族の娘と分かり腰を低くする。だが、その様子は令が考えていたものとは少し違った。
「お嬢様も愛用してるってんなら間違いねえよな」「ああ、俺たちゃついに見つけたんだ」「やべえよ、俺、興奮で震えて来たよ」
男たちはビビるどころか何か喜んでいる様子だ。しかも悪意がある感じでもない。男たちは内輪での相談が終わるとそろってベルに向き直る。
「お嬢様、俺たちはお嬢様にお願いがありやす」「大変不躾なことだとはあ、存じてるんですが」「お嬢様が商ってる『しわのびーるくん』を売ってやくれませんか」
男たちは頭を腰よりも深く下げるとベルの沙汰を待つ。どうやら男たちは令のお嬢様力に完全にひれ伏しているようだが、ちょっと言っている意味が分からない。
「あの、それは、商売に一枚かませろ、ということですわよ?」
「いえ、そんな恐れ多いこと」「俺たちは、その、自分たちで使いたいんです」「『しわのびーるくん』で皺を伸ばしたいんです。だって俺たち」
「「「美肌系市民なので」」」
…。
「美肌男子とかそういう系統のやつですわよ?」
「お嬢様、まずいですよ」「造語に性別を連想させるものをつけるのは差別を助長するんで」「そういうのはポリコレ的にアウトなんで」
見た目と言動に反して色々なものに配慮した思慮深い男たちのようだ。
どうなんだろう、まあいいか。令はせっかくの新しい層の顧客ができたのだし、店に連れて行くことにした。
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「わーい、お客様です。こんなにいっぱい、わーい」
サリーは見た目凶悪な男たちを恐れるどころか歓迎している。そして男たちも『しわのびーるくん』で大喜びしている。
「すげえよ、俺のこわばった肌が10代の乙女のような瑞々しさだぜ」「ああ、心なしか喋り方も乙女っぽくなってきたわよ」「そうわよ」
いや、喋り方だけではない、男たちの胸と尻が徐々に膨らんできているような気がする。え、これヤバいんじゃない? 令はサリーに小声で確認する。
「あの『しわのびーるくん』ってどういうやつなの?」
「? よくわかんないです。この『しかいもんじゅ』には『じょせーほるもんのぶんぴつをうながしていきいき』って書いてありました」
サリーは小首をかしげると、なにやら古く分厚い本を取り出して説明してくれた。しかし、サリー自身もちゃんと理解しているのか実に怪しい語り口だ。
うん、まあいいか。サリーも喜んでいるし、男たちも喜んでいる。男女比がちょっと記録とは変わって首都の人口調査官が少し困るぐらいだろう。
令はそう自分を納得させると、売り上げが伸びたことをサリーと一緒に素直に喜ぶことにした。
わーい。




