接種翌日 ~休日出勤~
「どう? 滞りなく進んでる?」
9時ころになって、繰り返し作業に没頭していると、薬局長が数人の見たことない人を引き連れてやってきた。
「問題ないですね。8時半に1回目を外来に送りました。80本くらいかな」
「こちら薬剤師会の方たち。ちょっと見学させてね」
私達の作業を追いながら、薬局長が取り分けの作業説明をする。そういえば、一般への接種時に薬剤師を駆り出すという国の構想があるらしく、地域の薬剤師会主導でバイアル作業の講習会を開いた、という記事が日経DIに載っていた。そんなことが記事になるのか、と思うだろうが、そもそも薬局薬剤師は注射薬に慣れていない。
まず、現代の日本で、注射薬を売っている薬局は存在しない。調剤をやっていれば自己注射薬は扱うが、それはただモノを渡すだけだ。その自己注射薬も、ペン型の使い切り製剤が主流になってきていて、保険薬局ではバイアルそのものをあまり扱わない。一部、在宅医療で高カロリー輸液などを調製する保険薬局も増えてきているようだが、まだまだ対応できる店は少ない。つまり、注射薬の扱いに関して、9割方の薬局薬剤師は素人同然なのだ。
見学に来た何人かは病院経験があるらしく、しばらく触ってないしうまくできるかなあ、など言っていたが、薬局薬剤師一筋の人たちにやらせるよりは、看護師にやらせた方が数段安心だ。そんな現状なのに、なぜ薬局薬剤師に白羽の矢が立ったのか、これもよくわからない。が、国にやれと言われたら仕方ないので、当院でも3月28日にコミナティ取り扱いの講習会を開く予定だった。
「そういえば昨日打ったんだっけ? 調子どう?」
単純作業で眠くなっているところ、薬局長に話を振られた。
「痛いですねー。深いところで炎症起こしてる感じで。5時頃痛くて目が覚めましたよ」
昨日接種した左腕は、上腕部の深いところに、投げ込みすぎて炎症を起こしているかのような痛みがあった。左腕を下にしていると痛みが気になるのも言われていたとおりだった。
「やっぱ痛みは出るよね」
「筋肉に針刺してるんで、このくらいの痛みはあるかな、ってくらいですけど。でも、腕を動かすのが痛くて、利き腕にしなくてよかったですよ」
シリンジを右手でくいくいっと動かしてみせる。右腕に打っていたら、こういった動きでも痛みが出ているだろう。
見学に来た薬剤師たちは20分ほどいただろうか。作業を続けながら話をしていたが、そのうちに薬局長が引き連れて出ていった。外来に見学に行ったのだろう。
10時半を過ぎたころ、当日のノルマが終わり、休憩室のソファーでぼんやりしていた。朝が1時間早かったから単純に眠かったし、月曜から金曜まで働いたうえでの土曜日業務ということもある。今日は半日働いたうえで、翌日は日当直だったので、また明日も8時半に来なければならない。日曜の朝から働いて病院に泊まって、そのまま月曜日も働くというシフトとなる。繰り返すが出勤扱いではないから、日曜に来ようが代休はもらえない。翌週は27日土曜日に日本薬学会のシンポジストだったため、スライド見直しの真っ最中で、28日は先ほどあげた保険薬局対象の講習会の手伝いに来る予定だった。ざっとカレンダーを眺めて完全にオフの日が3週間なくなるのに耐えられず、火曜日に有休を入れていた。
こういう闇連勤の回避のために有休を使う薬剤師も多いが、それをもって「有給取得率が高い職場!」とアピールするのも詐欺くさい。書類上は全くもって正しいので争ったら負けるのだろうが、実情は闇だらけだ。あと2日働けば休みだ、と思考を切り替えるしかない。
その後1時間ほどPC作業をして、帰宅途中、とある食堂で海鮮丼を食べて帰ることにした。5種盛り、サラダ、小鉢、おしんこ付きのランチメニューで1040円。港町ということもあって、この手の安い海鮮系食堂がいくつかあるが、他にもなかなか満足度の高いメニューを揃えていて、よく利用させていただいている。
正午を回ったころというのもあったが、店内は満員に近く、待ちも出ていた。まだ感染者もそれほど出ていない地域なのであまり警戒していないのか、そこそこの密度だった。つぶれていく店がある一方、人気店はそれなりに客が入っているのだろうか。コロナ騒ぎで自炊の頻度も上がってきたが、飲食店が減ると困る私のような人間も多いだろう。ちなみに外食の最大のメリットは、洗い物をしなくていいことだと思っている。
途中でお腹一杯になってきたものの、時間をかけて食べきって、すこし余裕をみてから帰宅した。ここのところ、食事量が目に見えて減ってきた、というか、少なくても満足するようになった。吉野家の牛丼なんてミニでも十分だ。それなのに体重は増える。高校のときなんて、今の倍は食べていて、今より10kg以上は痩せていた。あれはあれで痩せすぎていた感じもするが、運動量も代謝も全然違うのだろう。