#ブレイクタイム ~ワクチン準備指導~
当直ができなかった翌週土曜日、病院の講義室に市内の薬剤師を集めて、「新型コロナワクチン調製研修会」と銘打った注射器とバイアルの取り扱い説明会を開いていた。
流通しているP社のコロナワクチン「コミナティ」は、マイナス70度付近での保管が必要で、取り扱いが特殊、ということはマスコミが連日報道しているが、1バイアルを1.8mlの生理食塩液で薄めて、0.3mlずつに取り分ける、という作業が必要なことはあまり知られていない。選挙会場のように、どこぞの公民館や体育館を会場にして、流れ作業で問診、接種、接種後観察、と管理していくイメージだが、会場でその都度ワクチンを薄めて吸い上げていたら、あっという間に渋滞するのが目に浮かぶ。
医師も看護師も現場対応で手が回らない。でも素人にやらせるわけにはいかない。どうしたらいい? おい、手が余っている医療従事者がいるじゃないか。「そうだ、薬剤師にやらせよう」ということなのだろうか。医療従事者対象の補助金を出す際には、保険薬局の薬剤師を見ないふりしていたというのに。
しかし、先にも書いたように、薬剤師の大半は注射薬に慣れていない。そこで、注射器の取り扱い練習をさせよう、というわけだ。
突貫で作ったスライドで、薬局長がコミナティの特徴から取り扱いのコツなどを説明している。いかにもマウスでグリグリ書いたシリンジの絵が出てきたが、会場に集まった100人超の薬剤師たちは真剣に聞いていた。
今日は、私を含め薬局長以外に3人の薬剤師がフォローで駆り出されている。通常業務ではないぶん気は楽だったが、それでもスクラブに着替えると勤務モードになる。制服というのは気分も変えてしまう。
実技が始まり、デモ用のバイアル(「バイアルくん」というラベルが貼ってあった)と実際にコミナティが入っていたバイアル、プラスチックアンプル製の生理食塩液、シリンジ数種を扱ってもらい、水を吸ってバイアルに入れて、バイアルの中身を溶かしてから実際0.3mlを取ってもらって、を繰り返し作業してもらう。
フォローの私たちは講義室を試験監督のようにぐるぐる周りながらコツなどを個別に説明していった。バイアルの陰圧陽圧にも慣れていない方が多いのか、ちょこちょこと机の上に水が漏れているのが目につく。まあまあ、そこは何回も練習して慣れてくれ、そのための講習会だぞ、なぞと上から目線になりつつ机間巡視をしていると、老眼鏡をチラチラさせながらシリンジを遠近させている先生どころか、手がプルプル震えている大先生も目についてしまい、ここにいる人達全員にやらせるのだろうか、と不安になった。
そのまま小一時間ほど操作練習を行い、正午になる頃に終了した。薬剤師会のリーダーから、今後の予定と出られそうな曜日の聴取がされ、「ゴールデンウィーク後から徐々に始めていくので練習しておくように」という旨が伝えられた。私はそのあいだ、雨に濡れている桜を3階の窓から眺めていた。
これを書いている6月初旬、まだ一般市民へのワクチン接種は開始されていない。