13.悪役令嬢と没落令嬢
ベルが登校すると学院は先日の親善試合の話で持ちきりだった。ベルに気が付いたいつもの貴族のお嬢様が話しかけて来る。
「ベル様はご覧になりましたか? あのウルク王子のご活躍を」
「はい、私、興奮しちゃって、つい声が出ちゃいました。日本シリーズを見ているみたいで」
「?」
ベルの言葉の意味が分からなかったお嬢様は首をかしげているが詳しく説明する前に横から話に割り込む者がいた。
「おーほっほっほっほ、ごめん遊ばせ、ですわよ」
今日も独特なお嬢様語尾が異彩を放つコーネリアスが肩で風を切りやって来たのだ。
「まあ、コーネリアス様、ごきげんよう」
「はい、ごきげんよう、ですわよ」
「ごきげんよう、コーネリアス様。今日もご機嫌ですわね」
「そうですわよ。ごきげんよう」
「ごきげんよう、コーネリアス様。今日も髪がクルクルですね」
「あなたとは慣れ合いませんですわよ」
この流れならいけるかと思ったがベルのあいさつはコーネリアスに綺麗に拒否された。なぜ私だけ嫌われているのだろう?
ベルがすっとぼけているとコーネリアスが怒り顔で詰め寄ってくる。
「あなた、お調子者でいらっしゃいますわよ」
「お調子者、ですか?」
「ええ、ちょっとウルク王子が同情して施しをされたからといってお調子者になっていますわよ」
「それは、もしかして調子に乗っているという意味ですか?」
「そうとも言いますわよ」
「コーネリアス様は学業は方はよろしいのですが、ちょっとお頭の方がよろしくないんですの。でもそこがいいと皆さんに好かれていますの」
性格の良いお嬢様がベルに説明してくれる。
言うほどちょっとか?
ベルはそう問いただしたかったが寸でのところで我慢した。
それにしてもいくら微笑ましいからと言ってコーネリアスが周りから好かれているというのがベルにはいまいち納得できない。悪役令嬢というのはなんかこう、もっと裏では嫌われているものなのだが。
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今日はアルバイトの日なのでベルは久しぶりに令の格好になり働きに出ている。
令はいくつかバイトを掛け持ちしているのだが、今日はサリーの店、魔法道具店『魔女の鷲鼻』を手伝う日だ。
「それじゃ、営業行ってきます」
「がんばってくださーい、ふれーふれー」
サリーの熱烈な応援に送り出されて令は店を出た。
この店は立地と匂いの影響で客足が遠のいているので積極的な営業で潜在顧客を掘り起こすことが鍵だと令は考えている。『魔女の鷲鼻』の懐事情は厳しいのでバイト代は全く出ないがサリーは命の恩人と言ってもいいぐらいの恩がある。令はとりあえず店が軌道に乗るまで手伝うつもりだ。
さて、今日は貴族街でも回ってみるか。
直接貴族には会えずともそこで働く下男や侍女に顔をつないでおくことでチャンスを拾うことができる。そして、最も重要なことは潜在顧客のニーズを調べることだ。いざという時に顧客満足度が高い提案をするためには市場調査、特に実地での聞き取り調査は欠かせない。
「いかかですか? この『ぬるぬるすべすべ君』。なんと一振りするだけで体中が泡だらけになり水で流すだけですべすべですよ。奥方もお喜びになられるのでは? 一つ、本日は試供品と言うことで」
製品の宣伝と顔を覚えてもらう、この二つの目的で貴族の館を回っていく。試供品はどうやら好評のようで注文を受けるのはもちろんだが、世間話に花を咲かせる程度に気安い雰囲気になって来たことで色々と面白い話を聞くこともできた。
大分情報が溜まってきた。そろそろ今後の方針を固める時期かもしれない。
令は考え事をしながらよく整備された貴族街の道を歩く。広く取られた歩道は人とぶつかる心配もなく気を散らしながら歩いていたところで問題はない。だが、その油断が失敗につながった。
「あら、ごきげんよう」「ごきげんよう」「ごきげんよう、ですわぞ」「「え?」」
つい、学院での癖が出てしまった。うら若き貴族の子女があいさつを交わしているところに遭遇した令は自分に向けられたあいさつと勘違いして返事をしてしまったのだ。
おびえた表情で令を見るお嬢様たち。今日は貴族街を回るためいつもより身だしなみに気を付けているとはいえ、基本は肉体労働者のおっさん。普段接することが無い部類の人種である令に急に話しかけられる格好になったお嬢様たちが脅えるのは仕方ない。
「あ、いや、すいません、これは」
焦った令はまた一つ失敗する。
そのまま何事もなかったように通り過ぎればよかったのだ。最悪、令の特徴を捉えた不審者情報が学院の内外で共有されるかもしれない。しかし、そんなものは毎週更新されていく不審者のアルバムの中に埋没して忘れ去られるものだ。令が冷静だったのならすぐにそう思い至ったはずなのだが、新規開拓の真っ最中だったために悪い噂を立てられまいと誤解を解く方向に頭が働いてしまった。
「ひい」「わ、わたくしたちお金は持ち歩いていませんわ」「そ、それ以上近づきますと、お、大声を出しますよ」
まずいまずいまずい。どうする。とにかく誤解を、いや逃げるべきか。しかしそれでは疑いを肯定することに。でも潔白を示すには身元が。ベルの名前を出すか。いやそれは最悪だ。いや最悪はここで捕まることだ。それならさっさと逃げるべきか。
めまぐるしく数多の可能性を検討するが、実際には思考が堂々巡りになってしまい決断を下せない。一旦落ち着きたいところだが今沈黙すればもう発言するチャンスが無くなる気がする。
そうだ、とにかく謝り倒して時間を稼ごう。
「すいませ――」「チェストー! ですわよ」
頭を下げようとした令を背後から衝撃が襲う。中年男性の腰を狙う悪魔のような一撃に令は痛みで悶絶した。
ぐお、なんということを。
かがみ込み痛みを散らすために浅い呼吸を繰り返すおっさん。しかしそれに同情する人間はここにはいない。むしろ先ほどの一撃を放った人間が駆けつけて来たことにお嬢様たちは安堵している。
「「「コーネリアス様!」」」
「皆さん、わたくしの後ろに、ですわよ」
お嬢様たちを背に堂々と立つその姿はまさにこの国きっての公爵家のご令嬢。
慌てることなく急所を刺し、対象を無力化した上で更に油断なく距離を取る。守るべきお嬢様たちを背後にかばいながら、突然湧いた中年男性に通告した。
「あなた! わたくしの学友に手を出そうなど不届き千万ですわよ。恥を知りなさい!」
「なんて頼もしいですの、コーネリアス様」「さすがは、コーネリアス様」「さすコネ!」
コーネリアスを頼もしげに見つめるお嬢様たち。
なるほど、こういう大胆なところがこの悪役令嬢が憎まれず、慕われている理由なのだな。疑問が一つ解けた令だったが、腰の痛みに対する恨みは忘れないと心に決めつつ、腰をかばいながら退散したのだった。




