その3
翌日、駅まで戻って来ると、由紀江さんが来ていた。彼女は僕の顔を見るなり、訊いて来た。
「どうだった?」
僕は首を振った。
「ダメですね」
「そう……」
由紀江さんは肩を落とした。
「徳一さんは、この村とか家とかへの想いが強すぎるんですよ。だから誰の言葉にも耳を貸さないし、無理な村おこしもしようとする」
「そうね……こんなになってても、もう気づかないのね、この村がすでに廃村になっていることに」
「死を受け入れるのは難しいってことかも知れませんね。……例えそれが村落の死であっても、──自分自身の死であっても」
徳一さん本人はとうに死んでしまっているのだが、どうも自分が死んだことを自覚していないようだ。その霊は生まれ育ったこの家に留まり、寂れた村をもう一度盛り返そうとあれこれやらかしているのだ。
この村自体もとっくの昔に廃村になっていて、村人など一人もいないというのに。
親族の中で徳一さんの姿が見えるのは霊感の強い由紀江さんだけで、由紀江さんも散々説得したのだが、まだ成仏には至っていない。
で、後輩の中から同じように霊感の強い僕にも説得して欲しいと白羽の矢が立ったのだが……僕の感触では、徳一さんを成仏させるのはかなり難しそうだ。
僕は家の中に貼ってあった御札を取り出した。
「こんなもん貼っても、全く役に立ってないし」
「あ、それ、貼ったのはおじいちゃん自身よ。雰囲気を出すためですって」
なんじゃそりゃ。それじゃ効くわけがない。てか、御札をはがそうとする霊の話なら聞いたことがあるけど、御札を自分から貼りに行く霊なんて聞いたことがない。
「他にも貼ってるのなら、はがした方がいいですよ。いずれにしろ今の徳一さんは、あの家からは出られませんから」
徳一さんが良かった昔を手放して、成仏出来るのはいつの日か。それは僕にもわからない。ただ、かなり時間と手間がかかるのは確かだ。……そして、どうやら由紀江さんはそれに僕を巻き込む気満々だ。僕は改めて、大きくため息をついた。
強めの風が吹いた。手にしていた御札は風に飛び、くるくると空中に舞い上がった。