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16.なんか重要そうな選択肢にはCGがつく

 今日は剣術科の講師が寿退職する日だ。

 なんでも夏季期末試験で運命的な出会いがあったらしい。ベルは偶々その場面に立ち会ったという縁で花束贈呈の役を任されていた。


「おめでとうございます、先生」

「ええ、あなたたちも早くいい人を捕まえるのよ」


 勝者の余裕だろうか、上から目線で講師が言う。

 迷宮ダンジョン巨蟲ワームの幼生をダンジョンに放流して盛大に問題を起こしたことは学院長の渾身の保身力で無かったことになっている。今回の退職はあくまで結婚によるもので責任を取らされたからではない。

 まあ、学院側は完全に厄介払いのつもりだろうが。

 そんな一点の曇りも無い幸せな式の中で、それにあやかるようにもう一つの恋の噂が立っていた。


「ところで、ご存知ですか? あの場にはベル様とウルク王子がいたらしいんですの」

「まあ、それは。じゃあ迷宮ダンジョン巨蟲ワームから二人で逃げ延びたんですのね」

「なんだかロマンチック」


 学院では今、恋バナがプチブームになっている。特にお嬢様たちも年頃の乙女なのだからその手の話に目が無い。他人の話なら無責任に噂話に興じてしまうのも仕方ないだろう。

 しかし、彼女たちはまだ気づいていない。その場にはもう一人の当事者がいたのだ。


「何のお話ですわよ?」

「あっ、コーネリアス様」

「いえ、コーネリアス様」

「その、コーネリアス様」


 もう一人の当事者、王子の許婚であるコーネリアスの登場にお嬢様たちは押し黙った。

 これはとんでもなく荒れるに違いない。お嬢様たちは肩を寄せ合い恐怖で震える。しかし周囲の懸念に反して当のコーネリアスは随分と落ち着いている。


「さっ、あなたたちお話をするのもいいですが、夏季休暇の前にパーティーがありますわ。そちらの準備はしなくてよいのですわよ?」

「そうでした、わたくしたちも戯曲の準備がありました」

「ええ、陛下もいらっしゃるのですから、恥ずかしい真似はできませんわ」

「舞台の方も確認しなくてはいけませんね」


 お嬢様たちはコーネリアスの言葉にこれ幸いとその場を後にする。

 そういえば、と。お嬢様の一人がふと気づく。

 コーネリアスはベルがいないところで陰口を叩いているのを見たことが無い。いや、正しくはベルがいるところでやたらと口が悪くなる。そして、それはウルク王子がいるとさらに拍車がかかる。あれはなんなのだろうか?



▼▼▼


 ベルは人がいなくなった中庭に一人佇んでいた。物思いにふけるその姿はバラの園で咲く時を待つ、一輪のつぼみのように人の庇護欲を掻き立てる。


「こんなところにいたのかい、ベル」

「ウルク王子」


 来ましたわぞ。


 ベルは秋口のヘラブナのごとく食いついてきた王子に内心でほくそ笑む。

 こうして何か物憂げな雰囲気を出していれば入れ食い状態になることは乙女ゲーに詳しいベルには分かっていた。全ては計画通り。イベントの後はなるべく鮮度が高いうちに畳みかけるのが鉄則なのだ。


「いえ、先生の幸せそうな姿を見ていたら、何故かさみしくなりまして」

「寂しい?」

「はい、私の家族は、あまりそういった幸せな姿からは遠くて。私には縁のないものだと」

「そうか、君の家族は……」

「ふふ、王子がそんな顔をする必要ありません。王子はもっと太陽のように笑っていてください」

「僕は、僕は君に笑っていてほしいよ。ベル」


 ウルク王子がベルに一歩近寄る。それはもはや誰かに見られれば言い訳のできない距離になりつつある。


○「いけません、王子」

×「…」

△「好き、抱いて」

□「ああなんか汗かいてきちゃった、上着脱ごっと」


 死んだ餌に魚は食いつかない。ここは○だな。


「いけません、王子」

「なぜだい、僕が嫌いかい?」

「そんな、そんないじわるなこと、聞かないでください」


 一歩引いたベルの手をウルク王子が優しく掴む。女の細腕でも簡単に振りほどける、しかしそれを躊躇わせるぐらいには強い絶妙な塩梅。

 敢えて掴まれたままでベルは顔を背ける。


 これは駆け引きだ。あくまでも自分は追われる側、捕まるその一瞬まで自分から腹を見せてはいけない。


「ベル、君はなぜ僕を頼ろうとしない。僕は確かにこの国の王子だ。だが君のためなら……」


 綺麗に切りそろえられた金髪が風に揺れる。頬がピンク色に紅潮し王子が興奮しているのが分かる。


「それは無責任なのかもしれない。しかし、僕は思う。大切なものを守れない人間に国を背負う資格があるのかと。偽りの愛に従うことが誠実なことなのかと」


 まるでその言葉に同意するかのようにベルは王子と目を合わせた。王子は勇気付けられ、さらに大胆な行動をとる。

 感情を伝えるのに唇は雄弁にモノを語る。それは何も言葉だけではない。


「嫌か? 君に嫌われるのは怖いな。他のことなら何も怖くないが、それだけは耐えられそうにない」


 近づく王子の唇に一瞬ためらったベル。それを見て弱気な態度を覗かせる王子。二人の頭の中で感情が嵐のようにせめぎ合っている。


 やっべ、今日、餃子食っちゃったけど大丈夫かな。最近、胃の調子が悪いからすぐに息が臭くなるんだよな。やっぱブレスケア飲んどくべきだったかな。


 王子にはベルが何を考えているのかは分からない。だが自分が何を考えているのかは分かる。彼女を幸せにしたい、ただそれだけだった。そっと顔をベルに寄せる。それに対してベルは……。


○「やめて! 私とあなたの身分差じゃ幸せになんて……」

×「…」

△「鼻毛、出てますよ」

□「好き、めちゃくちゃにして」


 ベルは一瞬ためらった。自分の目的は玉の輿。それを考えれば王子はこの上ない物件だ。だが一抹の不安もある。

 一つはコーネリアス。彼女のことは正直いけ好かないので略奪することに罪悪感は無いが、復讐されるのが怖い。ああいう手合いは切れると何をするか分かったものではない。

 そしてもう一つはこの王子。前回のイベントを見る限り、こいつは頼りにならない。全体的にアホっぽく王子という肩書がなければ遠慮したい物件だ。もしもこいつが廃嫡になって養わなければいけなくなったりしたら……。

 いやその心配は杞憂だろう。なにせウルク王子は国王の一粒種。何か相当なことをやらかさない限り廃嫡になんてされるはずがない。大丈夫、いけるいける。


 ベルは王子を意志の強い目で見返した。選択肢は分かっている。あのゲームの頃の720×540サイズのCGとは違う、4Kに匹敵する解像度だから分かる。

 これが正解だ。


「王子。鼻毛、出てますよ」

「ふふ、君はいつも僕の予想を覆すね。でもそんなところが好きだよ」


 二人の唇が重なる。王子の鼻毛が興奮で揺れる。おっさんの鼻毛も揺れる。王子がベルの顔に添わせた手が無精ひげと当たってじょりじょりと音を立てるが魔法の学生服のおかげで王子は気付かない。

 ただ、おっさんと息の交換をした王子の眉間が僅かに歪んだ。

 

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