14.試験で王子の命がピンチになると学院長の首が飛ぶって本当ですか?
コーネリアス・コーラ・コースレアはコースレア公爵家の令嬢である。
コースレア公爵家と言えばウェスホーク王国でも並ぶ者のいない貴族界の筆頭として内外に知れ渡っている。
曰く、国王ですらその顔色を伺う、と。だがその噂はいささか誇張が混じっている。実態はコースレア公爵は王国の威信が傷つくことがないよう慎重に立ち回るため、国王と対立する状況には決してならない。国王が一貴族に配慮する状況は長い目で見ればコースレア公爵家にとっても不都合になる、忠義からではなくただ自ら家の損得を秤にかけたからこそ、そのように振舞っているのだ。
コースレア公爵家は常に三手先を見て判断を下す。貴族界では常識だ。
公爵家が国王の裁可に対して引いて見せた時は短期的な損よりも長期的な利益が上回ったときだ。貴族界では常識だ。
そう評価されるように歴代のコースレア公爵は振る舞い、周りを誘導して来た。かくしてウェスホーク王国は貴族が一定の力を持ちつつも国王が大胆な政治判断を下せる。そのような理想的な体制を作り、それは繁栄へと繋がっていた。だからこそ、公爵家の一人娘と王国を継ぐ王子が許嫁になることは誰しもに望まれていたのだ。
ただ一つ、公爵令嬢の性格に目をつぶればの話だが。
「おーほっほっほっほ、貧乏くさいですわよ。貧乏くさいですわよ、ベル・べチカ」
「ごきげんよう、コーネリアス様。今日もよく通る声で羨ましいです」
「とーぜんですわよ。わたくし、声の大きさには自信がありますわよ」
「コーネリアス様はいつもポジティブで羨ましいです」
「とーぜんですわよ」
ベルの京都的嫌味もコーネリアスには通じない。そんなコーネリアスだが周りからはそのアホっぽさが良いと人気があるのだから、なんというか世の中は不条理だ。
そんな騒々しい日々が過ぎた頃、夏季休暇を前にして学院で期末試験が執り行われる。内容は他の学院と変わらない学科試験に礼儀作法。だが、そこに一つだけ特殊なものが加えられる。
それは上流階級に特有のダンジョンを舞台にした実習試験だ。
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「ああ、テステス。ごほん、ごきげんよう。紳士淑女の諸君。本日は実にダンジョン日和の晴天じゃ。今回の夏季実習試験では諸君らにダンジョンに潜ってもらう。ごほん、ああ、そう怯えんでもよい。勿論、ダンジョンにはモンスターがいるのじゃが、モンスターと戦うのは諸君らではない。今回の試験には帯同する護衛を国軍より借り受けておる。彼らは自発的に参加してくれたいずれも優秀な兵士たちだ。今回の実習試験で諸君らが試されるのは、如何に上手く護衛されるかじゃ。護衛される側にも適切な動きがあることは諸君らも授業で知っているじゃろう。護衛される側の人間が勝手に動いたり、血気に逸ったりして護衛ごと全滅したという話はよくあることじゃ。諸君らが家名を継ぎそういった場面に出くわした時、間違った対応を取らぬようこれらの所作を学んでおく必要があるのじゃ。今回の試験はそれらの貴族に必須の知識が身についているかを試していると思って欲しい。以上じゃ」
相変わらず無駄に話の長い学院長の話を要約すると、護衛がついているからそれの邪魔をしないようにしてダンジョンの奥まで行って帰って来いということだ。
なんだ、それじゃあただのレクリエーションということか。噂によると護衛に選ばれているのは国軍の精鋭部隊の中でも特に優秀な兵士という話しだし。そんな優秀でやる気のある兵士に守られているのだから万が一なんてあるはずが無い。それこそ、何かの間違いでとんだヘボを引かない限りは。ははっ。
ベルは初めての実習試験に対する緊張を緩め、もう試験を通過した気分になっていた。
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こんにちわ。オレの名前はモルブ、こう見えても国軍の精鋭なんだ。あれだよ、出世コースに乗ってるエリートだよ。実はさあ、知ってるかなあ、あの試合、そう親善試合。オレあれに出てたんだよね。なんとあの最後の決戦にも参加しててね、敵の大将の足にしがみついて勝利に貢献したんだよ。もしかして見てたかな。いやー有名人は恥ずかしいなあ。
よし、自己紹介はこんなところでいいか。いやあ、楽しみだなあ。
しかし本当に幸運だった。なんか流れに身を任せていたら奇跡の逆転劇の一員になってしまった。それからはあれよあれよという間に祭り上げられて、今じゃあ名ばかり精鋭から一端の役職付きにまで昇進している。そして今回の学院からの護衛依頼だ。
なんでも実習試験と銘打ったレクリエーションみたいなものでダンジョンに仕込んであるのは雑魚ばかりって話だ。んで、そいつらを蹴散らしながら往復路をエスコートするだけの簡単な仕事だって先輩たちは言っている。
あと学院の生徒の中でも特にお嬢様たちに怪我なんかさせたら大変だから、彼女たちには精鋭中の精鋭を護衛に付けるらしい。
はえー、精鋭中の精鋭なんてほんと強そうっすね。まあオレもそこに含まれてるんですがね。 ダイジョブダイジョブ所詮は雑魚だし。
フヒヒ、しかしお嬢様の護衛かあ。知ってるかい? ダンジョン効果ってやつを。オレの家で武術指南をしていた引退冒険者から聞いたんだけどさ。
『ボン、ダンジョンに男女二人で入るとカップルになる確率がぐんと上がるんですぜ。なんでかっちゅうとですね、ダンジョンは暗いでしょどこにモンスターが隠れてるか分からねえでしょ、ドキドキするでしょ、そいつを恋のドキドキと勘違いするんでさあ。さらにダンジョンから出た後の開放感で、ぐへへへ。あっしはこれでかあちゃんをものにしたんでさあ』
だそうだ。やばくない? やばいよねえ? やばいでしょ! どうしようお嬢様とねんごろになったら。いやオレも男爵家を継ぐ身だからなあ。ここらで身を固めるのも悪くはないよなあ。来てんね、幸運が。幸運の女神様が。
ここは有り難く頂いちゃいましょうか。
この世界にはある格言がある。曰く、幸運の女神は背中に落とし穴を隠している、というものだ。
不意に湧いてきた幸運というものは得てして予想していない罠が潜んでいるものだ。だからその幸運に飛びつく時は細心の注意を払う必要がある。さもなければ、幸運の女神が抱きとめてくれると飛びついたところでサッと避けられ、あとは落とし穴に真っ逆さま。これはそういう意味の格言だ。
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おい、大丈夫なのかあの護衛。
ベルはお嬢様としての建前上、護衛の兵士に強く言うことが出来ず彼の後ろを大人しくついて行っている。だが心の中では止めどなく不安が湧いて来ていた。
「とりゃ、ぐお、何だこいつ。なかなかやるじゃねえか。ようし、お前を強敵と認めてやろう、だがオレの後ろには守るべき淑女がいる。オレは一歩も引かねえぞ」
ベルの目の前で護衛の兵士がモンスターと死闘を繰り広げていた。確か名前は、もろぶ? もぶ? そんなだったはずだ。
そいつは何故か膝にも届かぬほどの小さなベビー・スライムとギリギリの激闘を繰り広げているのだ。さっきから一進一退、いやベルの援護が無ければ押されっぱなしであっただろう。一応ベルも背後からアイテムで援護しているのだがアイテムのストックももう底をつきそうだ。
あっ、兵士が遮二無二に振った剣がベビー・スライムに当たった。
ベルがちらちらと後ろの退路を確認している間に、ラッキーヒットが決まる。その一撃が決め手になったようだ。ベビー・スライムがしおしおと消えていく。
振った当人も驚いた顔をしていたが、すぐに取り繕った様子で自信に満ちた表情になるとこちらを振り返った。
「お嬢様、どうでしたかオレの活躍は。なかなかの強敵でしたがオレの手にかかればこんなものですよ。因みに最後のあれはオレの必殺技『デッドリードライブ・イナズマ・エックス』です。このモルブがいれば道中の安全は約束されたも同然ですよ」
モルブがベルにアピールするように言う。
さっきからモンスターとの一戦ごとにこちらを振り返っては何か口上を述べるのだが、しゃべっている間は明らかに周囲への注意が散漫で隙だらけになっているのでヒヤヒヤして見ていられない。
しかし、今のベルの表情はその程度では言い表せないぐらいに焦っていた。
「モルブー! 後ろ! 後ろー!」
ベルが懸命に叫ぶ。
モルブはまだ気付いていない。彼の背後が真っ暗になっていることを。本来なら灯りで照らされているダンジョンが闇に沈んでいることを。
その巨大な闇を作っていたのは迷宮・巨蟲と呼ばれる巨大なモンスターの大きな顎だった。そいつは今まさに隙だらけで余所見をしている餌を飲み込まんと突進しているところだったのだ。
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「ナニイイイイ、どういうことじゃ。王子が、王子が行方不明とは。何かの間違いじゃないのか」
「いえ、それが、本当にいなくなってしまったそうで」
「王子の護衛は万難を排して剣術科の講師が名乗り出たはずじゃろ」
「はい、そうなのですが、その、実は」
「なんじゃ」
「その剣術科の講師なのですが、このようなぬるいダンジョンでは私の活躍を王子に見てもらえないと言って」
「まさか」
「迷宮・巨蟲の幼生を解き放ったとかで」
「迷宮・巨蟲ってあれじゃろ、ダンジョンの通路の大きさに合わせて大きくなるって言うあれじゃろ」
「はい、このダンジョンは通行しやすいように道幅を拡張していますので、おそらくは人を丸呑みに出来るぐらいに」
「なーーにをしてくれとんのじゃーー」
「あの剣術科の講師は、これぐらいヨユーだから、ワンパンだから、私ツエエして帰ってくるからと」
「おま、王子に何かあったらワシの首が飛ぶんじゃぞ。ワシはこの前愛人のために別荘を買ったばかりなのじゃぞ、学院長を首になったら、お前、別荘のローンはどうなる」
「あのそのことは奥方は」
「知るわけ無いじゃろ。ああまずいぞ、取り立てが来たら愛人のことが嫁にバレてまう。ワシは婿入りじゃから、そんなのバレたら爵位を剥奪されて放逐される」
「悪いことは、出来ませんね」
「えーい、とにかく王子を探すのじゃ、きっと大丈夫じゃまだ生きてるはずじゃ。ワシの、ワシのステファニーちゃんとの愛の巣のためになんとしても王子を無事に救い出すのじゃ」